第48話 最終話
◇◇◇
目が覚めるとオリヴィアさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「あれ? ここは……」
「よかった。気が付きましたのね。本当に心配したのれすよ」
「えーと、俺、船の中を散策していて、急に眼の前が暗くなって……」
「本当に心配したんれすからね。まったく……わたくしのためなんかに危ないことをなさって、貴方という人は……う、うぅ……」
オリヴィアさんが泣いている。な、なにか声をかけなくては……。
「オリヴィアさん……なんかごめん、助けてくれたんだよね」
「それはもういいのれす。おかげでわたくしも過去を克服できた気がしましゅから。うっぷっ」
「あの……、すごく酒臭いんだけど……」
「なんれすか? 飲んじゃいけませんか? アキトさんはゾンビにされたっていうし、さよならをしなければならないし、わらくしは好きでもない男と結婚しなけりゃならないし、もう、飲まずになんてやってられましぇんよ!」
「はあ……」
「頑張って救出したんれすから、ご褒美をくらさい!」
「ご褒美というと?」
「もうれすね、わらくしは眠くて死にそうなんれす。ベッドまで運んでくださいましぇんか?」
「かまわないけど、いいの?」
「いいのれす! では、よろしくおねがいしましゅ……」
うわっ、立ったまま眠りだしたぞ。
俺は慌ててオリヴィアさんの体を抱きとめた。こんなになるまで飲んで、頑張ってくれたんだな。船のことは後にして、とりあえずテントでオリヴィアさんを休ませてあげよう。
抱き上げたオリヴィアさんのドリルが俺の手首をくすぐった。それだけで切ない気持ちになる。
明日にも彼女はマーベル島を離れてしまうのだろう。この温もりは今この瞬間だけのものなのだ。そう思うと愛しさと切なさがいっそうつのった。
「おやすみ、オリヴィアさん。ありがとう」
一瞬だけこのまま口づけしようかと思ったけど、俺はそのままオリヴィアさんをベッドへ運んだ。
最終話
出航は目前に迫っていた。聖獣たちによって船の準備は整えられ、いまやオリヴィアさんが乗り込むばかりである。
「元気でニャ。これはタマが作った特製クッキーだニャ。旅の途中で食べるといいニャ」
「水には気をつけるニャ」
ミニャンたちと言葉を交わすオリヴィアさんは笑顔だ。その表情には何かを吹っ切ったような清々しさがある。もう覚悟は決まっているようだ。だから俺も自分の気持ちは顔に出さないように努めた。
「アキト、いい風が吹いてきた。いつでもいけるよ」
麦わら帽子を被ったトビーが告げに来る。トビーはこのたびの航海で船長を務めるそうだ。
「オリヴィアさん、そろそろ時間だ」
「ええ」
オリヴィアさんはつかつかと歩いてきて、俺のすぐ近くで立ち止まった。
「アキトさん、本当にありがとうございました。貴方がいなかったら、わたくしは生きていたかも怪しいものです。いつかきっとこのお礼をいたしますわ」
「それはお互い様だよ。その気持ちだけでじゅうぶんさ」
「そうはまいりません。あちらでのゴタゴタのカタがついたら、必ず戻ってまいります」
「はっ? それはどういうこと?」
オリヴィアさんがマーベル島に戻ってくる?
聞き違いじゃないよな!
「ここのところずっと考えていたのです。やはりわたくしはニッサル王子に嫁ぐことはできません。このままの気持ちで嫁いでも、自分はおろか、ニッサル王子までも不幸にしてしまうと思うのです。だから、なんとか婚約破棄ができないかお願いしてみるつもりです」
「婚約破棄なんてできるの?」
「わかりません。できないときは死んでお詫びをするつもりです。そうなりましたら、この島に戻ってくるというお約束は守れなくなってしまいますが……」
オリヴィアさんは晴れ晴れとした笑顔でとんでもないことを告げてくる。
「だったら俺も行く! 力になれるかもしれない」
ありったけの勇気をだしてそう提案したんだけど、あっさりと拒否されてしまった。
「いけません。わたくしはこれ以上アキトさんに頼りたくないのです。これはわたくし自身が乗り越えなければならない試練なのです」
「オリヴィアさん……」
「わたくし、心だけはここに置いてまいります。マーベル島とアキトさんのおそばに……」
「ダメだ! なにがあっても死ぬなんて解決法は――」
「アキトさん、失礼いたします!」
俺の言葉を遮ってオリヴィアさんが一歩前に出た。達人の踏み込みは神速の域にあり、俺はなんら反応できない。その状態からキスをされた……。頭の中が真っ白になると同時に腹部に強烈な波動を感じる。
「パラライズウェーブでございます。ごめんなさい、アキトさん……」
そうか、俺はマジック系の当て身をくらったんだな、そう理解したときにはもう気を失っていた。
♢♢♢
それから毎日海岸へ出て、海ばかり眺める生活が十二日ほど続いた。見渡す海上には何もなく、ただただ美しい光景が広がっている。
なんにもやる気も起きなくて、ポイントルーレットもきちんと回せていない。先日はついに0を出してしまうくらいやる気が失われているのだ。
もっとも、なんら痛痒は感じていない。どうせ食料ガチャくらいしか使い道はない。
スキルも獲得せず、新しいギアを見る気にもなれないのでポイントは確実にたまっている。今確認したら97あった。トビーたちに帽子をプレゼントしなくてはならないのでちょうどよかった……。
「またここにいたニャンね」
海を眺めていたらタマさんがやってきた。手にはカゴを提げていて中にはコロッケが入っていた。
「揚げたてニャンよ。アキトも食べるか?」
「ありがとう、でもいいよ。食欲がないんだ」
我ながら情けないとは思うけど、とてもそんな気分にはなれない。なにより悔しいのは、今の俺は動きようがないという事実だ。
せめてトビーたちが戻ってきてくれれば、船を使ってキャピタル王国まで行けるのにな……。
「オリヴィアがいないとやっぱり寂しいかニャ?」
「胸に刺さっていたドリルがすっぽり抜けてしまった気分だよ」
「それは即死だニャ……。まあ、元気を出すニャ。大丈夫、オリヴィアならきっと――」
タマさんが何か喋っていたけど、俺の注意は海上の一点に引き付けられていた。正体不明の物体が波しぶきを上げながらこちらに向かってくる。あれは……。
「なんニャ! シーサーペントの襲来かニャ!?」
「いや、違う。あれは!」
海風が微かな音を運んできた。
「アキトさーーーーーーーーーん」
「オリヴィアさん!」
白いワンピースを纏ったオリヴィアさんが海の上を走っている。
え、ドリルフットは海の上も走れるの!? エリマキトカゲみたい……。
「ハア、ハア、ハア……」
砂浜に上がったオリヴィアさんはしばらく息を切らせていたけど、すぐに元気な笑顔に戻った。
「船の上からアキトさんが見えたので走ってきちゃいました」
普通は走れないんだけどね。
「元気そうでなによりだよ。それで、どうなったの?」
「婚約のことでございますね。あれはあちらから破棄されました」
「はっ?」
「実は、実家に戻ると今後のことを話し合うためにニッサル殿下がいらしていたのです。そこでわたくしは正直に、マーベル島でアキトさんと暮らしていたことを話しましたの。そうしたら、そんなふしだらな娘はいらないと言われまして」
ああ、勘違いしたんだな。
「疚しいことは何もない。アキトさんは誠実で優しくて、どんな紳士より立派な方でしたと力説したら、ますます怒ってしまわれまして」
「それで破談に?」
「ええ。まあそのほうが都合はよかったのですが」
「でも、お父さんの借金はどうする? 破談になったら結納金は手に入らないんだろう?」
「それも解決いたしましたわ」
そんな都合のいいことが起こるのか?
「ほら、アキトさんが譲ってくださった無色透明の魔光石がありましたでしょう? なんとあれは国宝級の品物で、借金を返せるくらいの値段がつきましたの」
「それはよかった! ゴルフボールより大きな宝石だから、高値がつくとは思ったけど、まさかそこまでとはね」
人生なにが幸いするかわからないものだな。しかし魔光石にそれほどの価値があるとは思わなかったよ。商船がこの島のことを秘匿したがる理由がわかった気がする。
「ただ、問題もありまして……」
と、それまで元気に喋っていたオリヴィアさんが力なく肩を落としてしまった。ドリルも張りをうしない、しょんぼりとしおれている。
「どうしたの?」
「新たな借金ができました」
「はい?」
「婚約破棄ができたまではよかったのですが、違約にともなう弁済が生じまして、それが結納金額の三倍返しと決まりました」
「つまり、ハッフルパイモン家の借金が三倍になったってこと!?」
「いえ、これはわたくし個人の借金ですわ。返済猶予に一年をいただきましたので、頑張って稼がなくてはなりませんわね」
「稼ぐってどうするつもり?」
「もちろん洞窟に潜って魔光石を集めるんですよ。頑張ればきっと一年で返済できますわ!」
明るく笑うオリヴィアさんを見ているとそれも可能な気がしてくる。
「わかった、俺も一緒に洞窟へはいるよ」
「お力をお貸しいただけるのですか?」
「まあね。キスのお礼をまだしていないからね」
「あれはっ!!!!」
真っ赤になるオリヴィアさんの手を取った。
「とにかくベースキャンプに戻ろう。そこで作戦会議だ」
「はい!」
水平線の向こうに低い雲が立ち込めている。夜は雨になるかもしれない。テント周りの溝を掘り直して、乾いた薪に雨がかからないようにして、今のうちに夕飯のパスタを水にふやかして……。
頭がすっきりして、次にやるべきことが見えてきた。これでいい。だって二人のキャンプはまだまだ続くのだから。
(終)
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最後までお読みいただきありがとうございました!
コミック版の連載もよろしくお願いします。
異世界のんびりキャンプ 長野文三郎 @bunzaburou
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