第44話 幽霊船(2)


 あっという間に夜が明けた。

 昨晩の内に接近していたのだろう、船はもうマーベル島の沖合に停泊していて、荷物を満載した小型のボートが砂浜に向かってきている。

 いよいよ、オリヴィアさんともお別れか……。


「それではいってまいります」


 オリヴィアさんは船長と乗船交渉をしにいくのだ。


「気をつけて。オリヴィアさんなら心配はいらないと思うけど、用心はしてね」


 船には荒くれ者の船員がたくさん乗っているのだ。不埒な考えを起こす奴がいても不思議じゃない。


「大丈夫ですわ。それでは船長にキャピタル王国まで運んでもらえないか聞いてきます」


 他の船員より立派な服を来た男がボートから降りてきた。きっとあれが船長だろう。


「もし、ここからキャピタル王国まで私を運んでいただきたいのですが」


 船長は驚いたように俺たちを見ている。


「こいつは驚いた、まさかこの島に人間がいるとはな」

「嵐で船が難破してしまいましたの。わたくしはハッフルパイモン侯爵の長女でオリヴィアです。どうかわたしをキャピタル王国まで連れて行ってください」

「うぇっ! あんたがあのオリヴィア嬢か!? まさか生きていたとはな」

「わたくしのことをご存じなのですか?」

「チェルニック号が難破したという話は寄港地で聞いたぜ。救命艇で助かった船員がいたんだ。その船に外国へ嫁いでいくアンタが乗っていたというのも聞いたけど、この島に流れ着いていたとはなあ……」


 船長は感慨深げに頷いている。


「どうかお願いします。わたくしをキャピタル王国まで連れて行ってください。お代は必ず父が払います」

「う~ん……助けてあげたいのはやまやまなんだが……」

「ダメなのですか?」

「よそ者は絶対に乗せたらだめだと船主に厳命されているんだよ。いくら船長でも船主様の命令には逆らえないんだ」

「どうしてですか?」

「そいつはこの島のお宝のせいさ。アンタたちは知っているかい?」

「魔光石のことですか?」

「それさ。ここの猫たちは食い物と魔光石を交換してくれる。はっきり言って、こんなぼろい商売はないってわけだ。ただみたいな仕入れ値で価値の高い宝石が手に入るんだからな。だから、外部の連中にはこの島のことは絶対に知られたくないってわけさ」


 なるほど、商売を独占したいんだな。だから用心に用心を重ねる意味で、オリヴィアさんを運びたくないのだろう。


「そこをなんとかお願いできないでしょうか。わたくしはこの島のことを誰にもいいませんし、お金なら父が言い値で支払いますので」

「それなんだけどさ……」


 船長は大きなため息をついた。


「なんでしょう?」

「聞いているぜ。ハッフルパイモン侯爵は貿易で失敗して大きな借金があるそうじゃないか」

「そ、それは……」

「疑うわけじゃないけど、お嬢様をお連れしても、侯爵に支払う金がなければこちらは丸損だ」

「わたくしが戻りさえすればお金は何とかなるのです!」

「いずれにせよ、船主の許可を取らなきゃお嬢様を乗せられないよ。次に来る時までに船主にアンタのことを聞いてみるから、それまで待っていてくんな」

「そんな……、それでは間に合わないのに……」


 オリヴィアさんは何度もお願いしていたけど船長は取り合ってくれなかった。


 悲しみに沈むオリヴィアさんを見るのは辛かった。彼女は自分を犠牲にしても家族を救おうと考えている。

 でもそれは正しいことなのか? いや、正しいとか正しくないという理屈の問題じゃないのだろう。オリヴィアさんは優しいのだ。

 それでも俺はこう言わずにはいられなかった。


「いっそこの島に残るっていうのはどう? 俺は君が――」

「いけません! どうぞ、それ以上おっしゃらないでくださいませ……」


 苦しそうにそう言われてしまうと何も言えなかった。なんとか他の手立てを考えるしかない。俺は気分転換に海岸へ出ることにした。


 ひとりで海岸をぶらぶらしていると三羽のアルバトとトビーが言い争いをしていた。


「帽子を手に入れたからって偉そうにすんなよ!」

「うるさい、アホウドリ! オイラのことはほっといてくれよ」

「アホウドリって言うな、ザーコ!」


 またアルバトが他人に絡んでいるんだな。あいつらは人に喧嘩を売らないと気が済まない性分らしい。トビーは友だちだし止めに入るとしよう。


「おい、止めないか!」


 俺が行くとアルバトたちはびくりと体を震わせた。


「なんだよ、業突く張り人間。まだ俺たちの卵を狙っているのか?」

「あれは冗談だって。お前らの卵なんて気持ちが悪くて食指が動かないよ」

「ザーコ、どうせ卵を食べるのならロックの卵でも盗ってきやがれ!」


 そういえばタマさん達もロックの卵は美味しいと言っていたな。


「ロックの産卵場所ってどこだっけ?」

「ここから北へ行ったところだよ。アキト、本当に行くのか?」


 トビーが心配そうに訊いてくる。


「いや、今のところ用事はないよ。タマさんがアイスクリームやプリンを食べたいと言い出したらわからないけどね」

「そうか……。アキトがどうしても行きたいときはいつでも言ってくれよ。オイラが背中に乗せてやるからな」


 トビーと話していたらアルバトが嘴を挟んできた。


「行ってこい、今すぐ行ってこい! 行って幽霊に呪われてこい、ザーコ!」

「幽霊に?」

「いま、あそこの岩礁には船が引っかかっているのさ。気持ちの悪い船だからきっと幽霊船だぜ、ザーコ」

「係留が外れて流されてきたのかな?」

「話を聞けよ、ザコ! 幽霊船って言ってるだろう!」

「証拠でもあるのか?」

「甲板をゾンビがうろついているのを見たんだよ。それだけじゃない。スケルトンなんかもいたんだからな!」


 ゾンビか……、オリヴィアさんには言わない方がよさそうだ。


「ロックの岩まで船を見物に行ってこい。行って幽霊に呪われてこい、このザーコ!」


 なんだその言いぐさは。でも、船か……。


「船があったら、オリヴィアさんをキャピタル王国まで運んであげられるかな? いや、たとえ船が手に入っても動かし方がわからないか……」


 沖に停泊していた商人の船も帆船だった。あんなものの動かし方は皆目わからない。それに一人じゃ動かしようがないような気がする。


「ザーコ、そこのお友達にひっぱってもらえばいいじゃねーか」

「トビーに? トビーだけじゃ無理だろう?」

「オイラ一人じゃ無理だけど、仲間に頼めば何とかなるぞ。アシカンは船の知識も豊富なんだ」


 アシカンは船を引っ張りもできるし、操舵技術にも長けているそうだ。


「じゃあ、キャピタル王国まで行けるの?」

「もちろんさ」

「だけど遠いんだろう? なんだか悪いよ」

「それなら問題はない。オイラの仲間はみんなこの麦わら帽子に憧れているんだ。アキトが同じものを用意してくれたらきっと力になってくれるさ」

「仲間って、何人くらいいるの?」

「100人はいる。アシカンは力持ちだから、それだけいれば大きな帆船だって引っ張れるぞ」


 ということは、オリヴィアさんをキャピタル王国まで連れていける! でも麦わら帽子百個だと必要ポイントは100か。これから毎日ポイントをプールしていけば不可能ではないな。


「百個の麦わら帽子を用意するのに十日くらいはかかると思うけどいいかな?」

「かまわないさ。とりあえず船の様子を見に行ってみる? オイラが背中に乗せてあげるよ」

「それじゃあお願いしようか。危なくなったら移動魔法で逃げ出すとしよう」

「え、アキトは移動魔法が使えるの!? すごい!」

「ザ、ザーコ……でもないのか……」


 やっぱり移動魔法や収納魔法は特別なんだなぁ。

 行く前に移動魔法系のスキルを上げておこう。今日はレベルが6になったのでルーレットが回せるのだ。オリヴィアさんとお別れだと思っていたから、まだ何にもしてなかったけどね……。

 出てきた数字は14だった。あまりよくはないけど、こんな日もある。トータルだと26ポイントあるから「移動魔法・中級」(10)の習得に問題はない。

 中級を習得したことによって移動距離は十キロから五十キロ、同行者数は一人から二人、登録ポイントも五カ所から十カ所に増えた。これでマーベル島全域をカバーできるようになったぞ。

 ついでに前回取り損ねた「マジックウォール」(6)も習得しておこう。


「よし、準備完了。いつでも行けるぞ」

「オイラに任せとけ。ロックの岩場に出発だ!」

「ザーコ、どうなっても知らないからな!」


 アルバトに見送られて、俺たちは怪鳥ロックの産卵場所に出発した。


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