【第5話】

 ショウとアイゼルネが訪れた場所は、建物の影に隠れたケーキで有名なお店である。


 この店のケーキは、とにかく大きい。洋酒が効いている商品が大半だが、多少の洋酒であればショウも食べることが出来る。大人で葡萄酒などが好きなアイゼルネであれば尚更好きになれるだろう。

 ちょうどお昼時を過ぎた頃合いだからか、店内の利用客はそこまでいなくなっていた。店自体が隠れた場所にある穴場なので、ここまでやってくる人は早々いないのだろう。


 店員に案内されたアイゼルネは、椅子に腰を下ろして息を吐いた。



「ようやく座れたワ♪」


「……そうですね」


「ショウちゃん、どうしたのヨ♪ 元気がなくておねーさん心配♪」



 テーブル越しに視線を投げてくるアイゼルネは、



「おねーさん、何かしちゃったかしラ♪」


「いえ……」



 ショウは消え入りそうな声で、



「今日はいいところないなって思っただけです……」


「あら、いいところはあったじゃなイ♪」


「え?」



 顔を上げると、アイゼルネはそれはそれは綺麗な笑みを見せていた。嫌いな男性相手に取り繕ったような笑顔ではなく、用務員室でも見かけたことのある身内にだけ向けられるものだ。



「ショウちゃんはおねーさんのことを守ろうとしてくれたワ♪ まるで騎士様のようで格好良かったわヨ♪」


「でも、情けないです。俺は男なのに」


「性別なんて些事ヨ♪」



 アイゼルネは店員が運んできたメニューを広げながら、



「男の子だからって女の子を守らなきゃいけないだなんて、一体誰が決めた法律かしラ♪ 別に女の子が男の子を守ったっていいじゃなイ♪」


「そんなものでしょうか」


「ユーリには素直に守られるのに、ショウちゃんはおねーさんが相手だとちゃんと男の子をするのネ♪ おねーさんがショウちゃんを守ってあげたい時だってあるのヨ♪」



 そういえばそうだ。ショウは最愛の旦那様であるユフィーリアが相手だと素直に守られるのに対して、アイゼルネが相手になると「自分が守らなきゃ」という気力に駆られていた。アイゼルネだって馬鹿ではないのだから、自分で手に負えないとなったら自らショウを盾にしたことだろう。

 彼女なりに、あの時は勝算があっての行動だったのだ。男性が苦手なアイゼルネに無理をさせてしまったのは反省すべきだが、まずはお礼が先だろう。


 ショウはアイゼルネを真っ直ぐに見つめて、



「アイゼさん、あの時は助けてくれてありがとうございました」


「お礼はここのお代金でいいわヨ♪」



 茶目っ気たっぷりに言うアイゼルネは、



「ほら、ここのケーキって物凄く美味しそうだワ♪ 目移りしちゃウ♪」


「あ、本当だ」



 アイゼルネが見せてくれたメニューには、ケーキのイラストが掲載されていた。手書き風なイラストの下にはケーキの説明文が添えられており、アレルゲンとなる食材や洋酒がどれほど効いているかの度数など知りたい情報が過不足なく並んでいる。

 チョコレートケーキやマロンタルト、ショートケーキなどは定番の商品なのか通年で置かれている人気品らしい。その他は季節の果物を使ったミルクレープやムースといった内容が並び、果たしてどれを選んだものかと悩んでしまう。


 ショウはグッと眉根を寄せ、



「どれも美味しそうで決められない……!!」


「やだワ♪ おねーさんもこういう時に優柔不断になっちゃうんだかラ♪」



 アイゼルネもまた困った様子で頬に手を添える。


 すると、店員がすぐ近くを通り過ぎていった。手にされたお盆には紅茶で満たされた透明なティーポットとカップ、それから様々な果物が間に挟まれたミルクレープである。

 店員は店奥にいる利用客の元へ行き、お盆の上の商品を提供する。その際に商品名を盗み聞きすると「欲張りミルクレープ」という名称のようだった。確かに様々な果物が間に挟まったそのケーキは、欲張りの名前が相応しい。


 ショウはスッと手を挙げ、



「すみません」


「はい、ただいま!!」



 店員を呼びつけると、伝票を片手に歩み寄ってくる。「お伺いします」と告げてボールペンを構えたところで、ショウはメニューに表示されたケーキを示す。



「この欲張りミルクレープを2つ、紅茶もセットでつけてください」


「紅茶はこちらからお選びいただけます」


「ではアールグレイでお願いします」


「かしこまりました」



 店員はショウの注文を伝票に書き込み、恭しくお辞儀をしてから厨房に戻っていく。まだ欲張りミルクレープなる商品が残っていてよかった。



「あ、すみません。何も言わずに決めて……」


「あら、いいのヨ♪ おねーさんも欲張りミルクレープって気になってたノ♪」



 アイゼルネはメニューを片付け、一緒に運ばれてきたお冷で喉を潤す。



「注文の仕方なんて分からないもノ♪ 頼れる後輩ちゃんがいてくれて助かっちゃったワ♪」


「お役に立てたようでよかったです」



 ショウはアイゼルネが片付けたメニューを再び手に取ると、



「ここのお店、持ち帰りも出来るんです。お土産としてユフィーリアたちにケーキを買っていきましょう」


「ユーリやエドならお酒入りのケーキも食べられるものネ♪」


「ハルさんはお酒不使用にしないとダメだな……」



 身を寄せ合ってメニューを眺めるショウとアイゼルネは、用務員室で帰りを待つユフィーリアたちのお土産としてどんなケーキがいいか選ぶのだった。

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