第19話

 仁とミーシャは通路で待ち構える2m級BSバトルスーツを蹴散らしていた。

 弾丸をすり抜けた仁が刑務官の死体から拾った警棒をBSに叩きつけると、装甲が大きくひしゃげる。ひび割れた装甲を両手で引き裂いて、仁はメインコンピューターを引きちぎった。

 その隣では、同じく警棒を振るったミーシャがBSを軽々と切り裂いている。

「お前、ほんと器用だよな……」

「キミは不器用すぎ。剣の扱いはあんなに上手なのに」

「全員がこの棒きれで金属が切れるなら、刀剣メーカーは残らず破産してるぜ」

 仁はBSを乗り越えると、彼らが守るようにして立っていた扉を蹴り破る。

「俺は現代の英知に頼るとするさ」

 部屋の中には、ずらりと武器が並んでいた。

 暴徒発生時の対策として用意された小規模の武器庫であるが、二人には十分すぎる物資がそろっている。

「プラズマショットガンある?」

「ほれ、ドラムマガジンもあるぞ」

「ありがと。

 ジン、そこに単分子ブレードあるよ」

「おっしゃ、これでこの棒きれともお別れだぜ」

「警棒いいと思うけどなぁ」

 まるで休日のショッピングでも楽しむかのように二人は武装を選んでいく。

 しばらくすると、防弾装備に複数の銃器を背負った二人が部屋から顔を出した。

 いつの間にか部屋を取り囲んでいた小型四脚兵器に向けて、二人はプラズマショットガンをフルオートで撃ちまくる。

 ショットガンのポートからひっくり返したようにショットシェルが吐き出され、ドラムマガジンが空になるころには道を塞ぐ制圧兵器たちは一つ残らず爆散していた。

「それじゃ行く?」

「おう、タキ達ならまだ生きてるはずだ。

 コントロール室に行って場所を割り出そうぜ」

 二人の弾幕は機械の駆動音を掻き消した。


 血とオイルの香りが漂うコンクリートの迷路の中、ハックしたBSと共にタキとミリアは男性棟を歩いていた。

 夥しいほどの死体、死体、死体――。

 足の踏み場のないほど死体が転がった地面を、BSが無機質に歩いていく。

 BSが死体を踏むことを当初は避けようとしていた二人だが、男子棟の奥に進むにつれてその試みは放棄された。今ではタキとミリアですら、死体を完全には避けて歩けない。

 今にも足を止めかねないミリアの手を引いて、タキは無言で歩き続けた。

 キリアの入室記録が残っていたエリアの目前まで来ると、タキは深呼吸する。

「タキねぇ、行こう」

 タキに引かれて歩いていたミリアは、彼女の隣に自ら立った。

 タキは扉のロック機構に潜航ダイヴすると、巨大な電子の鍵穴に潜り込み鍵をすり抜けて内側から扉を開ける。

 現実世界へ意識を戻したタキは、ミリアと頷き合うと扉のスイッチを押した。

 電子ロックが外れ、扉がスライドする。


 通路にずらりと並んだ銃口が、タキとミリアに突きつけられていた。


 死が脳裏を過ぎり、タキは咄嗟にミリアを庇う。

 ぎゅっと目を瞑り、訪れるはずの痛みを待つ。

「 タキねぇ〜っ!!」

 しかし、やってきたのは人間一人分の衝撃だった。

「良かった!生きてたんだな!

 俺、おれ、二人に何かあったらどうしよって……!」

 恐る恐る目を開けたタキは、飛び込んできたそれがキリアだとわかるとすぐに抱き締めた。

「キリア、貴方まで死んでしまったら私……」

「キリアっ!心配したんだからね!」

 3人は涙ながらに抱き合う。

 銃を向けていた男達は、訝しげに顔を見合わせた。


 男性棟の食堂にバリケードを築いて、囚人達はタキとミリアを椅子に座らせた。

 男性棟の生存者はキリアを合わせて四人のみだった。

「このムショには兵役経験者が多いんでね。初めのうちは何とかなってたんだが、レーザーガトリング装備のSBが出て来てからは目も当てられなかった。

 このボウズがハックしてくれなかったら俺も危ないところだったぜ。

 俺はジェームズ・ジョーンズ。よろしく、勇敢なお嬢さんがた」

「ジョーンズのおっちゃん、ボウズはやめろって!」

 ジェームズは白髪の目立ち始めた壮齢の黒人男性である。

 キリアの頭をジェームズはガシガシと撫でた。

 キリアも嫌がる様子を見せるが、満更でもない表情である。

「俺は佐藤達樹。俺はメカニックでね。

 そこの銃も俺が壊した機体から取り出して使えるようにしたんだぜ」

「私はアルベルト・ミュラー。

 短い間ですが、よろしくお願いしますよ」

 金髪で細身のミュラーと、小太りの佐藤が並ぶと二人の体格がより際立って見える。

 手を差し出したミュラーと握手しようとしたタキを佐藤が止めた。

「おおっと、そいつとは親しくしないほうがいいぜ。

 なんせ無差別殺人の罪で投獄された男だ」

「ひっ!?」

 手を引っ込めたタキに、ミュラーは悲しそうに目を伏せる。

「サトウ、私にあなた以外の友人ができることに嫉妬しているのですね?」

「してねーよ。

 てか俺はお前の友人じゃねーよ」

「心配しなくとも私たちは親友ではないですか」

「まず友人じゃねぇんだって。聞けよ」

 彼らが犯罪者だということを忘れてしまいそうなほどの朗らかな会話が続く。

 ただ、その会話が濃厚な血の香りの中で繰り広げられているという異常さに、タキとミリアは警戒を強める。

「ま、いっつもこんな感じなんだよな。

 俺もおっかねぇとは思うけど、慣れちゃったよ」

「......個性的な方々なんですね」

 タキは引きつった表情を浮かべた。

 ジョーンズがこの場を取り仕切るように手を叩いた。

「そんじゃ、自己紹介は終わったな。

 今後の手順だが、俺たちはここから最も近い出口である物資搬入用のバックヤードを目指す。

 障壁は佐藤がBSから取り外した障害除去用のレーザーカッターで穴を開ける手はずだ。

 今は他の囚人を自立兵器がぶっ殺してるから戦力が分散されてるが、囚人の残存数が減るたびにこちらに戦力が集中する確率は上がるだろう。

 リスキーだが、俺たちにゃ時間がないってわけだ」

 この言葉に、タキは眉を顰める。

「待ってください。

 ミリアの仕掛けたバックログから見ると、外壁周辺には防衛用の戦力がしっかり残されているはずです。

 仮にたどり着けたとしても、私たちが対抗できるとは思えません」

「嬢ちゃん、これは三文小説じゃないんだぜ。騎兵隊は来ねぇ。

 それともアテがあるのかい?」

 佐藤の冷やかすような言葉に、タキは言葉を詰まらせた。

 その言葉を引き継ぐように、ミリアがむっとした表情で声を上げる。

「今日面会に来てくれた知り合いが近くにいるの。

 きっとこっちに向かってるはずだもん!」

「障壁が降りてるんだろ?

 簡単には中に入れないはずだし、入ったとしてもこの物量じゃあとっくにおっちんでるぜ」

「そ、それは......」

 佐藤の言葉に、ミリアの気勢は削がれてゆく。

「サトウ、その辺にしてあげてください。

 どちらにせよ、ここに立てこもるのは現実的ではないでしょう。

 レーザーで壁を焼き切って侵入されれば不意打ちを受けるのは我々のほうなのですから」

 ミュラーにまで諭されるように言われてしまい、タキとミリアは口を噤んだ。

 キリアは黙る二人の方を軽く叩く。

「俺達3人なら大丈夫、そうだろタキねぇ」

 キリアも不安気な表情を隠せていない。

 しかし、ミリアをこれ以上怖がらせるわけには行かなかった。

 タキもその心意気を汲んで務めて明るく振る舞う。

「そうです!

 軍隊だって何とかなったんです。

 自律兵器なんてメじゃないですよね!」

「そう、その意気だヒヨッコども。

 武器を取って出発だ!ブリキ野郎どもに創造主が誰か教えてやれ!」

 自動兵器から取り外した武器を担いで、ジョーンズ達は物資搬入口を目指し始めた。

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