魔法少女と悪の下っ端おじさん

おてんと

プロローグ 魔法少女 VS 悪の下っ端おじさん

 「ぶっひっひっひ!! 今日こそ魔法少女たちにギャフンと言わせるんダナ!」


 「「イッー!!」」



 春、よく晴れた平日の昼下がり。


 どこにでもあるような公園にて、独特な笑い声を上げるブタの頭をした者と、全身黒色のタイツ姿の者たちが現れた。


 前者は時代錯誤の貴族服。ブタ頭だが、二足歩行である。お腹は前に突き出ていて、頭の天辺にはシルクハットが乗せられている。どっからどう見ても人間ではない。


 そう、彼は見た目の通り、怪人ブタ男爵という。



 後者は時代錯誤の全身黒タイツ姿。チャームポイントはその上から穿いた白のブリーフ。二人居て、身長も体格も似ており、同じ格好をしている。また顔には真っ白な仮面があり、これと言って特筆すべき点は無かった。


 そう、この者たちも怪人で、キャラデザ的に下っ端戦闘員だ。



 お気づきかもしれないが、この三人は悪の組織に属する者たちである。



 「出たわね! 怪人ブタ男爵!」


 「あなたたちからこの町を守ってみせるわ!」


 「行くよ! ! !」



 対するは、まだ年端も行かぬ中学生のような容姿の、見た目がカラフルな少女たち。


 カラフルと言っても、ひとりひとりが色鮮やかという訳では無い。偏っているのだ。



 色が。



 一人は桃色を基調としたドレス姿の少女、“マジカルピンク”。


 艶のあるふわりとしたピンク色の髪はツインテールで結っており、身長は女子中学生の平均のそれだが、昨今の発育の良さを感じさせる身体つきだ。


 また可愛く見せるためにパニエでも入っているのだろうか、スカートはふわふわに盛られていて愛らしい格好である。


 そんな少女の手には、ピンク色のステッキが握られており、陽の光を大して浴びてもないのに光り輝いていた。



 一人は青色を基調としたドレス姿の少女、“マジカルブルー”。


 流れるような青色のロングストレート、身長はマジカルピンクよりやや高く、こちらも昨今の発育の良さを感じさせる体躯である。


 格好もマジカルピンクの色違いと言ったところだ。



 一人は黄色を基調としたドレス姿の少女、“マジカルイエロー”。


 ふわりとした金髪ショートヘアと愛らしい見た目だが、身長は他二人よりやや低め。


 やはり平均という言葉があるからには、誰かが基準より低めのステータスを担っている訳で、マジカルイエローの体躯は帳尻合わせされたかのようにやや幼げである。



 三人の魔法少女たちは共通して派手な格好をしているが、見る者全てに可憐さを見せつけるような魅力を兼ね備えていた。



 「さぁ! 魔法少女たちをやっつけなさい! 我が下僕たち!」


 「「イッー!」」



 「絶対に負けない!」


 「ブタ......えっと、なんだっけ......! 見せてあげる、私たちの絆の力を!」


 「二人とも、ステッキを前に!」



 「「「マジカル~」」」




 戦闘開始から一分ほど経過した頃合だろうか。


 そんな序盤の頃合いで、魔法少女たちがいきなり持っているステッキを重ね始めた。


 途端、ステッキが淡い光を収束させる。徐々に光が強くなっていく。



 「「「え゛」」」



 その光景に、悪の組織の戦闘員たちは間の抜けた声を漏らした。


 眼前の魔法少女たちがステッキに集めた光を、ステッキごと頭上に突き上げる。瞬間、それは眩い光となり――



 「「「ビームッ!!」」」



 ――特大のレーザーを放った。




 「「「ぐあぁぁぁぁあ!!!」」」



 そのレーザービームは悪の組織の戦闘員たちに直撃した。



 なんの変哲も無い公園に、地方自治体が黙ってないような轟音と衝撃が生まれた。


 やがてその衝撃で舞った土埃が消え、戦闘の痕跡があらわになる。



 悪の組織の戦闘員たちは全員倒れ伏していた。



 「やったー!」


 「最後は正義が勝つんだから!」


 「疲れた~。やること終わったし、早く帰ろ~」



 魔法少女たちは明るい雰囲気でハイタッチなんか交わしちゃっている有り様である。



 そんな中、地面に倒れ伏している悪の組織の戦闘員のうち、一人がむくりと起き上がった。



 「......。」



 怪人ブタ男爵ではない。地味な方の戦闘員だ。



 全身黒タイツ姿の方の。



 その者は頭の後ろを掻いていた。どこか気怠そうにしている様が見て取れる。


 しかしそんな気怠さを体現する下っ端戦闘員の存在に、魔法少女たちは気づかない。戦闘はもう終わったと思い込んでしまっているからだ。



 「帰りにどこか寄る?」


 「あ、駅の近くに美味しいクレープ屋さんができたんだって!」


 「いいわね! 今から皆で行きま――」




 「おい」




 「「「っ?!」」」



 少女たちの明るい雰囲気をぶち壊すかのような中年男の低い声音。


 魔法少女たちは声のする方へ振り返った。


 振り返った先には、悪の組織の戦闘員が立っていた。



 ダサくて地味な方の下っ端が。



 「なッ?!」


 「まさかマジカルビームを受けて無事だったの?!」


 「そんな......」


 驚愕する魔法少女たち。眼の前の光景が信じられないと言わんばかりに緊張が走った。


 全身黒タイツ姿の戦闘員は腕を組んでいたが、片手を前に出して、指先で少女たちに合図を送る。



 「ちょっとこっち来い」



 「「「え゛」」」



 魔法少女たちの口から間の抜けた声が漏れる。


 それもそのはず、「イッー!」しか言わないはずの存在の口から流暢な日本語が飛んできたのだから。


 「いいから」


 それでも全身タイツ姿の戦闘員は魔法少女たちに催促した。その声音は明らかに苛立ちを含んでいる。


 魔法少女たちは互いに顔を見合わせながらも、仕方なくと言った感じで全身タイツ姿の戦闘員の方へ歩を進めた。


 やがて両者の距離が近づくにつれ、互いに手が届く距離となった――その時だった。




 「この......ばかちんがぁ!!」




 「「「っ?!」」」



 突如、全身タイツ姿の戦闘員からゲンコツを喰らう魔法少女たち。


 いったい自分たちは今何をされたのか、理解が追いつかない顔つきをしてしまう。やがて遅れてやってくる鈍い痛みに、魔法少女たちは目の端に涙を浮かべた。


 「いッ?!」


 「いったーい!」


 「何すんの?!」


 誰もが頭に手を乗せて、抗議の眼差しを全身タイツの下っ端戦闘員に向ける。


 出会った当初から「イッー!」しか言わなかったあの戦闘員に、だ。


 いくらでも代わりが居るような存在に自分たちの頭を殴られて、少女たちは憤りを覚えた。


 しかし全身タイツ姿の戦闘員はかまわず続ける。



 「とりあえず正座しろ。説教すっから」



 「「「は?」」」



 途端、二度目のゲンコツが少女たちの頭を襲う。



 「「「っ?!」」」



 「せ・い・ざ」



 もはや逆らう気すら湧かず、少女たちは黙って従った。


 魔法少女たちが横一列に並んで正座する。



 「おい、ガキども。なんちゅーことしてくれちゃってんの、ええ?」



 「な、なんなの、いきなり」


 「え、えーと......」


 「悪の組織が何を偉そうに――」


 と言いかけるマジカルブルーだったが、タイツ野郎から目にも止まらぬ速さでアイアンクローを喰らう羽目になる。

 

 「いだだだだだッ!!」


 「マジカルブルー!!」


 「なぁ、お前ら馬鹿なん? なんでいきなり必殺技使うの? マジカルビームを序盤で使うってどういう神経してんの?」


 「ちょっと! マジカルブルーを放し――いだだだだだッ?!」


 今度はマジカルイエローもアイアンクローの餌食になった。


 マジカルイエローは全力でアイアンクローをしてくる腕をタップした。尋常じゃない速さである。



 「マジカルイエロー!!」


 「段取りって言葉知らん? おい、お前、今いくつだ」



 「え? わ、私?」


 「お前しかいないだろ、全身ピンク」



 「ぜ?! 私には“マジカルピンク”っていう魔法少女名があるの!!」


 「変わらんだろ......。で? 今いくつなんだ?」



 「え、その、え、永遠の十四歳......です」


 「“永遠の~”とか要らないから。それ歳を誤魔化したいババアが使う定石だから」



 「ば、ババアじゃないです! 本当の十四歳です! 今年から受験生です!」

 

 「受験生とか聞いてねぇよ......」



 まぁいい、と全身タイツ姿の戦闘員は、両手に青色と黄色の魔法少女の頭を掴みながら続けて言った。



 「十四っていうと、あれだ、色々とわかり始めてくる年頃だろ。な?」


 「え゛」



 「こう、段取りってかさ。尺考えられない?」


 「え、えーっと......まぁ、はい......」



 「わかるよね。なんでいきなり必殺技使うの」


 「その方が早く終わるかなって......」



 「俺、今両手塞がっているから、次は足が出るよ」


 「尺! そう、尺! 大切ですよね!」



 「だろ? 最初からクライマックスを謳ってるどっかの電王でも、もうちょっと考えてるよ」


 「あの、そろそろ二人を解放してくれませんかね......」



 「......。」


 「な、なんでもないです......」



 「ギャラリーのことも考えてさ。ヒーローが圧勝して終わりなんてつまらないだろ」


 「は、はぁ」


 「もちろん八百長しろって話じゃない。例えば――」



 マジカルピンクは、この時間はいったい何の時間だろうと悩み苦しんでいた。


 悪の組織の戦闘員。それもパッとしない弱そうな戦闘員に、くどくど、くどくどと説教を食らっているのだから仕方がない。



 「聞いてんの?」


 「あ、はい」



 「でな、怪人だって主役と下っ端で別れていて、それぞれアピールポイントがあるわけよ。それをいきなり台無しにするとか、魔法少女としてどうなのよって話で――」


 「......。」



 おわかりいただけただろうか。


 この物語は今を生きる現代魔法少女と、“今”に文句をつけたがる中年タイツ野郎の日常の一部を描いた物語である。



 「あ、黄色い方が気を失った」


 「イエロぉぉおお!!」



 魔法少女とは。



 悪の組織の戦闘員とは。



 この先わかり合うことは無そうな両者の何気ない日常が描かれていくのであった。

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