第21話 ナオトによる治癒のやり方
――それから一週間後、ナオトがキリオ村のオババの家を訪れた。
村の壊れた所等の修理が終わったようで、その報告と改めてお礼をしに来たようだった。
そんなナオトをヒユウは律儀だなと思って眺めていた。するとナオトがヒユウに手を振りながら近付いてきた。
「やあヒユウくん」
「こんにちは、ナオトさん。なんというか、凄いですね」
「ん、何が?」
「いや……わざわざキリオまで来てあいさつをするのがですよ」
「いやいや、そこまでじゃないよ。というか、本題は君だよ」
「へ?」
「君が言ったんじゃないか。治癒を教えてくれって」
「あぁ……」
呆れたようにナオトが苦笑する。ヒユウは間の抜けた声を上げて、納得した。
オババの修業で死にかけていた為か、すっかりその事を忘れていた。
いったい何度生命の危機を感じただろうか。
オババの高速移動についてくる恐ろしい威力の攻撃を避けていたら、目の前はいつの間にか空だけが広がっていたり、オババの恐怖の一撃で倒れた木がヒユウに向かってきたり。
思い出すだけでも、ヒユウの身体は縮み上がるのだ。
その真っ青な顔を見て、ナオトはまた苦笑を浮かべる。
「オババに絞られたか……」
「違う。あれは殺人未遂だ……」
ナオトの可哀想な眼差しに、ヒユウは首を振った。心底恐ろしそうな顔で。
余っ程怖かったことがナオトにも伝わり、鳥肌が立ってきたナオトだった。
気を取り直し、ナオトはヒユウに向き直る。
「それで、治癒の練習する?」
「します!」
「よし!」
ヒユウが元気よく頷くと、ナオトは嬉しそうに腰に手を当てた。
ナオトはそのままヒユウの部屋に入る。
ヒユウの真正面にあぐらをかくと、ヒユウの目をじっと見つめた。
「君は治癒を使う時にどんなことを考えてる?」
「へ? そりゃあ……怪我を治すことを」
ナオトの質問に、ヒユウは呆気にとられて、ポカンとしながら答えた。
その答えを聞いて、ナオトは首を振った。
「違う違う。そういうことじゃなくてだね。具体的なだよ。怪我を治すだけじゃ漠然とし過ぎてる。もっと奥深くイメージするんだよ」
「え〜……そこまでは」
「やっぱりか」
ナオトの説明に、ヒユウは唸りながら首を捻る。その反応に、ナオトは納得したように頷いた。
そんな様子のナオトに、ヒユウは首を傾げて不思議そうに眺めた。ナオトは暫くの思考の後に、顔を上げた。
「うん、君は法術についてあまり詳しく説明されていないのかな?」
「まぁ……使うのはこうだって見せられた程度ですから……」
「オババは感覚派だったか! そりゃ教えられる側はわからないなぁ……」
「そうなんですよ……」
ナオトがヒユウの言葉に目を丸め、同情する様な目でヒユウを見た。
ヒユウは泣きたくなるような気持ちでナオトを見つめ返した。
二人はその後、ガッチリと握手を交わした。
感覚派師匠による被害者の会の結成だった。
ふとヒユウは頭に浮かんだ疑問をそのままナオトに尋ねた。
「というか、ナオトさんは誰から教わったんですか?」
「そりゃあこの辺の法術士の師匠といえばもう、オババしかいないよ。オババはこの辺じゃ有名過ぎるくらいだよ」
「へ〜……」
ナオトの答えに、ヒユウは自分で聞いておきながら適当な返しだ。
ナオトははははっと笑いながら、話を戻す。
「それで、治癒の時に思考というか……そもそもヒユウくんはどうやって法術を使ってる?」
「え……何となく?」
「感覚派の呪いが! ヒユウくんにまで広がっている!」
ヒユウが小首を傾げて返すと、ナオトは頭を抱えて叫んだ。
急なキャラ変にヒユウはギョッと目を剥く。
「え……? ナオトさん?」
「あ、いや! なんでもないよ! それで続きだったかな?!」
「は、はい……」
ヒユウの視線に、ナオトは焦ったように話を戻した。ヒユウも動揺しつつもそれを受け入れる。
ナオトもなんとか自分のリズムを取り戻したようで、額の汗を手で拭い、息を吐いて落ち着かせていた。
「ふぅ……えっと、法術を使う時ってのは本当は色々考えるものなんだよ。例えば、法力を込める場所を決めたり色々な法力を組み合わせたり、圧縮したりとかね。更にそこに自分の心象を付け加えることで、法術は一段階格が上がるんだ」
ナオトの言葉は分かりやすく、ヒユウにとっては初めてのきちんとした講義だった。
軽く新鮮な驚きを覚えながら、夢中で頷く。
そんな好感触の反応に、ナオトは微笑む。
「君はどうやら色々試行錯誤した結果、というか心象でゴリ押した結果、なんとか法術を扱っているという印象だね。だから君は法力について学べば、更に良くなれる。僕の予見では、僕なんかあっさり超えちゃうよ」
ナオトはそう笑う。眉尻は下げられており、どこか寂しそうだった。
「さて、それでは治癒の話だ。治癒は基本的に柔らかい法力が良い。特に液体くらいまでのね。それを傷口等から身体に流し込む。そしてそれを働かせることで治癒していくんだ。自分の身体の場合は自分の法力が染み込んでるから流し込む必要は無いんだけどね」
ナオトはヒユウから視線を逸らし、説明を続けた。
「そして、恐らくは君の心象もまた、はっきりとした形を持っていない。だから治癒が安定しない。それを安定させたいから、君は僕に聞いてきたんだろ?」
「はい、そうです」
ナオトがそう尋ねると、ヒユウは頷いた。
見透かされた様にその通りだった。
思わず目を丸くしてナオトを眺めた。ナオトはそんな視線をくすぐったそうに笑った。
「はははっ、そんなに不思議かい?」
「まぁ、はい」
ナオトが笑いながらヒユウに尋ねる。ヒユウは遠慮がちに頷いた。
この講義に口を挟んでいいのか迷ったからだった。
「いやね、まぁ僕も同じようなことで悩んだからね。解決まで自分で試行錯誤するのは大変だったよ……。教えを請える人もいなかったし……オババは感覚派で僕と性分が合わないし」
「あはは……」
グチグチと禍々しい雰囲気を放ち出したナオトに、ヒユウは思わず愛想笑いを浮かべた。
次の瞬間に、ナオトが顔を上げた時には既にその雰囲気は立ち消えており、爽やかな様子に変わっていた。
「まぁそんなことは置いといて、治癒についてだったね。やっぱり説明してもやらなきゃ分からないからね。取り敢えずやってみようか」
ナオトはそう言って、小刀を取り出した。
そして、流れるような動作で人差し指をスパっと切った。非常に慣れた手つきで、きれいに薄皮一枚だけ切れていた。
「はい、やってみて」
「は、はい」
ナオトに促され、ヒユウはその指に手を伸ばした。
静かに法力を動かし、ゆっくりとナオトの指に寄せる。ナオトの助言通りに、柔らかく流し込む。
具体的な心象と言われた為、ヒユウは深く考える。傷が治るということを。
治るということは、元の状態に戻る。
元の状態を強く心に浮かべて、それに法力で戻す感覚。
ヒユウがそう考えると、法力が働き、ナオトの人差し指の切り傷はすっかり治っていた。
「おぉ……上達が早いな」
「前だったらこんなに早く出来なかった……! すげぇ……」
ナオトはその完成度に感嘆を洩らし、ヒユウは驚いて自らの手を見た。
そして、両者はお互いの目を見やる。
「僕が教えたことは役に立ったかな?」
「はい! ありがとうございました!」
「うん、どういたしまして」
ヒユウがそう言ってお辞儀をすると、ナオトは笑って頷いた。
それから幾度か練習すると、もう夕方頃になり、ナオトはヒリオ村に戻った。
去り際にナオトはヒユウにこう言って帰った。
「君に僕が教える必要はもう無いな。君はそうしてこれから行く先々で教えを請うと良いよ。いつの間にか君は教えを請うた誰よりも逞しい法術士になっているかもね」
ナオトはそう言うと、手を振って歩き去った。
ヒユウもその姿が消えるまで見送った。
――二年後までの間にやるべきことが明確過ぎるくらいに定まった。
今までのよりも遥かに明確だ。
きっと、これからも仕事は舞い込む。
その度に自分を鍛えていこうと思った。
法神になる為の、階段が続いているように思われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます