第20話 迷い子と魔法使い メイコンシャ(迷魂者)

 カントクシャよりチトセたちは報告を受けた。今回は迷子になる子どもが見受けられるという。小さい子なら迷子になるのは珍しくはない。しかし、その件数が異常で例年の比ではないとのことだった。なので人間でないモノの仕業の可能性が濃厚だと見ているとカントクシャ言った。


 子どもに狙いをつけるシンショクシャは存在する。今回の場合は直接取り憑くのではなく迷子になるだけだそうだ。珍しいケースである。しかも、この地域周辺で異常な程に頻発していると報告を受けたのだ。





 現在、下校中のチトセは迷子になっている子は居ないか注意深く歩いている。しばらくすると遠方で二人並んで歩いている小学生が目に留まる。その二人はラベンダー色のランドセルと赤いそれを背負っている小学生だ。


 彼は赤いランドセルを背負った女の子に何かを感じる。それで彼は腕時計のリューズを二段階上げる。そうした後、一段階下げる。そして文字盤を見る。するとその方向が点滅する。彼は確信し走り出す。


 彼の後方を歩いているミレが彼に気付く。チトセは任務の為に彼女たちよりも先に学校を後にしていた。急に走り出した彼が気になる。走りの練習がてら彼を追う決意をする。それで彼女は駆け出す。


 スマホの画面に夢中なミレは気付いていない。ちなみに彼女は昨夜見逃したドラマを見ている。タイトルはそう『僕の彼女は二人いる』だ。チアキに進められ、どっぷりハマっているのである。


 駆け出してはみた彼女ではあるが彼との差は開く一方である。しかし、彼女は諦めず走り続けてるんだと彼女自身を鼓舞し彼の後に続く。


 一方、チトセは路地を曲がると止まる。走らなくても歩いて二人の跡をつけられる距離に入ったからだ。それにあまり近付き過ぎると二人や周囲を歩いている人々に怪しまれると判断したからでもある。


 彼は追跡しながら時計のボタンを押す。彼はコガレを読んだのだった。彼女なら小学生の女児に声を掛けても自然だろうと判断した。


 よくやくチアキも道を曲がる。すると彼女は前方に彼を確認する。なにより彼が走ってないことに安堵する。それで走るのを止める。彼女は限界寸前だったのだ。今、彼女は肩で息をしている状態だ。呼吸を整えながら歩くことにする。しかし、それには随分と時間が掛かるだろうと彼女は思う。


 チトセは前の二人に集中していてチアキの存在には気付いていない。彼女はスマホを取る。そしてカメラを起動させた。そして彼女は歩き出す。


 起動させたのは彼を撮影する為ではない。頭を下げながら画面越しに彼の後を追おうとの考えなのだ。もし彼が振り返っても画面を操作しながら歩いていれば怪しまれないと考えたのだ。しかし彼はそうは思わないことに彼女は考えが至っていない。


 彼女が尾行を続けていると肩を叩かれる。振り向くとミレだ。ほとんど彼女は息が上がっていない。咄嗟に彼女はスマホを裏返す。


「どうしたの? いきなり居なくなって、チアキ。捜したよ」


「あっ、ちょっと。体育祭に向けて走りの練習をしてたんだ。ごめんね、ミレ」


「なら一緒に走ったのに」


「あっ、ほらっ。ミレは足が速いから。私、自信なくすかなぁ〜って思って」


「あっ、そうだったんだ。でも一声掛けてくれれば良かったのに」


「ごめんね」


「謝らなくったっていいよ」


「ありがと、ミレ」


 ふとミレは彼女の肩越しに前方を見る。彼女は歩いてる男子生徒に気付く。気に留めずチアキと戻ろうと思った。しかし、彼が背負っているリックに見覚えがある。それで誰だか分かる。


「あれチトセ同学生だよね?」


「…………んっ?」


 彼女はとぼけた振りをして振り返る。


「そっ、そっかなぁ〜。見間違いじゃない?」


「絶対、そうだって。私、行ってくるわ」


「あっ、ミレ」


 その声はミレに届かない。彼女は走り出し、あっという間に彼に追いつく。そして、彼のリュクを思いっきり叩く。すると彼は振り返った瞬間に彼女を認識し体が固まる。後方にチアキもいるのに気付く。


「なっ、何ですか?」


「何してんだ? チトセ」


「呼び捨てですね?」


「答えになってないぞ。チトセも呼び捨てにしたろ? この間。慣れることにしたから、これからは呼び捨てで呼んでくれ」


「そうなんですね」


「そうっ。でっ、何してんだ? たまに前歩いているのを見るが帰り道じゃないだろ?」


「……ちょ、ちょっと気分転換に」


 そう言うと振り向く。瞬時に、しまったと後悔する。ミレが前方に注目する。そして、一人で歩いている小学生に気が付く。


「小学生が気になるのか?」


「いやっ、まぁ」


「まさか! いやぁ〜、さすがにそれはなぁ。分かりやすいもんなぁ」


「なっ、何です?」


「気にしなくてもいいぞ。一瞬だけよぎっただけだ。見かけない小学生だな?」


「そっ、そうですよね。私もそう思ってたんです」


「だよな?」


「ほらっ! 最近、迷子の件数が増えてるらしいですよ」


「そうなのか?」


「えぇっ」


「と言うことは……あの子迷子じゃないか?」


「私もそうじゃないなぁと、はい」


「なら、なぜ声を掛けない?」


「そう私がすると、あらぬ誤解を……」


「やっぱ言わなくて良かったぁ」


「何がです?」


「……きっ、気にしないでくれ、チトセ」


「あっ、はい」


「私、声掛けてくるわ」


「あっ、お願いします」


 ミレは駆け寄っていき声を掛ける。チその様子をトセは見ている。ミレと入れ替わるようにチアキが彼の元に着いた。彼女はカメラ起動させたままなのに気付く。終了させようと画面を覗く。そして、ミレと小学生を見る。再び画面に視線を戻し見ている。


 ふとチトセが振り向く。チアキは視線を感じ顔を上げる。二人の目が合う。ほぼ同時に視線を逸らす。彼女は慌ててカメラを終了させようとする。手が震えていて間違えて撮影ボタンをタップしてしまう。シャッター音がなり混乱する。チトセはミレたちに集中していて気付いてない。


 その短い間の直後に赤いランドセルの女の子は精魂に姿を戻した。そして、チアキ気持ちを落ち着かせようとつとめる。そして再びミレたちを見る。しかし、なかなか落ち着いてはくれない。


 ミレが小学生の手を引いて二人の元へ歩いて来る。すると彼女はチアキに少し間だけ面倒を見てくれないかと頼む。チアキは頷き手を繋ぐ。ミレがチトセの手を引きチアキたちから離れる。声が届きそうにない所で立ち止まる。


「どうしたんです? 何も言わず、いきなり手を引っ張って」


「おかしなことを女の子が言っていてな」

 

「まさか!」


「リアクションおかしくないか? 何も話してないぞ」


「……あっ、すみません」


「そんなに私と話したくないのか?」


「全くそんなことないですよ」


「本当か?」


「本当ですって」


「なら話すぞ。女の子がもう一人小学生と二人で歩いていたって言ってるんだ」


「えぇぇぇぇっ!!!」


「それはオーバーリアクション過ぎないか?」


「驚き過ぎて。つい出てしまいました」


「どう思う?」


「道に迷って混乱してるんじゃないですか?」


「だよな? そう思うよな?」


「はい」


「あのう〜」


「何だ?」


「彼女にも言うんですか?」


「それはチアキのことか?」


「あっ、そうです」


「言うか迷ってるからチトセをここまで引っ張ってきたんだぞ」


「あっ、なるほど」


「言わない方がいいよな?」


「そう思います」


「よしっ、そうしょう」


「ありがとうございます」


「なんで礼を言うんだ」


「……なんとなくです」


「チトセはヘンなヤツだな」


「あぁっ、そうかもしれませんね」


「珍しく違いますって言わないんだな」


「あっ、そうでしたね」


「自分のことだぞ」


「ミレさんに散々言われたのが頭に植え付けられてるから言うのを回避したのかもですね」


「学習能力はあるようだ。さん付けはいらないぞ」


「わかりました、ミレ」


「さっそく学習したな。上出来だ、チトセ」


「どうも」


「じゃ、私たちは行くぞ。あの子を交番に連れて行く」


「お願いしますね、ミレ」


「おっ、まかせろ、チトセ」


 そう言うと彼女は別れの挨拶代わりに手を上げる。彼も手を上げ応える。彼女はチアキたちに合流する。そして彼女は女の子の手を取る。女の子を真ん中に彼女たちは手を繋ぎ遠ざかっていく。


 彼は彼女たちに背を向ける。その直後、チアキが振り向く。それを彼女は角を曲がるまで続けた。その視線は一点には定まってはいなかった。





 あれからしばらくチトセは歩き続けている。そうしながら彼は背後を常に気にしている。なぜなら精魂が跡をつけてきているからだ。


 すっかり日も暮れた。彼は子どもたちのいなくなった公園のベンチに座る。そんな彼の前で精魂が浮遊している。しばらくすると、それは人へと姿を変える。


「こんにちは。いや、こんばんは」


「やっぱり見えていたんだね」


「そうだよ」


「おかしいなぁ〜。大人の人には見えないみたいなんだけどなぁ」


「僕は高校生だからかな?」


「ユイより大きいから大人だよ」


「ユイって名前なんだね」


「そう。お兄ちゃんは何てお名前なの?」


「僕はチトセだよ」


「分かった。覚えるね」


「ありがとっ」


「ユイを忘れないでね。絶対だよっ」


「忘れないよ」


「うん」


「迷子なのかな?」


「違うよ。おウチを探しているんだよ」


「そっかぁ。ごめんね」


「ちょっと! チトセ」


 その声の方へと顔を向ける。コガレだ。すっかり彼は忘れていた。気まずくて彼は顔を背ける。すると彼女は突進してきて二人の間に割り込む。


「どうして発信地点にいないのよ」


「ごめん」


「せめて連絡くらいしなさいよ。心配したんだからっ、もっ」 


「悪かったって」


「この人は誰ですかぁ?」


 そうユイが言うとコガレが振り向く。ユイは彼女を見上げている。するとコガレが屈む。


「この人じゃないでしょ? お姉ちゃんでしょ? おチビちゃん」


「ユイはチビじゃないですよ。友達よりも大きかったもん!」


「あっ、そうなのね」


「あっ!」


 そう言うと彼女はコガレの横から身を出しチトセを覗き込む。


「お兄ちゃん?」


「なんだい?」


「この人も見えてるの?」


「そうみたいだね」


「みたいって何よっ、チトセッ。ちょっとっ! またこの人って」


 そう言うと彼女はユイの両肩に優しく手を置く。そして微笑みかける。

 

「お姉ちゃんの名前はコガレよ。これからはそう呼んでね」


「分かった、コガレ」


「何でコガレなのよ。コガレお姉ちゃんでしょ」


「だってそう言ったもん」


「なっ、生意気な子だわ」


「それ何ですか?」


「……降参するわ」


「それも何ですか?」


「もうっ」


 そう言うと彼女は立ち上がる。そしてチトセの手首を掴み引っ張っていく。それを見てユイは不安な表情を浮かべる。


「いなくなるですか? お兄ちゃん」

 

「僕はいなくならないよ。すぐ戻ってくるから待っててくれるかい?」


「うん、チトセお兄ちゃん」


 彼女の表情は一変し笑顔になる。それに彼は微笑み返す。すると彼女は満面の笑みを浮かべる。しかし、コガレは待ってはくれず彼は引っ張られていく。ユイの耳に届かない所まできて彼女は立ち止まり振り向く。


「どうすんの? あの子」


「今んところは何もしない」


「もし悪精化したらどうするつもり?」


「その時は俺が躊躇ちゅうちょなく向こうへ送ってやるさ」


「……そっかぁ。分かったわ」


 コガレは彼の抑揚のない発言に寒気がした。そして、これ以上はユイのことには首を突っ込まないと決める。チトセは彼女に背を向け歩きだす。すぐに彼女も追う。二人はユイの元へ戻ってきた。


「お姉ちゃんは帰るわね、おチビちゃん」


「ユイって言ったですっ! 難しくて覚えられないですか?」


 コガレはグッとこらえる。ユイは不思議そうな表情を浮かべている。コガレは深呼吸して笑顔を見せる。


「バイバイ、ユイちゃん」


「バイバイ、コガレ」


 コガレは言い返したい気持ちを抑え帰路につく。残った二人は彼女の後ろ姿を見送る。ユイは手を振ってくれている。


「これからどうするのかな?」


「おウチを探しにいくです」


「お願いがあるけどいいかな?」


「何ですか?」


「小さい子には道を聞かないでくれるかい?」


「どうしてです?」


「お兄ちゃんがユイと一緒に探そうと思ってね」


「ほんとっ!」


「あぁ、本当さ」


「分かった。もう聞かないよ」


 そう言うと彼女は小指を立ててチトセの前に出す。一瞬、彼は戸惑ったが理解する。そして彼は屈んで小指を出す。すると彼女が小指を絡めて腕を大きく振る。数回続けた後、二人の小指は離れていく。


「ユイ、そろそろ行くねっ」


「ちょっと待ってくれるかい?」


「どうして」


「見せたいものがあるんだ」


 そう言うと彼は右手を開く。するとてのひらから光の球体が出現し次第に大きくなっていく。彼は右手を空に向けてかざす。すると球体は上空へも打ち上がっていく。そしてそれは分裂し複数になる。彼が手を下ろすと地上に降り注ぐ。そして、その地点が光輝いている。


「花火みたい」


「あぁっ、そうかな」


「あれは何ですか?」


道標みちしるべさ」


「何ですか?」


「なんて言えばいいんだろう。そう! ユイが迷子にならない為の光だよ」


「ユイは迷子じゃないですっ!」


「あっ……そうだったね。僕を見つけられるようにさ。お兄ちゃんの家、学校と公園を結んだんだ。光の所で待ってれば僕に会えるよ」


「分かったです。ユイ、嬉しい」


「良かったぁ」


「お兄ちゃん?」


「なんだい?」


「これは夜しか見えないの?」


「大丈夫だよ。朝でも昼でも夕方でも見えるよ」


「そうなんだね」


「そうさぁ。僕たちにしか見えないんだ」


 チトセが言ったように人でないモノたちにしか見えない。人間には決して見えることはない。


「ふぅ〜ん、そうなんだね」


「そうさ」


「お兄ちゃん?」


「今度は何かな?」


「お兄ちゃんは魔法が使えるの?」


「そうなんだ。お兄ちゃんは魔法使いたんだよ」


「スゴイねっ」


 そう彼女が言うと羨望の眼差しで彼を見上げている。彼は少し言い過ぎたかなと思いつつも彼女に微笑む。





 彼らと同時刻、チアキは窓から一発の花火を見上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る