【推理士・明石正孝シリーズ第8弾】管理官・田中の犯罪

@windrain

第1話 田中管理官

 県警本部捜査一課からの連絡を受け、明石と僕は県警から来た迎えの車に乗り込んだ。


 僕たちはただ黙り込んでいた。今までは非公式アドバイザーとして、よく田中管理官から呼ばれていたが、今回はそれとは違って一大事だった。


 病院に着いた僕たちは、運転していた捜査一課の刑事の後に続いて、エレベーターで4階の外科病棟まで上った。


 病室の前に警官が立っている。それが何か異様な雰囲気をかもし出していた。


 病室の中へ入っていくと、ベッドに横たわっていたのは―――


「あっ・・・来てくれたのか」

 頭に包帯を巻いている田中管理官だった。


「何やってるんですか」明石は首を横に振りながら、つぶやくように言った。「県警幹部ともあろうお方が、襲撃されて怪我をするなんて情けない」


「随分と情け容赦ないな」田中管理官は弱々しく笑った。「また面倒をかけることになり、申し訳ない」


「あなたには出世してもらわないと困るんですよ。警察庁刑事局長になって、特命係を作ってくれなきゃ警察組織が良くならない。最低でも県警本部長にはなってもらわないと」


「それはまた随分と高いハードルだな」そこで田中管理官は真面目な顔になった。「犯人の目星はつけそうか?」


「何言ってるんですか、あなたの手に被害者の血がついていたから、あなたが犯人なのかも知れないと思われてるんですよ?」


「そうなのか?」

田中管理官は戸惑ったようだ。

「私は誰に殴られたのか、覚えていないんだ。たぶん犯人を見てはいないと思う。ただ女性が倒れていたので、どうしたのかと思って確かめようとした記憶はある。そのとたんに殴られたと思うので、倒れたときに女性の血がついてしまったのかな? だから殺したのは私ではないよ。ところが、念のためにまだいろいろと検査を受けなくちゃならないらしいから、当分の間、捜査には復帰できそうにないんだ」


「おやおや、容疑者の1人なのに自分の事件を捜査できるとでも思ってるんですか? あなたは事件が解決するまで休んでいればいいんですよ、全部部下に任せてね。非公式アドバイザーとして、僕も協力して差し上げますから」


 なんだかんだ言っても、明石は田中管理官の汚名をそそぐために真犯人を見つけ出すつもりだ。




 田中管理官が命に別状がない状態らしかったので、僕はホッとした。たぶん明石もそうなんだろう。僕たちは捜査本部が置かれている所轄署に向かう途中で、運転する刑事さんから事件の詳しい概要を聞いた。


 それによると、田中管理官と若い女性が路上で倒れていて、女性は後頭部を殴打されて死亡しており、田中管理官も後頭部を殴打された跡があった。


 近くにコンクリートブロックが転がっており、それが凶器と思われるとのことだった。そしてさっき明石が言ったように、まずいことに田中管理官の手に死亡した女性の血液が付着していたのだ。


「それってまさか、田中管理官と女性が男女関係のもつれで争いになって、田中管理官が相手を殺してしまったって考えられてるんですか?」

 僕が尋ねると、

「県警の誰もそんなことは考えちゃいないですよ。ただマスコミが嗅ぎつけたら、面白おかしく書かれそうで」

と刑事さんは答えた。そうだろうな、田中管理官が人を殺したなんて、県警の誰も思ってないだろう。


「事件発生時刻はいつで、田中管理官はどうしてそこに居合わせたと考えられてるんですか?」

 明石が尋ねると、

「事件発生はおそらく昨夜10時前後だろうという話です。田中管理官は、昨夜は一人で行きつけのバーで飲んでいたらしく、その帰り道で殺害現場に出くわしたのでしょう」


「ということは、けっこう酔っていたのかも知れませんね。そうでなければ、そう簡単に犯人に襲われたりはしないでしょうから」


 それから明石は少し考えてから続けた。

「コンクリートブロックが女性を殺害した凶器と考えられているのは、女性の血痕が付着していたからですよね? でも犯人がそんな物を持ち歩いていたとは考えにくい。そうすると、現場付近にあったブロックを使ったのか? そもそもこれは計画的な犯行なのか、それとも突発的な犯行なのか?」


 それから明石はさらに考えてから付け加えた。

「もしそのブロックから田中管理官の血痕が検出されなかったとしたら、別の凶器で殴られた可能性もありますね。生死を分けたのは、そういうことなのかも知れない。ところで」

明石は運転している刑事に尋ねた。

「事件の記者発表はしたんですか?」


「いや、被害者の身元が確認されていないから、まだでしょう。誰なのかは一応運転免許証と持っていた名刺で確認できているけど、一人暮らしのようで、縁故者には連絡がついていないし、戸籍を調べようにもまだ市役所が開いていなかったですから。名刺が財布に入っていたので勤務先もわかっているけど、朝早かったので、電話してもまだ誰も出勤していませんでした。今、所轄署の刑事がちょうど市役所と勤務先に行っているところだと思います」


「記者会見で事件が公表されると思いますが、田中管理官の負傷については公表される予定なんでしょうか?」

「・・・第一報では公表されないことになりそうです」

「それはまずいですね。それだと後で恣意しい的に公表しなかったと糾弾されかねないですよ」


「上の方針なので、どうしようもないですね」

彼は苦々しげに答えた。


「上の連中を守ってやるつもりはありませんが」

明石は続けた。

「『男女が倒れているのが発見され、一人は死亡が確認された』とだけ発表したらどうですか? どちらが死亡したのかを明言しないことで、心配になった犯人が接触してくる可能性があると考えた、と後でこじつけの説明をするんですよ。もっとも、事件が早急に解決できなければ時間稼ぎにもならず、意味ないですけどね」


「まだわからないことが多過ぎて、早急な解決は難しそうだな」

 僕がぼやくと、

「そうでもないさ」と明石は応えた。「もうすぐわかることも多いだろうし、少なくとも田中管理官が殺人犯だという可能性を排除できるのは大きい」


 そうか、推理士の推理は『可能性を一つ一つ排除していく』んだったな。でも今回排除した理由は『私情』に過ぎないような気もするが・・・まあいいか。

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