第26話 カミラ、襲来

 皇帝陛下の別宅に滞在すること三週間。

 陛下は政務の合間を縫って、今後の打ち合わせと称して何度か顔を出してくださった。


「ヴァン殿の出自については、大々的に発表しようと考えている。逆に言えば、それまではあまり周囲に洩れないようにしなければな」

「政治的な駆け引きについては門外漢なので、委細を陛下にお任せいたします」

「うむ。ひと月後の、マリアベル二十歳の誕生パーティーあたりを考えている。そこで新たな婚約者としてそなたを紹介するつもりだ」


 ひと月後か⋯⋯。

 意外とすぐだな。


「そこでヴァン殿の出自を証明するため、聖杯による儀式も行おう。まあ、それまではここでゆるりと滞在してくれ」

「ご厚意感謝致します」

「よい。そなたの帰還は我が夢でもあるからな。ヴィルドレフト帝から受けた恩は、この程度で返せると思っておらん」

「父はそれほど、ジャミラット様を厚遇した、と?」

「いや、馬車馬のように働かされたな。お前ならできる、と。はっはっは」

「それが、恩ですか?」

「いや⋯⋯少し昔話をしても良いか?」

「はい、是非」


◆◇◆◇◆◇


 話によれば、ジャミラット帝が将軍の頃、東国の奇襲により率いる部隊ごと砦に孤立したという。

 その報せを聞いた父は周囲の制止を振り切り、転移陣で僅かな手勢を率いて救援に駆けつけ、ジャミラット様を救出したという。

 そんな無謀をジャミラット様はもちろん諫めたが、父は笑って反論したという。


「はっはっは。私は命を捨てる気は無いが、命を懸けるべきもののために、惜しむつもりもない」

「それほど、私の能力を買って頂いてる、と?」

「違う。私が命を懸けるべきだと思うのは、お前との友情だ。能力など二の次だ」


◆◇◆◇◆◇



「あの時の笑顔は忘れられん。そして、守れなかった事を今でも悔やんでいる。だから、忘れ形見のそなたにはこのくらいさせて欲しい」

「⋯⋯はい」


 ジャミラット様が良くしてくれるのは、父のおかげだ。

 思えば、バーンズ老は俺が養女の子だから、という事みたいだが⋯⋯カルナックはあれほどの剣の使い手、帝国に残れば栄達の道もあっただろう。

 それを投げ出してまで俺を育ててくれた。


 俺も、彼らから受けた恩を返さなければ。





 皇帝陛下がお帰りになるのと入れ替わるように、俺に来客がある、と門番から連絡があった。


「来客? ここに居るのを知るのは、屋敷の関係者かカルナックくらいのはずだが⋯⋯」

「はい、陛下以外の者はみな、ここにずっといます。第三者に所在が伝わるハズはないのですが」

「で、来客ってのは?」

「それが、ヴァン様の奥方様、と名乗っておいでで⋯⋯」

「カミラが?」

「はい。いかがいたしましょう」


 そう報告する門番の顔には、徒労感が窺えた。

 おそらく彼は「ここにいない」と言ったのに、「そんなハズはない」と押し問答になったのだろう。


 このまま居留守を使ってもいいのだが、彼に嫌な役目を押し付ける訳にもいかないな。


「うん、会おう。初日に陛下と面会した場所を貸してもらえるかい?」

「はい、御用意します」


 門番は露骨にホッとした表情を浮かべた。

 やはり、カミラはかなり屋敷の前で食い下がったみたいだな。


 門番が俺の前から去り、しばらくしてマリアベルがやってきた。


「ヴァン様、カミラ様がいらしたとか」

「うん、どこから聞いてきたのか⋯⋯?」

「まあ、来たものは仕方ありません。私も同席致します」

「えっ? いや⋯⋯」

「同席致します」

「何か理由が?」

「失礼ですが、ヴァン様はお優しいので。『元!』奥様に変に丸めこまれたりしないか、第三者視点でしっかり見届けます」


 今、元奥様の『元』の部分めちゃくちゃ強調したな⋯⋯。

 そんな話をしていると、足音が聞こえて来た。


 振り向くと、いたのはもちろんカミラだ。


「ああ、ヴァン! 会いたかったわ! 私、あなたに色々伝えなきゃいけない事があるの! ねぇ、聞いて!」

 

 彼女は俺の姿を見ると、両手を広げながら駆け出した。

 その勢いで、俺に飛び込んでくる気か!? と俺が身構えていると⋯⋯。


 ガンッ!


 カミラは俺の前で、バタンと倒れた。

 顔面から床に倒れたみたいで、「フゴッ」と声を上げる。

 倒れた衝撃で、片足の靴が脱げたみたいだが──ふと見ると、何やらおかしな様子だ。


 靴に、細い何かが刺さっている。

 あれは──かんざし、か?

 しかも、踵の厚い部分を床に縫い止めるような感じだ。

 仮に靴を履いている時でも、あれなら足に傷をつけたりしないだろう。


「あら、大丈夫ですか! ヴァン様の『元!』奥様のカミラ様!」


 隣にいたマリアベルが、カミラを心配したように駆け寄り、床にしゃがみながら──靴に刺さったかんざしを回収した。


 ⋯⋯見なかった事にしよう、うん。


「だ、大丈夫です⋯⋯すみません、久しぶりに『夫』の顔を見て、少し興奮してしまいました」


 カミラが起き上がりながら、顔をさする。

 なぜか俺の事を『夫』と呼んでいるな⋯⋯。

 あと、鼻血が出ていた。

 

「あら、カミラ様⋯⋯お顔からちょっと血が⋯⋯よろしければこちらを」


 マリアベルが懐からハンカチを差し出す。

 カミラは受け取りながら頭を下げ、ハンカチで顔を拭いた。


「申し訳ありません、お気遣い⋯⋯ひっ、ひいぃ!」

「ど、どうなさいました! 『元!』奥様!」

「目が、目がぁ!」

「あらいけない! 先ほど南方より届いたスパイスをこぼしてしまい、とりあえずハンカチで拭ったのでしたわ! 大変申し訳ありません、『元!』奥様!」

「痛い、痛いぃいいっ!」

「すぐに洗い流しましょう! えい!」


 マリアベルが魔法を詠唱する。


 じゃばばばばばばっ!


 カミラの頭上から、絶対そんなにいらないよね? ってくらい大量の水が降り注いだ。

 水圧により、ふたたび『ガンッ!』と音を立て、顔面を床に打ちつけたのち、ずぶ濡れになったカミラはしばらく動かなかった。


 俺の知るカミラなら、こんな事されたら大暴れしかねない、と戦々恐々としていると──意外な事に、彼女はニッコリ笑いながら顔を上げた。

 カミラが手を振ると、あっと言う間に鼻からの出血が止まる。

 また、『恒常性維持の魔法』により、ずぶ濡れの髪や服を乾かした。

 相変わらず見事な腕前だ。


 そのままカミラは立ち上がり、マリアベルと向かい合った。


「皇女様ですよね?」

「はい、マリアベルと申します」

「『夫』がお世話になっております、カミラと申します。おかげさまで目の痛みが取れましたわ、感謝申し上げます」

「いえいえ、ヴァン様の『元!』奥様だと思えば、これくらいは」

「ふふふふふ」

「ふふふふふ」

「ふふふふふ」

「ふふふふふ」





 ⋯⋯なんか、怖い。


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