不死郎

12扉

第1話 不死郎


 栄えだした江戸の町のひと角に、大金を夢見て田舎から出てきた青年「喜一」がいた。

 喜一は、故郷の村で大工の才を認められ、村の希望だと手厚く送り出された。喜一も故郷の仲間や両親の期待にこたえたくて、必死に働いた。

江戸についたその年に、喜一の妻が第一子の息子を産んだ。江戸での大工仕事は多忙で子供は妻に任せきりになったが、喜一がもともと持っていた快活で朗らかな性格で、夫婦関係もうまくいっていたし、職場の生粋の江戸っ子大工達にも受け入れられていた。忙しくも全てが順調だった。

 江戸での生活も二年目。仕事姿も板についてきて、少し痛む親指の仕事こぶが、一端の大工になれた証だと思えた。家では息子が言葉を話すようになってきた。


そんなとき、大工の親方からこの噂を聞いたのだ。


「おい、喜一。江戸に“不老不死の男”が来ているらしいぞ」

「へえ親方。江戸はいろんな芸人がいますが、そんなのもいるんですかい」

「なんでも、そいつは三百年くれぇ生きている男で、もの知りだが、政治のお偉いがたにこき使われるのは嫌だから、いろんな町を転々と逃げ暮らしてるんだと。ただ案外、言えば市民には知識を貸してくれるんだと。喜一。なんか悩みがあったら、探してみたらどうだ? おめぇさん、ほっとくと家と仕事場の往復しかしないだろ。少しは遊びごころを持つ余裕も必要なんじゃねえのかい」

「もの知りってのは、なんだって知ってるってことですかい。だったら、大工仕事に役立つこともなんか知ってるんですかい」

「部下としてはありがてぇが、おめぇ本当に仕事ばっかりだな。せっかく江戸に暮らしてるってのに、遊び心の一つもわかねえのかい」

 喜一は上司の言葉に揺るぎない目で答えた。


「稼いで家族に贅沢させてやりてぇですし、大工仕事が好きなもんで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る