第27話 急成長(4)


 日が西の空にだいぶ傾いたころ、疲れた顔のオリヴィアさんが帰って来た。手に獲物はなく、今日の狩りも失敗だったようだ。

 優しく慰めるべきか、知らないふりをするべきか……。


「面目次第もございません。今日も獲物を捕まえられませんでした」


 オリヴィアさんはまたもやしょんぼりと項垂れている。生真面目な人だから、見ていて痛々しいほど反省してしまうのだ。


「仕方ないよ。狩りは難しいものなんだろう?」

「いえ、今日は邪魔が入ってしまいまして」

「アルバトに意地悪でもされた?」

「そうではございません。変な猿にです」

「猿ぅ?」

「森で大きなムクドリを見つけたのです。聖獣ではございませんでした。やっとまともな獲物がいたと思い、石で狙いをつけていたら横やりを入れられたのでございます」


 オリヴィアさんの邪魔をするとは命知らずな……。


「その猿は聖獣のようで人間の言葉をしゃべりました。ですが粗暴で、そのムクドリは俺様が先に見つけたのだ、セイテンタイセイ様の獲物を横取りするとはいい度胸だな! とこうでした」


 せ、斉天大聖?


「そして、いきなり鉄棒で襲い掛かってきたのです。私もついカッとなって応戦しました。頭に鉄の輪っかをはめた態度の大きな猿でして……」


 それって孫悟空的なやつ!


「私も腕には少々の自信はあったのですが、結局先ほどまで勝負はつかず……」

「それで、どうなったの?」

「和解いたしました。猿はカラカラと笑って、なかなかの腕でござるな、姉上。と言ってきました」

「姉上!?」

「はあ、なんだかよくわからないまま義姉弟ぎきょうだいにさせられてしまいましたの」


 それは、それは……。


「それで、そのお猿さんは?」

「雲に乗って空の向こうへ飛んで行ってしまいましたわ」


 もう間違いないな。


「残念なことをしたね」

「何がですか?」

「雲に乗せてもらえれば、ご実家に帰れたじゃない」

「あっ、そうでした。あまりのことにあっけにとられてしまって、言い出す機会もなかったものですから。そうですね、残念なことをいたしました……」


 どうしてだろう、オリヴィアさんはあまり残念がっていないような気がしてしまうんだけど……。


 夕飯用に食料ガチャを引くと、長いバゲット(フランスパン)が出てきた。かなり大きいから三食分くらいにはなりそうだ。


「ミニャンたちに貰ったニンニクとバターが残っているから、ガーリックバゲットを作ろう」

「やりましょう! 何から切りますか?」


 オリヴィアさんの手が青いオーラを放って、すでに斬手刀の構えである。かなりの意気込みを感じるぞ。


「じゃあ、バゲットをスライスしてよ。厚みはこれくらいで、八切れお願いするね」


 ドリル令嬢がパンをスライスしている間に、俺はニンニクのみじん切りだ。キャンプ飯のスキルが利いて、今日もナイフさばきは絶好調である。


「バゲットが切れましたよ。次は何をしますか?」

「フライパンを温めて、バターを焦がさないようにとかして」

「承知いたしましたわ」


 オリヴィアさんも料理に慣れてきたな。以前のように恐々道具を扱っている気配はない。とけたバターにニンニクのみじん切りを入れた。


「ああ、いい匂いがいたしますわ。でも、バターはこれでなくなってしまいましたわね」

「また何かと交換してもらえばいいさ」


 ミニャンたちはヤギのミルクでバターを作っているそうだ。珍しい食べ物が出たらきっと交換してくれるだろう。


「バターにニンニクの香りが移ったら、その上にバゲットを並べて焼くんだよ」

「こうですか?」

「いいね。火加減に気をつけて、表面がカリッときつね色になるまで焼いてね」

「ああ、待ち遠しいですわね」


 夕飯はカニと貝と野菜のスープにガーリックバゲットとなった。


「このハーブがアクセントになっていますわ。ミニャンにもらいましたの?」

「ちがうよ。森の中で見つけたんだ。新しく『可食判定』ってスキルを身につけたおかげさ」

「キャンパーというのは本当に生きる力が逞しいのですね。そして自由な感じがいたします。憧れてしまいますわ……」

「そうかな?」


 ブラブラしているだけで食べられるものを見つけられるんだから、順応力は高いだろうな。

 オリヴィアさんと美味しい夕飯を楽しんだ。


   オリヴィア 6



 新月の時期が終わり、月が大きくなってまいりました。今夜は明るい月が夜のマーベル島を照らしています。

 おかげで私の恐怖も薄れていますが、それは月が明るいからだけではなく、隣にアキトさんがいてくれるからなのでしょう。


 今夜はアキトさんと月の海岸を散歩しました。白い砂浜が銀色に輝いて幻想的な光景です。波音を聞きながら歩く浜辺のなんと心地のよいことか……。

 久しぶりに全力で体を動かしたので、身も心もスッキリしています。その意味では、あのお猿さんには感謝しなくてはなりませんね。でも、わたくしの打ち込みを再三払ってしまうとは、油断のできない相手でございます。あれだけ剛の者は騎士団の中にもいませんでした。


「そろそろ師父のもとに帰らないと緊箍児呪を唱えられてしまう。お別れの時間でござる、怒李瑠公主」

 と怯えていましたが、キンコジジュとはなんだったのでしょうか? それにドリルコウシュとはわたくしのことでしょうか? 外国の言葉はよくわかりません。


 あれのお師匠様ともなると、わたくしなどでは到底敵わないほどの達人なのでしょう。いつか一手御指南を受けたいものでございます。


 となりを歩いていたアキトさんが、私に気を遣ってランタンで足元を照らしてくださいました。アキトさんはとても優しい方です。ニッサル殿下もアキトさんくらい優しい方ならよいのですが……。


 いけませんね。婚約者と他の殿方を比べるなんて、してはならないことです。

 私はここで幸せに浸っている暇はありません。早く戻って婚姻の手続きを再開しなければなりません。

 さもないと、ニッサル殿下からハッフルパイモン家にいただける結納金の話も流れてしまうかもしれないのです。

 そんなことになれば、お父さまやお母さまはまたもや金策にご苦労なさるでしょう。それだけは避けなければなりません。


 散歩の帰りはアキトさんが新たに習得された移動魔法を使いました。空間系の魔法まで使いこなすとは、キャンパーというのは実に有能なジョブでございます。


 移動魔法を使うに際して、同行者は手を繋がなくてはならないと言われて、心臓の音を聞かれてしまうのではないかと心配するくらいドキドキしました。

 ダンスなどで殿方に触れることはございましたが、アキトさんと手を繋ぐのは初めてのこと……。

 アキトさんは新しい魔法を試したかっただけのようでしたが、わたくしとしましては本当にびっくりいたしました。

 手をつなぐのなら事前に言っておいてほしかったですわ。そうしたら念入りに洗っておきましたのに。突然言われて、本当に焦りました。

 でも……、有り体に言えば、私は浮かれておりました。アキトさんの暖かさが指から伝わってきただけで、全身がカッと熱くなって、まともにものを考えられなくなってしまったのです。

 この気持ちを日記に書き残すことに躊躇ためらいを覚えます。

 ただ、それもこれも船が来るまでのことです。いずれはアキトさんともお別れしなければなりません。そうなれば、二度とお会いすることもないでしょう。


 近頃のわたくしはこのように喜びと悲しみの狭間にあって、気がつけば途方に暮れているのです。

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