サノマイア奏師記 革命と虚力の石

@m_kensky

プロローグ 武王ロスガール

 大陸の北方に位置するエウロガーフ、すなわち「第一王国」にロスシニエルという王子がいた。学問を愛し詩を詠ずる優しい青年で、誰からも嫌われることはなかった。

 確かに彼を悪く言う人はいなかったが、といって彼を熱烈に支持する人もまたいなかった。要するに王族としてはまったく目立たない存在だった。


 それもそのはずで、エウロガーフでは二つの王家が順に王位を担うのが習わしであり、当時、ロスシニエルの兄が王座にあったため、彼に王位やその他何らかの権力が回ってくることはなかった。

 逆に言えばそのおかげで彼は泥臭く不健康な政の世界から隔絶され、善良で無垢な性格のまま暮らすことができていた。


 しかし、そんな状況は兄王の死によって一変した。ルームルブ・イーンが在位二年目に異教徒の地で戦死すると両王家は後継ぎ問題に直面した。次の王として最も有力なのはルプテュルク家のコメニエル王子だったが王子は成人しておらず、まして立太子もまだであった。もう一つの王家ウェトメロ家においても事情は同じで、戦死した王の遺児はまだ五歳であった。そこで白羽の矢が立ったのが王の弟であるロスシニエルであった。

 控えめな性格で政治にも疎く、特に秀でた能力も無いと見做されていた彼は中継ぎの王としては打ってつけだった。


 暁帝歴四〇四年、ウェトメロ、ルプテュルク両家の合意によって無害な王弟ロスシニエルはロスガール・イーン(武王)として即位した。


 王になってからのロスガールは、しかし、周囲の見込みを劇的に裏切った。兄ルームルブの仇討ち戦争を皮切りに対外積極策を取り、同時に国内改革を進めた。別人になったかのような王の変貌に周囲は驚いた。中でも上流社会の人々の驚きは大きく、それは時を置かず反感に変わっていった。知ってか知らずか、ロスガールは彼らの既得権益を侵し始めていたのである。


 王の側に立つ有力者は少なかった。王による権益の侵害に直面する者も多かったし、やがて王位が移った時に訪れるであろう反動を考えれば誰も安易にロスガールを支援できなかった。何せ中継ぎの王であるのだから。


 そのためロスガールは身分の低い貴族や平民から自分の味方を集めざるを得なかった。そこでは能力主義が徹底され、古いしきたりなどには囚われず、有能な者には破格の席が与えられた。王の治世が進むにつれ、ほんの青年でしかない将軍や聞いたことも無い家名の長官の名が王都に轟いた。数々の戦功や改革の成果とともに。

 それに反して旧体制を支えていた人々は日陰に追いやられた。彼らは郷愁を込めて自分達のことを「レーンカトゥーレブ」(伝統派)と呼び、対して、ロスガール派の人々のことを「ニートペベール」(新参者)と呼んで蔑んだ。


 ニートペベールを率いてロスガールは西に蛮族と戦い、南に異教徒を討伐した。国内においても古いしきたりや慣習を変え、閉塞した社会の空気に風穴を開けた。

 新体制のもたらす目覚ましい成果は新しい時代の始まりを感じさせ国民の支持を集めた。その一方で伝統派の人々はますます反感を強くした。特にルプテュルク、ウェトメロの両王家は、ロスガールがこのまま王位を手放さないかもしれないという危機感を抱いていた。


 彼らの危機感が現実になったのは、ロスガールが自身の一人息子である白の王子ことオズリエルを太子としたことである。オズリエル立太子は伝統派に衝撃を与えた。ロスガールが自らの血統で王位を独占することを表明したのと同じだからである。


 伝統派の巻き返しは突然で強力だった。ロスガールの右腕であったロルボスを抱き込んで反逆を起こさせたのである。誰しも予想できなかったロルボスの裏切りによってロスガールはあっけなく退位させられた。暁帝歴四二二年、ロスガール在位十八年目のことである。

 すぐにコメニエル王子がコメーン・イーンとして即位し、王国の体制は急速に旧に復していった。ロスガールが進めていた国外遠征や国内の改革はことごとく取り止めとなった。伝統派が朝廷の重職に戻り、ニートペベール達は役を追われ没落していった。

 さらにその二年後、再起を図って反乱を計画した容疑でロスガールは殺害された。手を下したのはまたしてもロルボスだった。


 さて、この物語の最初の舞台となるのは、ロスガール死後六年が経過した暁帝歴四三〇年のこと、森の民の来寇である。

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