魔王人生 第1章 第9話 抗う者の選択
そんな彼のそばに白玖が座り込み、興味深そうに尋ねる。
「技を見せてほしいのう」
神代は無言で頷くと、木刀を構えた。
「
白玖に頼まれるまま、五つの型を流れるように披露する。最後の型を収めると、白玖が手を叩いた。
「おおっ、なかなか変わった流派じゃのう?」
「まあな……『己を知り、他者を知り、昇華する』。父親からそう教わった剣術だったけど、そもそも俺の家、剣術とは無縁の家系だったしな」
神代の何気ない言葉に、白玖は驚いて思わずお茶を吹き出した。
「ごほっ、ごほっ……え!? お前さん、てっきり武門の家系じゃと……」
「……おい、茶が飛んできたぞ」
神代は木刀をしまい、窓際に腰掛けた。
「まあ驚くのも無理はねぇな。親父の家系で代々伝わってきたって話は聞いたが、実際は護身のために技を教わった程度だ。じいちゃんにすら会ったことねぇし」
白玖は空を仰ぎ、大天使たちとの戦いを思い返しながら、苦笑交じりに呟いた。
「ふふふ……それで、大天使と戦ったのだから……ある意味、才能じゃのう」
そこへ、窓を開けてナスカが顔を出す。
「あっ、ここにいたんだね。ごはんの準備できたよ~」
「ほーい」
神代と白玖は立ち上がり、部屋へと向かった。
* * *
食卓を囲みながら、三人は話をしていた。
「そういえば、お前さん。風鐘との戦いはどうだったのじゃ?」
「ギリギリって感じだったけど……まあ、勝ったさ」
神代の適当な返事だったが、白玖は妙に納得したように頷く。
「まぁ……生きているだけでも十分じゃよ」
その言葉の後、ナスカがふと神代に問いかけた。
「……して?」
「?」
「どうして戦うの?」
ナスカは箸を置き、真剣な眼差しで神代を見つめる。
神代はしばし沈黙し、ご飯を口に運んで咀嚼しながら考え込んだ。
そして、静かに口を開く。
「今さらな質問だな……俺にはもう『家族』はいない。正直、ミカエルたちと戦うときは、ある程度覚悟を決めてた。でも、あのとき、不思議と死にたくないって思ったんだ。もう失うものはないはずなのにな」
神代は腕を擦りながら、言葉を続けた。
「結局、中途半端な選択だったと思う。『あいつらの言う通りにしていれば、もっと平和的な解決になったはず』って考えることもある。実際、食料は尽きかけてるし、服はボロボロ……俺のやってることは、ただの自己満足でしかないって」
白玖とナスカは黙って話を聞いていた。神代は一度息を吐き、続ける。
「でも、お前らに会って少し考え方が変わった。たとえ自分のためでも、戦う意味はある……多分な」
ナスカは神代の瞳を見つめた。その目には嘘はなかった。
彼の言葉を噛みしめるように、静かに頷く。
「……うん、わかったわ」
彼女は席を立ち、食器を片付けて部屋へ戻っていった。
少しの沈黙の後、白玖が口を開く。
「妾が思うに……ナスカは、お前さんに戦ってほしくないと思っておるぞ?」
「……何となく、分かるよ。そのくらい」
神代は食器を片付けながら答えた。
「まあ、あの表情を見ればの……でもの、お前さんが傷だらけで戻るたびに、ナスカは寝る間も惜しんで治癒魔法をかけているんじゃよ。部屋に戻って泣いていることもあったのう」
白玖の言葉に、神代は一瞬手を止める。
「……」
「……お前さん、これからどうするつもりじゃ?」
神代は食器を洗いながら答える。
「……大天使たちと、もう一度戦う。まあ、その前に二人を捕虜か人質ってことにして、協力してたのを誤魔化すけどな」
白玖はお茶を淹れ、ソファに腰掛けた。
「妾たちのことは気にするな。それより、お前さん自身はどうするつもりじゃ? まさか……」
いや…ここで何を言っても、強行するじゃろう。
白玖は静かに息を吐くと、お茶を飲み干した。
「……いや、説得はせん。ただ――」
彼女は立ち上がり、飲み終わったコップを台所に置く。そして、部屋を出る直前にボソリと呟いた。
「――彼女を、心配させんようにな」
その言葉だけが、静かなリビングに響いた。
しばらくして、神代は食器を洗い終え、自室へと戻る。
「……責任ぐらい取らねぇとな」
次の日の早朝、白玖の部屋の前に神代からの手紙が置かれていた。
白玖はそれを手に取り、静かに目を通す。
「……まったく、本当に……優しいやつじゃの」
白玖が目を覚ます数時間前、天使たちの拠点にも同じように手紙が届けられていた。 天使兵から手紙を受け取ったウリエルは、それを広げて読み上げる。
「……『9月4日、午前12時に最初に戦った運動場で待つ』……これはあの少年からですか?」
「はいっ!先ほど、倒れていた天使兵の近くに落ちていました!」
ウリエルは手紙を丁寧に折りたたみ、天使兵に持ち場へ戻るよう指示すると、椅子に腰掛ける。
「……これは果たし状といったところかしら。こちらも時間がないのは事実……これで終わらせることができるのであれば――」
手紙を書類に挟み、通信魔法で誰かに連絡を取る。
「こちらウリエル……えぇ、そちらもお元気でしたか?……そろそろ決着の時になりそうです……えぇ、なので一度こちらに戻ってきてください……えっ?嫌だ?……これは軍の指揮官として……ハァ~……これは友人としてのお願いです……とにかく戻ってきてくださいね」
ため息をつきながら通信を切る。
「まったく、カマエルは……まあ、来てくれるならありがたいですけど」
その時、後ろから声をかけられた。
「あれ?ウリエルじゃん!何してんの?」
現れたのは、汗を滲ませたミカエルだった。
「あぁ、ミカエルでしたか……ちょっと連絡をしていたのですよ。脳筋の彼女にね」
「あははっ!カマエルね~、アイツは上からの指図はあんまり聞かないからな~。でも、アイツに頼みごとって、何か荒事でもやるの?」
ミカエルはタオルで汗を拭きながら、椅子に腰を下ろす。
「……あなたが待ち望んだ彼とのリベンジですよ」
「本当っ!?」
ミカエルは勢いよく席を立ち、その場でシャドーボクシングを始めた。
「シュッ!依然とっ!……フッ!……やる気が湧いてきたっ!……シュッ!」
「それは結構ですが、今回は7人全員で戦いますからね」
ウリエルの言葉に、ミカエルはピタリと動きを止めた。
「ちぇっ!そこはタイマンで戦わせてよ~」
「今回は訳が違います。あなたも映像で見たでしょう? 以前とは比べものにならないほど、彼は強くなっています。どんな手段を使ってでも捕らえる予定でしたが……先程、彼の方から果たし状を出してきた。これは願ってもいない機会ですから。これで次の段階に進めます……とりあえず、明日に向けて準備をお願いしますね」
ウリエルは資料をまとめ、その場を後にした。
――その夜、運動場にて。
月の明かりが建物に影を落とし、静寂に包まれている。
そんな中、一つの影が佇んでいた。
「ふぅ……これで準備はできた……あとは明日の自分に任せるか――」
雲が月を覆い影が伸びる。再び月明かりが戻った時には、その姿はすでに消えていた。
――そして時は流れ、9月4日 午前12時。
今から二ヶ月以上前、天使たちがこの世界に現れ、大天使を相手に神代はこの運動場で死闘を繰り広げた。
現在、その場に神代はあぐらをかいて座り、大天使たちの到着を待っていた。
「……」
馬鹿だな。本当に無謀だ。
今までの戦いで唯一勝てたのは風鐘との戦いだけ。他はすべて負けている……。
それでも、何となく気づいている。 本当は、この長い戦いを終わらせて和解したい。本当は生きたい。
言葉で伝えられないなら、行動で示すしかない。
それが今、俺にできる最大限のやり方だ。
「……っ! やっと来たか」
考え事をしていた神代が顔を上げると、すでに大天使たちが周囲を囲んでいた。
最初に口を開いたのは、ウリエルだった。
「お久しぶりです。お待たせして申し訳ありません」
「はっ、別に謝るほどのことじゃねぇだろ。むしろ待っていたのはお前たちの方じゃねぇか」
「それで? 準備はできたの?」
ミカエルが、立ち上がる神代に向かって問いかける。
「まぁ、そう急かすなよ。待ってたのなら最後まで待て――」
―
「よし……準備できたぞ」
その言葉と同時に、大天使たちは各々の武器を構えた。
「……!」
この感じ……あっちも終わらせる気だな。
「フゥゥゥ……来いやァッ――!!」
「容赦はしないッスよ!もちろん、逃がすつもりもないッス……よっ!!」
ガブリエルが言い放ち、神代へ向けて短剣を三本投げ放つ。
「――ぐっ!」
神代は飛んでくる短剣をかわすが――
― プルアラル流短剣術 ”
ガブリエルの投げた短剣は空を舞い、軌道を変えて再び神代を狙う。
辛うじて空中で身を捻り回避し、地面へと着地する。
しかし、その刹那、ミカエルの攻撃が迫る。
「どんどん行くぞぉぉおッ!!!!」
―
ミカエルの横薙ぎの斬撃が襲いかかる。神代はギリギリで身を捩りかわすが――
「っ!……熱っ!?」
大天使たちの猛攻は止まらない。次の瞬間、別の攻撃が飛んでくる。
―
ラファエルの魔法が放たれる。神代は回避するが、その勢いで体勢を崩してしまう。
「ぐっ……!?」
「君には申し訳ないけど、これも私たちの仕事なのですっ!!」
ラファエルの言葉が響く中、間合いを詰めるカマエルの姿があった。
「ハァァァァああっ!!!!」
―
―
神代はカマエルの猛攻を剣技で相殺するが、それでも腹部に連続で一撃、二撃と叩き込まれる。
「ぐっ!!」
攻撃が止まらない。
このまま防戦一方では、いずれ体力が尽きる――。
ミカエル、カマエル、ウリエルが近接戦闘、ガブリエルとラファエルが中距離支援。そして残る二人は補助と回復。俺を叩きのめすための布陣は、すでに完成している。
カマエルの連撃を受け、神代は膝をつく。
ここから巻き返す……いや、それは難しい。
だが、せめて一泡吹かせなければ、今まで戦った意味がない。
神代はゆっくりと立ち上がり、空を見上げ、深く息を吐く。そして――
「―――ハァ……くっくっ……アハハハッ!!」
突然の笑いに、カマエルが眉をひそめる。
「いきなり笑うなんて、おかしくなったのかしら?」
「……ってやるよ……フゥッ――」
神代が息を吐いた瞬間、カマエルに向かって右脚を振り抜く。
「ぐっ!?」
その勢いのまま、地面に両手をつき、バネのように身体を跳ね上げる。
そして空中で舞いながら、ミカエルとガブリエルの斬撃を回避する。
「シィィィッ――」
―
神代が放った斬撃波は、ラファエルの後方に控えていた回復役・ハニエルへと向かう。
しかし――
ギャィンッ!!!
ガブリエルの「操剣」によって、複数の短剣が斬撃を相殺する。
「させないッスよッ!!」
短剣に気を取られた刹那、背後からウリエルの剣が迫る。
―
神代は防御も間に合わず、地面に叩きつけられた。
ドォォォン!!!
「がはっ……ぐっ!!」
すぐに立ち上がるが、ラファエルの魔法を避けた先には短剣が待ち構えていた。
「がぁぁあアああッ!!!!」
斬りつけられる激痛に叫びながらも、神代は技を放つ。
―
神代の神器と短剣がぶつかり合い、火花が散る。
ギャキィンッ!!!!
衝撃が周囲に響き渡るが、次の瞬間――。
―
ドゴッ!!!
カマエルの拳が神代の左腕を捉える。
「がっ――」
強烈な一撃と共に、再びコンクリートの壁へと叩きつけられた。
「―――がはっ!!!」
声を上げる間もなく、ウリエルの剣が追い討ちをかける。
―
斬撃を受け、宙へと弾かれ、再び地面へと叩きつけられる。
ドガァァァアンッ!!!
砂埃が舞い上がり、神代の姿が見えなくなる。
ウリエルたちは攻撃の手を止め、様子を伺う。
「……」
目がチカチカする……腕は……まだあるな……。
「
神代は目線をウリエルたちの方へ向けた
――マジかよ、息切れひとつしてねぇ……このままじゃ……。
『また負けるのか?』
『戦う意味は?』
『何がしたかったんだ?』
『動け』
『何が足りない?』
『痛ぇ…』
『何やってんだ?』
『怖い』
『死ぬのか?』
『息ができない』
『腕が千切れそう』
『反撃を―――』
『倒れるな』
『死ねない』
『最初から本気だったか?』
『ふざけるな』
『立てない』
『ナスカと白玖はどうすんだよ』
『身体が動かない』
『これ以上―――』
――思考が渦巻く中、神代は動けず倒れ込んでいた。
ウリエルが近づき、静かに言葉を紡ぐ。
「ふぅ……負けを認めてください。今ならあなたを保護できます。もちろん、それは上層や他の者たちの意向のことも含めてです……。あなたは私たち天使に対する反逆、国家転覆……それだけではない。暴行、建造物の破壊、不法侵入……。このまま保護を拒めば、あなたは――」
ウリエルは歩を進める。
「では、もう一度聞きます。負けを認め、降伏してください。まだ戦うというのなら……私たちは全力であなたを討ちます」
その言葉に、神代はゆっくりと立ち上がり――
「……お前……に……何が…分かる……!」
パチッ!
―
神代が指を鳴らした瞬間、周囲の電柱や建物、拠点、街の至る所で同時に爆発が起こった。
ドガァァァァンッ!!!!
「くっ!往生際が悪いわよッ!!」
ウリエルは飛来する瓦礫を瞬時に斬り払い、その勢いのまま神代の左腕を一閃した。
――
ザシュッ!
何が起こったのか理解できないまま、神代はその場に立ち尽くした。だが、じわじわと痛みが湧き上がる。
「……ぐっ……がァあぁアッ……!」
咄嗟に左腕を押さえ込むが、止まらない出血。そして、ほんの一瞬目を逸らしたその隙に――
ドゴッ!!
カマエルの蹴りがみぞおちに突き刺さる。神代の身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がはっ!!!」
視界が揺れ、血が滴る。
――何が起きた?……あそこに、俺の腕が……?
脳内に鈍い警鐘が鳴り響く。
左腕を……斬られた?
痛みが、酷い。息が……苦しい……。
「ハァ……ハァ……ぐぅっ……」
倒れ込む神代に、ウリエルが静かに歩み寄り、冷然と告げる。
「私の能力「
ウリエルはさらに歩を進め、神代の前にしゃがみ込む。
そして、優しげな声色で続けた。
「私たちの回復魔法なら、すぐに腕をくっつけられるわ。だから、負けを認めて。そうじゃないと、出血多量で死んでしまうわよ?」
「ぐっ……!」
視界が霞む。意識が遠のく。声が、まともに聞き取れない。
考えることもままならない、ただ痛みが……。
それでも、神代は斬られた傷を押さえながら、震える声で呟いた。
「……だ……」
「……何ですって?」
「……お断り……だっ……!」
その瞬間――
閃光のような疾さで、ミカエルが剣を構えながら襲い掛かる。
「そう言うと思った……ぜッ!!」
ザンッ!!
再び神代の身体が斬り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がっ……!」
意識が、途絶える――。
………
……
「……束ど……代だ」
……誰だ?
ウリエルは倒れ伏した神代の様子を見つめ、確信する。
「ようやく気絶しましたか……」
静かに息を吐きながら、剣を鞘へと納める。
「これで、前の借りを返せた……」
ミカエルは頭に両手を乗せ、ゆっくりと神代へ歩み寄る。
「まずは彼の治療を優先しましょう。ハニエル、任せ――」
その瞬間。
ウリエルの目が鋭く動いた。
「っ!?」
視界の端を、何かが横切った。
そちらへ目を向けると、ガブリエルが神代に首を掴まれ、苦しげにもがいている。
「……ぐっ……がッ……!?」
「……弱いな。多少はやるかと思ったが……所詮この程度か」
その場にいた大天使たちだけでなく、周囲の天使兵たちすらも異様な圧迫感に気づき、緊張が走る。
ウリエルは鞘から剣を抜き、構える。
そして、先ほど倒したはずの神代へと問いかけた。
「……あなたは、先ほどの神代君ではない……誰ですかっ!!!」
神代だったはずの者は、不気味に笑みを浮かべ、ガブリエルを投げ飛ばした。
そして、振り返る。
「俺か?……俺は「
ウリエルの目に映ったその姿は、先ほどとはまるで異なるものだった。
顔や腕、身体には禍々しい紋様が浮かび上がっている。
「俺はカガーマ。お前たちが言うところの――魔王だ」
そう言いながら、斬り落とされていた左腕を拾い上げ、まるで何事もなかったかのように、再び身体へと接合してみせた――。
第10話に続く――――
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