魔王人生 第1章 第7話 砲火の狩人


狐嶺との戦いから約一週間。神代は天使が襲来して以来、ほぼ毎日、天使兵と戦い続けていた。



「ふぅ~……体力も本調子に戻ってきたし、もう一度あいつらの拠点に――」



そう口にした瞬間、左脚に激しい痛みと強烈な衝撃が走る。


「――くっ!?」


突如の衝撃により、神代は建物から崩れ落ちた。

「何だ今の……っ!」


落ちた場所の近くには、人差し指の第一関節ほどの大きさのゴム弾のようなものが転がっていた。立ち上がろうとしたその瞬間、背中に再び同じ衝撃が襲いかかる。


「ぐぁっ!?」

くそっ、どこから狙ってきてる……?

このままじゃ一方的にやられる。

一旦物陰に隠れて、撃ってくる方向を確認しないと――



神代は周囲を警戒しながら物陰へ向かおうとするが——



ドンッ!!



「ぐっ……!!」

倒れ込みながらも何とか物陰へ転がり込み、撃たれた足を押さえながら撃ってきた方角を探る。


「いってぇ……さっきの狙撃、間違いなく俺の動き出しを狙ってたな……」

周囲を確認しながら、できるだけ狙撃されないよう素早く動いた……はずだった。


物陰から出た瞬間に狙われた?


そんな馬鹿な……近距離や中距離ならまだしも、俺の「気配察知けはいさっち」で集中して探っても、半径2km以内に人の気配は感じなかった。

それ以上の距離から狙撃しているのか……?なかなか厄介だな。



「まったく、俺が戦う相手は規格外ばっかりだな……」

ぼやきながらも、神代は撃ってきた方角を物陰から確認し、対策を練る。


「……」

最初の狙撃は西から、次は北西、そして最後はまた西……移動しながら撃っている?

まさか……スナイパーを持ったまま移動しながら撃つなんて無茶苦茶だろ……

だったら——


神代は東の方向へと、一瞬で視界から消えるほどの速さで移動し、狙撃される射線を避ける。

しかし——



ドンッ!!



「がっ!?」

神代は撃ってきた西とは逆方向の東へと距離を取ったはずだったが、正面から下腹部に銃撃を受ける。

「……ってぇ……くっそ、何で……東から…!?」

確かに最後に撃ってきたのは西。


その反対へ移動したのに、なぜ正面から狙われた……?


普通なら背後から撃たれるはずだ。

移動していたのではなく、複数人いる……もしくは分身のような存在がいる?

それなら東から撃たれたのも納得がいくが——


「―――……ダメだ、痛すぎて頭が回らねぇ……」

神代は壁に寄りかかりながらお腹を押さえ、必死に周囲の気配を探る。



「……っ!?」



何かに気付き、咄嗟にその場を飛び退く——



――ドガァン!!!



先ほどまで神代がいた場所の壁が、大きな爆発音とともに崩れ去る。

「今度は……北の方から?」

これは……移動しながら撃ってるんじゃない。


よし・・・ひとまず家に帰るか。


考えてもどうにもならない。

ここで無駄に消耗するより、一旦退いて対策を練るべきだ。


そう決断し、神代は次の狙撃が来るのを待つ。



……



「―――来たっ!」


ドガァン!!!


神代は狙撃を避けると同時に、即座に自宅の方向へと全力で駆け出す。

「ぐっ!せめて結界内に——」


その一瞬、視界の端で東から飛んでくる銃弾を捉え、神代は紙一重でかわす。


「――っぶねぇ!あと少しで結界に……!」

間髪入れず、次の狙撃が襲いかかる。


ドンッ!!


「――ぐぅっ!?」

今度の弾は避けきれず、肌をかすめて血が流れる。


「次は北東の方から……容赦ねぇな!!」

それでも神代は足を止めることなく、自宅へとひた走った。


「結界まであと少し!!入ればアイツも狙えねぇだろ!!!」

神代は最後の力を振り絞り、住宅の屋根を蹴り上げ、結界に飛び込もうとした瞬間。



――ドンッ!!!



メキッ!

「――がっ!?」

左脇腹に銃弾が直撃し、肋骨が折れる音が響く。

そのまま神代は脇腹を押さえながら、何とか結界の内側へと滑り込んだ。




シュウ……


遠くのビルの上で、風鐘ふうりんはスコープ越しに神代を見つめていた。

「……ダメ、見失った。」


風鐘ふうりんは立ち上がると、ウリエルに通信魔法で報告を入れる。

「こちら風鐘ふうりん……目標を逃した。」

「分かりました、隊員をそちらに派遣します。この後はどうされますか?」


風鐘ふうりんは銃を背負いながら答える。

「……弾数も少なくなった。撤退する。」




——一方その頃。

神代は間一髪で結界に入り、追跡を振り切っていた。しかし、左脇腹の肋骨を3本折り、「闇の衣ダークフォース」の効果も切れ、激痛に悶絶していた。



そこからの記憶は曖昧だったが、何とか自宅へ辿り着き、ナスカと白玖ハクの治癒魔法によって応急処置を受ける。



「ぐっ……!?最後の一撃が一番効いたな……さすがに厄介すぎる……」

「だから言ったじゃろ~『女神めがみ』たちにちょっかいを出したら……。はぁ~、これで分かったじゃろ?」


白玖は呆れたようにため息をつきながら、治癒魔法を続ける。

風鐘ふうりんは今いる天使の中でも上位の狙撃者じゃ。どんな相手も確実に仕留めてきた。……おぬし、勝ち目はあるのか?」


白玖は心配そうに神代を見つめながら問いかけた——

「……まぁ、少しはな」

正直なところ、自信はあまりない――というわけでもない。

今回はまだこちらに分がある……と思う。確信はないが。


だが、結界に入った途端に敵が追ってこなくなった。そして、あの弾……。

必ず俺に当てようとしているのではなく、俺の動きを事前に読んで狙撃しているように感じた。


「どうしたのじゃ?」

「まさか……」

俺の位置を察知する能力? だとしたら、結界に入ったあと追ってこなかったのは不可解だ。


未来予知……? いや、さすがにそれは大袈裟か。


何発か避けられた時点で、その線は薄い。

音を消す能力は白玖から聞いている。問題は弾の動きだ。


どう考えても、「移動」もしくは「複数人」で撃っている可能性が高い。

俺の気配探知の範囲外から撃ってきている……そして次の弾は、最初の射撃地点から遠く離れた場所から放たれた。


……?


「……なぁ白玖、移動系の魔法にはどんな種類がある? それと、天使の中で銃を扱えるやつは何人いる?」

「えっ!? いきなりいっぱい聞くの~……えっと、確か移動系魔法は妾が知る限り三つじゃったかの……『瞬間転移しゅんかんてんい』『空間転移くうかんてんい』『指定転移していてんい』の三つじゃ!」


白玖は治癒魔法を終え、洗濯物を畳みながら説明を始める。

「まずは『瞬間転移しゅんかんてんい』じゃの!」

「えっ? 『瞬間移動しゅんかんいどう』と何が違ぇの?」


一瞬、場の空気が静まり返るも、白玖は気にせず話を続ける。

「はぁ~、そもそも『瞬間移動しゅんかんいどう』は高位の魔法じゃ。事前の準備もいらんし、ほとんど制限もない。ただし、消費する魔力が桁違いに多くてな、高頻度では使えんのじゃよ。まぁ、妾みたいに魔力量が多ければ使えんこともないがの!」


白玖は自慢げに言いながら、手を止めずに洗濯物を畳み続ける。

「その代わりに使われるのが『瞬間転移しゅんかんていんい』じゃ。制限や装置が必要じゃが、消費魔力は少なくて済む。場合によっては魔力の少ない子どもでも使える便利な魔術なんじゃよ」


そう言うと、白玖は神代の服を取り出し、何かを書き始めた。

「おい、お前っ!?」

「安心せい。これは『記述式魔術きじゅつしきまじゅつ』……いわゆる書く魔術じゃ。書く内容次第で、服を爆弾代わりにすることもできるのじゃよ」


すると、白玖が書き込んだ服が急に湿り始めた。

「あ~あ、ビショビショじゃねぇか……」

「後で洗うから安心せい……コホンっ。とにかく、この『記述式魔術』を使えば、一定の制限はあるが、その場で魔術を発動できるのじゃよ」


そう説明しながら、白玖は風魔術を使い、濡れた服を乾かしていく。



もし移動系魔術を駆使して、複数の方角から狙撃しているのだとしたら、辻褄は合う。



「……制限ってのは何だ?」

「そうじゃな……確か、この世界にはえれべーたーというものがあるじゃろ? それと同じで、重量制限があるというがあるのじゃ」


「……ん? 説?」


神代は唖然とし、白玖に問い返した。

「なんでそこまで不確定なんだよ……試したりしてないのか?」

「試すには勿体ないからじゃ。一回の検証で他の魔術と比較していたら途方もないからのう。個数に限りがある、魔力耐性があるものだけ……と、色々な制約があるのじゃ」


白玖は洗濯物を畳み終え、時計を見て大きくあくびをする。

「ふぁ~……もうこんな時間か。妾は寝るぞ。あと、風鐘ふうりんに再度挑むなら、ちゃんと身体を休めてからにするのじゃよ……おやすみなのじゃ~……」


「おう……おやすみ」


白玖が部屋を出たあと、神代は手のひらを見つめ、考え込んだ。

「……」

確かに白玖の言う通りだ。疲労だけではない。実力差がまだある。

大天使との戦い、ベルとの戦い、狐嶺との戦い――

入念な準備をしていなかった。それが敗因だ。


……まぁ、それだけが理由じゃないけどな。



神代は風呂に入りながらも考え続けていた。

「……ふぅ~」

気持ちの問題か? 以前よりも戦いにくくなっている気がする。


見た目は人間に似ていても、考え方も、中身も、価値観すらも……何もかもが違う。


けれど、あいつらは人と手を取り合い、『災害』という存在に対処しようとしている……。



風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら、ふと呟いた。

「……俺のやってることは、ただの我儘わがままじゃねぇか」


小さな声でそう言い、自分の部屋のベッドに横たわる。

「はぁ~……」



……本当に馬鹿だな、俺。



そう心の中で嘆いていると、ノック音が聞こえた。

「神代くん……今、大丈夫?」


「……おう」


神代は目をこすりながら、上体を起こした。

「怪我は、大丈夫そう?」

「あぁ、二人のおかげでな……」


ナスカは静かに部屋へ入り、近くの椅子に腰を下ろす。


「……」

「……?」


窓を閉めても、微かに虫の鳴き声が響いていた。部屋には静寂が満ち、言葉が途切れたまま時間が流れる。


「……何か話があって来たんじゃねぇのか?」


ナスカは小さく息をついて、ぽつりと問いかけた。

「無理……してない?」


その言葉に、神代は目を伏せる。

ナスカの視線を避けるように、わざとらしく肩をすくめて笑った。


「ははっ……『無理』ねぇ……やる気に満ちてるの間違いじゃねぇの?」

「でも君は、ここに帰ってくるたびに――身体がどんどんボロボロになってる」


神代は、その言葉を聞くのが嫌だった。だから、遮るように口を開く。

「――そりゃあ天使どもと戦ってんだ。多少の怪我でくたばるほどヤワじゃねぇよ。それどころか、これからもっと強く――」


「――じゃあ、どうして……そんなに辛そうな顔をしてるの?」


ナスカの静かな声が、神代の言葉を断ち切った。

「っ……」

返す言葉が見つからない。心臓を掴まれたように、胸の奥が締めつけられる。


「……やっぱりね」

ナスカはそっと立ち上がると、神代の背中にそっと腕を回し、優しく抱きしめた。


「辛くなったら、泣いてもいいんだよ?困ったら、話してもいいんだよ?……君は、一人じゃないんだから。でも、無理に言う必要はない。君が話したいって思ったら、そのとき相談して」


囁くようにそう言うと、ナスカは神代の頭を軽く撫で、静かに部屋を後にした。


「……俺は――」


神代はひとり、ベッドに横たわり、天井を見つめる。





そこから一週間。

俺は今の自分にできることを、ひたすら全力でこなした。風鐘ふうりんとの再戦に向けて、準備を積み重ねた。


一週間後の早朝。

神器を装備し、家の扉を開く。冷たい風が頬を撫でた。

「よし……準備は念入りにした。今日は――勝つ!!!」








――――第8話に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る