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  • 3.推測の芸術への応援コメント

    >「芸術における共感の難しさ」または「他人との厳密な感覚の共有の不可能性」

    ここが良いですね!

    はじめまして。
    (*^_^*)
    初コメントなのに、
    ようさんへの返信を見て、つい語りたくなってしまいました。
    以下↓

    サラダ記念日には、色々と突っ込みたいところがある。
    けれども、それは詠み手の自己満足の世界なのだから、
    そっとしておけばいいと思う。(つまりはそうやって、通り過ぎたい。)
    読み手がいかに思おうが、詠み手が満足しているなら、それでいいんじゃない?
    読み手の好みに合う合わないは、互いの相性の問題なのだから。

    ……なんて言ったら、乱暴かしら?


    ※ご不快でしたら、ごめんなさい。

    作者からの返信

    はじめまして。コメントありがとうございます。

    その考え方でもいいんじゃないでしょうか。
    ただそれは受け手側の見方かな、とも思います。
    作品を発表する以上、作者は受け取ってもらいたいと思っているはずです。
    そのうえで「合わなかった」ならまさにおっしゃる通りですよね。


  • 編集済

    3.推測の芸術への応援コメント

    失礼いたします。
    御作、非常に興味深く拝読させていただきました。わたしも同じような疑問を持っていたのでとても面白かったです。

    わたしは「この味がいいね」という部分にずっと引っかかっていて、それはサラダの味ではなくてドレッシングの味ではないか? と疑問に思っていました。そこから、この作品は人工的な創作物(体験から詠まれたものではない)と感じておりました。

    ということで、こういう解釈を書いてくださる方に出会えて嬉しくなりコメントさせて頂きました。

    長々失礼いたしました。

    作者からの返信

    感想いただきありがとうございます。
    似た感覚を持っている方が他にもいるとわかってうれしいです。

    やはり注意深く要素だけを抜き出してみると議論の余地がありそうな部分が出てきますよね。そこが味であり誘い口なのだと思います。
    他の方の解釈もぜひ聞いてみたいものです。

    最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。