あの日

「ごめんね、稲荷ちゃん。全部、私が渡したの」


ある日の放課後。赤い夕焼けが唯の顔を照らす。

その言葉を聞いた稲荷は、大きく目を見開き、唇を震えさせ、ひどく動揺した。


「えっ……⁉︎なんで。どうして、そんなこと……」

「どうして?そんなの決まってるよ。私が……」


大きく一度息を吸っていう。


「稲荷ちゃんを、切り捨てらからだよ?」




(あの目……藍のあの目……唯に似ていた)

不本意にも、昔のことを思い出したのは藍が唯人の存在を否定するような瞳をしていたためだ。

(唯……唯人……似てる)

元親友……偽りの親友と名前が似ている。

ただの偶然……なのかもしれない。

漢字が一つ同じだというだけ。

それはそうとして……。藍のあの目は唯に似つつも、嫉妬に燃える目だった。

稲荷が散々浴びてきた憎悪、妬みの瞳。

うんざりする。唯人には諦めろ、とでも言おうか。と思って断念する。

(あいつが諦めるわけない。面倒だ……)

てか、報酬が絵って……。そして、未だ夏凛にも何も頼めずにいた。

(報酬ストックは多い方がいいけど……って報酬ストックてなんだよ)

なんて考えていたら、次の日、転機が訪れた。




「ねえ、天童さん」

「……。ああ、お前か」


朝、登校すると藍が人気のない体育館裏に連れ込んできた。


「どうしたの?ここ告白場って言われてるほどのリア充生産地でしょ」

「ーーー。わたくしと、取引致しませんか」

「え、取引?」

「そうです。昨日、わたくしの本性がバレました」

「うん」

「もし、わたくしのお願いを聞いてくださったら、なんでも致しましょう」

「なんでも、なんて言っていいの?殺人を頼むかもしれないのに」

「人を殺すくらいなら、何なりと」

「…………」

「奴隷でも、脅迫でも、犯罪でも、なんでもやりましょう」


藍は、低い身長なものの、稲荷に負けないくらいの眼力で翡翠色の瞳を捉えていた。


「それ、本気で言ってる?」

「もちろん」

「ふーん。一応聞いとくけど、私は何をすれば?」

「やっていただきたいことは二つ。一つは、唯人くんになんとか、昨日、わたくしは演技をしていた。と信じ込ませていただきたいのです」

「と?」

「依頼を取り消してください」

「はあ?」

「唯人くんの絵が見つかってしまっては、今までの苦労がパァなんで」

「それだけ?本当にそれだけでいいの?」

「ええ、協力していただけるのなら、ですけど」


その言葉を聞いた稲荷は、スッと目を見開いた。

それも一瞬。

すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、ニヤリと微笑んだ。


「しょうがないから、協力してあげる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る