なんでぼくだけ違うの?
神町恵
アキ
生まれてすぐ、ぼくはその家に来た。
温かい手の中で包まれて、優しい声が降ってきた。
「アキ、今日からあなたはうちの子よ」
アキ。それがぼくの名前になった。
小さな家に、優しいお父さんとお母さん。二人は毎日ぼくの頭を撫で、笑いかけ、たくさん話しかけてくれた。
ぼくも、彼らの言葉に耳を傾けた。意味はわからなくても、声のトーンだけで気持ちは伝わった。
ぼくはこの家族が好きだった。いや、大好きだった。
けれど、あるときから——ふと、思うようになった。
どうして、ぼくだけ言葉を話せないのだろう?
どうして、ぼくだけ服を着ないのだろう?
どうして、ぼくだけお皿が床にあるのだろう?
そして何より。
——どうして、ぼくだけ家族と顔が違うのだろう?
鏡に映った自分の姿。丸い耳、黒い鼻、もふもふの毛。
おかしい。変だ。家族と同じじゃない。
不安が、胸の奥でしっぽを巻いた。
もしかして、ぼくは本当の子どもじゃないんじゃないか?
夜、リビングのソファに並んで座っているとき、ぼくはとうとう聞いてしまった。
「ねえ、お母さん。ぼくは……なんで、こんなに違うの?」
もちろん、声になんてならない。
それでも、伝わるようにじっと見つめてみた。
お母さんは、ぼくの頭をそっと撫でた。
「アキ、どうしたの? なんだか今日は難しい顔してるね」
お父さんがくすっと笑った。
「それもアキの魅力だよ。考えごとしてるときの顔、柴犬らしくてさ」
——しばいぬ。
その言葉を、ぼくは初めてはっきり聞いた気がした。
お母さんが言う。
「うちに来たときは、小さな子犬だったのよ。動物保護センターで、あんなに目を潤ませて見上げてくるから……連れて帰らずにはいられなかったの」
お父さんがぼくの背をなでながら言う。
「本当の家族かって? そんなこと関係あるかい。アキはうちの大切な子だよ」
ぼくは、何も言えなかった。ただ、静かに尻尾を振った。
涙が出そうだった。でも、ぼくは泣けない。ただ、しっぽをふるしかできない。
——ぼくは、犬だった。
ずっとこの家の子どもだと思ってた。でも、違った。
でも、でも。
ぼくは、ちゃんと愛されてた。
それなら、もうそれでいいじゃないか。
お母さんが優しく名前を呼ぶ。
「アキ」
ぼくは、返事のかわりに声を出す。
「ワン!」
それはこの世界で、いちばん幸せな答えだった。
なんでぼくだけ違うの? 神町恵 @KamimatiMegumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます