第16話 失神するミレ カツボウシャ(渇望者)

 あの日の帰り道、チトセは電話でコガレにミレとの間に何があったかを聞いた。彼女が言ったことはミレが言っていたことと一致していた。彼が一番気になったのはチアキの記憶を消したのかだった。ミレの前にやったので間違いないと言われた。彼は安堵あんどした。


 昨日、女子高生の付きまとい行為が発生したと登校後にカントクシャからのメッセージで報告を受けた。ホウコウシャ(彷徨者)の犯行の可能性が濃厚だと。悪精化しシンショクシャ(侵蝕者)となり男に取り憑き女子高生を襲うことも考えられるので巡回を強化せよと命じられた。


 ここ数日は連続している。しかも高校付近でだ。これまでの発生場所を昼食時間に確認していると規則性があると気付いた。今日発生するとすれば、事もあろうにチアキの帰るルート上なのだ。彼は気が気でない。なので授業時間はうわの空であった。





 放課後、彼はチアキが気になって仕方ない。帰りのホームルームから時間が経っているが、まだ彼女は帰る様子はない。お喋りを楽しんでいる。暗くならないうちに帰ってくれないかと彼は思う。


 ふと彼女の方へ視線をやるとミレと目が合ってしまう。彼女は彼に反応せず顔を背けチアキと会話を続ける。あの日以来、彼女は彼にからんで来なくなった。口止めされるかと思っていたが、それはなかった。なんか拍子抜けしたのを覚えている。最悪の場合は呼び出されて拳か脚が飛んでくるのを覚悟していたくらいだった。


 彼女たちが教室を出る。距離をおいて彼は二人の後に続く。二人は靴箱まで来た。彼は階段の途中で止まると様子をうかがう。二人が靴にき替えて玄関を出た。彼は急いで靴を履く。そして二人との距離がある程度になると玄関を出る。


 二人は校門を出ると手を振り別れた。てっきり一緒に帰ると思っていた。いつも、そうだからだ。ミレには悪いが彼はツイてると思ってしまう。彼は校門まで走る。そして、歩いているミレの背中に軽く頭を下げる。これはもちろん謝罪の意味を込めてのことだ。


 彼は向き直るとチアキの後を一定の距離を保ちつつ歩く。彼女が後ろを向きそうな素振りを見せると彼は顔を背ける。幸いなことに彼女は完全には振り向くことはない。


 ふと彼は思ってしまう。万が一にも目が合っては台無しになる。彼女が危険にさらされる可能性があるのだ。絶対に避けなければならない。それで彼女を慎重に後を追う。


 彼が大通りな面した路地を横切ろうとしている。そこから手が伸びる。彼はチアキに集中している。なので彼は彼は気付いていない。彼は掴まれ引きずり込まれる。


 彼は振りほどき臨戦態勢をとる。彼は自分の目を疑う。彼の目の前にはミレがいるのだ。その横にはカコがいる。彼は後退りし電柱に後頭部を打つ。それほど痛くはなかった。


「どうしてここに?」


「どうしてここにですって!? そっくりそのまま返してやるぞ!」


「どうしてカコさんも?」


「どうして私の名前を知っているのよ!」


「この間、本屋でお会いした時にお名前をお聞きしたので」


「盗聴していたのね?!」


 そう言うと彼女は詰め寄り体を斜めにして腕組みを始める。そして顔を上げ冷たい視線をチトセへ投げつける。その視線が彼の目を貫通する。軽蔑を含んだ視線に耐えられず空を見上げる。


「……いや、チアキさんがカコさんのお名前をお呼びしていたので?」


「気持ち悪いわ。聞き耳を立てていたのね?」


「普通に聞こえてきたんですが」


「地獄耳なの?!」


「たまたま近くにいたので」


「ミレの言う通りだったわ。あの時も偶然じゃなかっんだと確信したわ」


「そうでしょ、カコ」


「この盗聴ストーカー!」


「違いますって」


「聞いた? カコ」


「本当だわ。正真正銘のストーカーだわ」


「そうでしょ、そうでしょ」


「さすがミレだわ この盗聴ストーカー野郎が!」


 ――なぜ私は睨まれているのだろか。見た目と違って意外と言葉遣いが……


「無視しても無駄よ! 証拠の映像は押さえてあるのよっ」


 その言葉にチトセは顔を下げる。すると彼女がスマホを操作しているが、次第に表情が曇っていく。


「ミレ!」


「どうしたの?」


 カコの背後にいたミレが駆け寄って行く。そしてふたりは顔を見合わせる。するとカコが目を逸らす。その彼女の目がしだいにうるんでいく。


「ごめん、ミレ」


「どうして謝るのよっ」


「撮れてなかったわ」


「もしかして……」


「そうなのっ、ごめん。この盗聴ストーカーがチアキをストーカーするところを……」


「ストーカーを盗撮するのは初めてじゃない? 目の前の極悪ストーカーを盗撮するなんて手が震えてボタンを押したけど反応しなかったんだわ」


「…………そっ、そうなの」


 ――いや〜、彼女の反応を見る限り単に押すのを忘れただけだと。それに盗撮って……


「いや違うわ! 目の前の男から放たれる禍々まがまがしい邪気がカコの指に取り憑いて阻止したのよ」


「……そっ、そうなのかしら? ごめん、ミレ」


「いいのよ」


 そう言うとミレが彼女を抱きしめる。カコは彼女の肩に顔を埋める。そしてミレの腰を抱く。二人は慰め合っている。


 しばらくするとカコが顔を上げる。するとチトセを睨みつける。ミレを遥かに超える憎悪を含んだ視線に彼は思わず二、三歩ほど後退りしてしまう。


「安心して、カコ」


 そう言うとミレはカコから離れる。すると彼女はカコの両肩に手を置く。そして二人は見つめ合う。


「どういうこと?」


「これを見て?」


 そう言うと彼女はブレザーのポケットからスマホを取り出す。そしてスマホを操作する。それをカコの前に持っている手を伸ばす。カコが画面を覗き込む。彼女の表情が次第に曇っていく。その表情はミレよりも険しい。彼女の眉間みけんしわは深い。


「ミレも撮っていたの?」


「こういうことを見越していたのよっ。私って抜かりないのっ、カコ」


 その言葉にカコの表情が怒りに満ち溢れていく。先程までチトセに向かっていた視線がミレへと突き刺さる。ミレは理由が分からず狼狽うろたえている。


「どっ、どうしたの? カコ」

 

「こういうことを見越していたってどういうことなの!?」


「それは…………」


「何よ!」


「あれよ……えぇ〜」


 カコは、しどろもどろ状態だ。幸か不幸かカコの矛先がミレへと向かっている。目の前ではカコがミレの肩を掴み揺さぶっている。ミレは揺さぶられるままだ。


 それを彼は眺めている状態だ。ふと彼はミレと目が合う。彼には彼女が泣きそうに見える。


 彼は自分のせいで二人の間に亀裂が入るのは居たたまれないと思い始める。気はあまり乗らない。しかし後からミレの報復が来ると考えると憂鬱になる。どうせ彼は良い印象をカコには持たれていないので、これ以上嫌われても問題ないかという結論に至る。


「あのう〜、カコさん?」


「今、取込み中よ! それに気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよ。アンタに教えた覚えはないってばっ! けがらわしい、この変態野郎が!!」


 彼女の鋭い視線が彼に突き刺さる。見た目の印象と違って彼女は興奮すると言葉遣いが荒くなるんだなと彼は確信する。彼は彼女をミレ以上に難敵なのではと思う。


「あのう〜、そこの女子生徒さん?」


「私にはカコって名前があるのよ! 知ってんでしょ! アンタ」


 ――どうすりゃいいんだ……


「さっさと言いなさいよ」


「……はい」


「ふざけてんの! 早く言えっ!」


「そこの女子生徒はですね」


「女子生徒って誰よ! 私? 舐めてんの!」


「お隣のです、はい」


「ミレって名前があんのよっ! 私の大切な友達よ」


「そうなんです。そこなんでさ」


「どういう意味?」


「お名前をお呼びしても宜しいでしょうか?」


 そう言うと彼はミレを見る。彼女は力なく頷く。彼女に確認しておかないと後で難癖なんくせを付けられそうなので彼はそうしたのだ。


「ミレさんは別の角度から撮って後でカコさんの映像と照らし合わせようとしたんだと思います、はい」


「そうだったの? ミレ」


 そう言われたミレの目は泳いでいる。彼は話に乗ってくれと願う。二人は目が合う。そして彼女は小さく頷く。彼は安堵する。


「そっ、そうなのよ」


「どうして、こうなることを見越したって言ったのよ」


「二人で照らし合わせるのを見越してって意味だったのっ。そっ、その方がいいかなって。しょ、省略し過ぎたわ。いっ、言うタイミングも間違えたみたい。ごっ、ごっ、ごめんね」


「最初からそう言ってよ。私のことをドジだと馬鹿にされたとわよ」


「そっ……そんなことは思うわけないじゃない」


「もう〜っ、私ったら本当にドジなんだからっ」


 そう言うと彼女はミレに抱きつく。これで納得するのかと少し疑問ではあるが彼は結果的に仲直りしたので納得することにする。


 しばらくすると、二人が示し合わせたかのように彼を見る。いや睨みつけている。彼は恐怖で体が硬直してしまう。二人の体はゆっくりと離れた後、彼に詰め寄ってくる。そして、彼に体が触れそうな位の距離で止まる。


「これを見なさい」


 そう言うと彼女は彼の目の前にスマホを突き出す。この間も経験した光景だ。彼が顔を背けると彼女はスマホを彼の前に移動させる。


「現実を直視するんだ!」


 観念した彼はスマホの画面を見る。確かに彼が映っている。それを見て、すぐに彼は気付いてしまう。


「あのう〜」


「何だ!」


「大変申し訳ないのですが私しか映っていませんよ?」


「当たり前だ! 貴様のストーカー行為の証拠を撮ってたんだから!」


「あっ! ミレ」


「どうしての? いきなり大声出して」


「映像見てて、なにか気になっていたのよね」


「どういうこと?」


「チアキが映ってないじゃない」


「それがどうしたの?」


「チアキが画面に映ってないと証拠にならないんじゃない?」


「あっ……」


「そうよね?」


「…………うん、ごめん。チトセ同学生が朝から落ち着かない感じだから絶対にチアキをストーカーするからってカコを呼んだのに」


「だっ、大丈夫だよ」


「チアキとお喋りして時間を稼いでいる間に急がせて来てもらったのに、私ったら」


「気にしないで、ミレ」


「怒ってない?」


「怒ってなんかないよ。呼んてもらって嬉しかったよ」


「ごめんね、カコ」


「謝らないでぇっ」


 そう言うとカコは両手を広げる。するとミレが彼女の胸の中に飛び込むとカコが両手で包み込む。そして二人は熱い抱擁ほうようを交わしている。しばらくして二人は離れる。


「今回は失敗よ! しかし、私とミレは諦めない! 今日は引き下がってやるわっ! 首を洗って待っていなさい!!」


 ――えっ……目撃したなら追及出来るかと


「聞いてるの! そこのオマエ」


 そう言うとカコは彼を指差す。彼女の目力に彼は頷く。すると彼女が詰め寄ってきて彼を見上げる。彼はまともに彼女の目を見ることが出来ないでいる。


「こんなヤツ、もういいわ。帰ろう、ミレ」


「あまいわよ、カコ」


 そのミレの言葉にカコは振り向く。ミレがゆっくりと歩いてくる。そしてカコの前で止まる。そして彼女はカコの両肩に手を置く。二人を眺めていると彼は何かを感じ取る。そして、その方向に走り出す。二人は気付いていない。


 チトセは四度目の角を曲がる。彼の目の前には淀んだ球体が浮遊している。彼が判断するにはまだ精魂の状態を保っているホウコウシャ(彷徨者)のモノだ。


「付いてきて下さい」


「見えているのか! きっ、君はホバクシャか?」


「えぇっ。先に言っておきますけど私からは逃げられませんよ」


「分かった」


 チトセは歩き出す。人気のない場所まで来た。するとチトセは向き直る。


「姿を現して下さい」 


 そう言うと精魂が人の姿へと変化する。それはホウコウシャが人間だった時の姿だ。


「大人しく縛に付いて下さい。それなのでここまで来てもらいました。まだ間に合います」


「そう固いことを言わずに。私は誰にも迷惑を掛けずに生きていたつもりだ。少し後をつけるくらいいいじゃないか?」


「だから私に取り憑こうと。貴方は完全にシンショクシャにはなりきっていない。もう終わりにしませんか?」


「君がホバクシャだと知らなかったんだ。見逃してくれないか?」


「私から名乗らない限り気付くモノはシンショクシャでも滅多にいませんよ。見逃す? 冗談はよしてくださいよ」


「後一日だけ、お願いできないか? 私が思い描いていた理想の女性がいたんだ」


「もしかして、それは私の前を歩いていた女子校生ですか?」


「そうなんだ。あの子に一度だけ触れられたら本望だ。生きてると時には一度も女性に触れることが出来なかったんだ。女性とは縁がなくて付き合ったこともない。肌に触れてみたいんだ。そんな私に最期の機会をくれないか? その後は君に従うよ」


 その言葉にチトセは鬼の形相を見せる。そして、彼は空を指差す。


「世迷い言はあの世で言え! 触れたいだと? ふざけるな!!」


「こっち下手に出たら偉そうに! ガキが」


「移魂っ!!!!」


 そう彼が叫ぶと上空に境界門が出現する。人の形をしていたモノは精魂へと戻り吸い込まれていく。そして門は閉まった。


 チトセは何もなかったかのように来た道を戻る。彼が角を曲がると視線の先にミレとカコがいる。彼は方向転換しようとする。


「チトセ同学生!!!」

「盗聴ストーカー!」


 そう二人が同時に叫んだ。彼は金縛りにあったかのように体がいうことを聞かない。二人が走っていて前後を塞ぐ。


「なぜ逃げたんだ! チトセ同学生!!」


「そうよっ! 盗聴ストーカーッ!!!」


「……ちょっと用事がありまして、はい」


「覚悟するんだ!」


 そう言うとミレは首を鳴らす。そして両肩を回した後、屈伸を始める。彼が後退りしようとするとミレが背中を押す。前のめりになったところにミレのこぶしが迫る。


「兄上!」


 その言葉にミレは動きを止める。前のめりになっていたチトセは彼女におおかぶさりそうになる。咄嗟に彼女は両手で彼を支える。


「大丈夫ですか、兄上」


 その言葉にミレは手を離す。再び前のめりになった彼の手をカコが掴むが支えきれそうにない。彼とミレの間に入りキズナが抱きかかえ立たせる。


「どうなさいました? 兄上」


「……あっ、ちょっと目眩めまいが」


「兄上にしては珍しいですね」


「あぁっ」


「そこの女学生」


 そう言うと彼はカコの両手を取る。突然のことに彼女は戸惑う。彼女がチトセの背中越しにミレを見る。ミレは彼女たちの手を眺めている。カコはミレが察する。チトセは危険を察する。


「いきなり手を握るなんて失礼だぞ。離してやれよ」


「これは失礼致しました。兄上、こちらの方は?」


「カコさんだ」


「もしかして姉、いやチアキ殿のお友達ですか?」


「えぇっ、そうですけど」


「そうですか。以後、お見知りおきを、カコさん」


「あっ、はい。もしかしてキズナ君ですか?」


「そうですが。どうして知っておられるので?」


「えっ、この男から……いや、えぇ〜っと名前は」


「兄上の名前をご存知ないのですか?」


「あっ、チトセ君からです」


「ご存知でしたか」


「もっ、もちろんです」


 チトセは恐る恐るミレを見る。彼女の目の焦点はどこに合っているか分からない。彼は振り返ってカコを見る。彼女は溜め息を付いている。彼女も恐る恐るミレを見る。そして彼女は彼を見る。二人同時に溜め息を付く。


「チトセ君」


「……なっ、何でしょうか?」


「ちょっとお話があるんですが?」


「私は特に……は」


 そう彼が言うと彼女はキズナを確認してから睨み付ける。彼は頷く。すると彼女が手招きすると背を向け歩き出す。彼は後に続く。


「兄上、どちらへ」


「やっぱカコさんと話があった」


「そうですか。お待ちしてますね」


 キズナが手を振るが無視して向き直る。そして彼はカコを追う。カコは電柱に体を隠す様に止まると彼もそうする。


「さっきの様子だと知ってるのよね」


「あっ、ミレさんがキズナに好意を抱いていることですね」


 そう彼が言うと彼女が彼の頬をつねる。彼には何故そうされたか見当がつかない。


「声がデカいわよっ。聞こえたらどうするのよ」


「ずみまぜん」


 すると彼女は指を離す。彼の頬は赤くなっている。それを見た彼女は片方の頬も抓る。


「これで怪しまれないわ。左右とも赤くなっているし」


 ――余計怪しまれる気がしますが


「どうしてくれんのよ?」


「何がでしょうか?」


「手を握られた瞬間に殺気を感じたの。それで一瞬だけミレを見たら睨んでたのよ」


「そっ、そうなんですか」


「なんで他人事なのよ」


「えっ……と言われましても」


「私たちの絆にヒビが入ったらどうすんのよ」


「私には、どうしようもないかと」


「チアキにアンタに手を握られて言い寄られてるって言うわよ」


「そっ、そんなっ」


「チアキのことが好きなんじゃない?」


「違いますよ」


「アンタの違うはYESってことよね?」


「ちが……好きじゃありませんよ」


「ならチアキにアンタがブサイクって言ってたって言おうか?」


「ブサイクだなんて思ってませんよ」


「じゃあ可愛いと思ってんだぁ〜?」


「カコさんがそう言ったから否定しただけですよ」


「ホント、分かりやすい性格してんのね〜。なんでチアキなの? アンタ、モテんでしょ? ミレの情報網によるとアンタのこと好きな子が数人いるらしいよ」


「彼女の冗談ですよ。私はモテませんよ」


「超絶美人でモデル体型のほぼ彼女の友達いるんでしょ?」


「彼女じゃありませんって」


「これは違うって言わないのね?」


「いちいち気にして言ってませんから」


「じゃあ違うって言ってみて」


「お断りします」


「やっぱ気にしてんじゃん」


「…………」


「分かった分かった。もうイジらないから」


「あっ、はい。分かりました」


「で相談なんだけどぉ?」


「何でしょうか?」


「二人っきりで帰らせてあげたいの」


「はぁ」


「アンタからキズナ君にそれとなく言ってくんない?」


「不自然だと思いますが」


「嫉妬してんの?」


「何に?」


「ミレによ」


「なぜです?」


「キズナ君を取られるようでよ」


「何を言っているんですか?」


「気にしてんよ、ミレが」


「この間、誤解は解きましたよ」


「それは嘘よ。アンタを尾行してる時、なんでアイツなのよって言ってたもの。歯を食いしばりながらね。そのうち噛まれんじゃない?」


「まさか」


「あり得ると思うわよ」


「えっ…………」


「だから協力しなさいよ」


「言っても構いませんが……」


「何なのよ?」


「私が言ったらボディガードみたいな動きしながら帰ることになるかと。それではミレさんが良い気分がしないと思いますので」


「えっ! それは嫌だわね、アンタ?」


「なっ、何ですっ」


「案外、いい奴じゃん」


「好きな人にそんな行動されたら嫌だろうなと思っただけですよ」


「やっぱいい奴じゃん」


「そうでしょうか?」


「そうよっ。見直したわ」


「あっ、どうも」


「やっぱ諦めるわ」


 そう言った彼女はさみしげな表情を浮かべる。友人を思う彼女の気持ちが彼に伝わる。彼はどうにかしたいと思う。それで彼は頭をめぐらせる。


「そうだ!」


「声デカいよっ」


「あっ、すみません」


「何?」


「帰るのは無理ですけどミレさんが喜んでくれそうなことが」


「それ」


「ちょっと耳をお借りしても」


「いいわよ」


 彼は彼女に耳打ちする。彼の考えた内容を彼女は頷きながら聞く。


「それいいじゃん!!!!」


「声が……」


「あっ、ごめんごめん。早速実行よっ」


「そうしましょうか」


 そう彼が言うと彼女は彼を促し二人の元へ戻る。キズナとミレは互いに背を向けている形で立っている。ミレの方が落ち着かず背を向けたのだろうとチトセとカコは思う。そして二人は自然と顔を見合わせる。


「キズナ?」


「久しぶりに名前で呼んでくれましたね。何でしょうか? 兄上」


「ゴホッ」


 わざとチトセは咳き込む。すると彼の予想通りキズナが近づいてくる。彼は手招きして、もっと近寄るように合図する。近寄って来るキズナは満面の笑みだ。その彼とカコすれ違う。彼女はミレを背を向けたままにする為だ。そして、彼女は彼らからミレを少し遠ざける。キズナが顔をチトセに近づける。


「何でしょうか?」


「この間のハンカチ持ってるよな?」


「あっ! あれですね。ございます!!」


「声でけえよ」


「すみません」


「持ち主は今までお前の後ろにいた彼女だ。名前覚えているよな?」


「もちろんです」


「言ってみろ」


「ミレさんですよね?」


「そうだ。今、返してこい」


「承知しました」


 チトセが咳払いする。すると、カコが打ち合わせ通り彼へも向かって来る。そして彼の横に立つ。キズナはリュクからハンカチを取り出す。チトセの言いつけ通りビニールに入れてある。


「ミレさん」


 その言葉に彼女が声の方へと向き直る。彼女は驚きの表情を見せる。チトセたちは二人が見える位置に移動する。キズナがハンカチを彼女に差し出す。


「これお返しします。ありがとうございました、ミレさん」


「これ…………」


「この間、汗かいたので兄上に借りたんです。ミレさんのハンカチだとお聞きしました」


「あっ、はい」


「キレイにあったので安心して下さい」


「あっ……」


 キズナが彼女の胸元まで差し出す。しかし、彼女は一向に受け取ろうとしない。かなり緊張している様子が見て取れる。


「どうなさいました? 脂汗をかいているようですが」


 そう彼が言った直後、チトセは背中を叩かれる。横を向くとカコが手でしゃがむように合図してる。彼がそうすると彼女は口元を隠して彼の耳に近づく。


「拭かせて」


「んっ?」


「キズナ君にミレの顔を拭かせてぇ」


「えっ……」


「早く」


「キズナ?」


「何です? 兄上」


 彼が振り向く。チトセが手招きする。足早にキズナが来る。


「ミレさんは体調が悪いみたいだ。汗を拭いてあげろ」


「えっ! 私がですか? カコさがなされた方が」


「私、腱鞘炎で。ミレを助けて上げて下さい」


「あっ、分かりました」


 そう言うと彼は戻っていく。そしてビニールからハンカチを取り出す。


「ミレさん?」


「あっ、はい」


「脂汗をかいているので、よろしければお拭きしましょうか?」


 彼女は小さく頷く。彼が腕を伸ばし拭き始める。彼の親指が頬に触れる。その瞬間、彼女がふらつき膝から崩れ落ちそうなる。


 咄嗟に彼は彼女の脇のしたから手を入れ支える。そして、立たせようと引き寄せ彼女背中を抱く。そして力を入れ引き上げる。彼の右肩に顎を乗せた彼女の目が一瞬見開き閉じる。そして体の力が抜けていく。


 目を見合わせていたチトセとカコは彼女の元へと駆け寄る。そして彼女の様子を見る。彼女は気絶してしまったようだ。


「どうしよう?」


「救急車を呼んで下さい、兄上」


 彼がスマホをポケットから取ろうとすると背中を思いっきり叩かれる。彼は手を止めカコを見る。彼女が首を振っている。


「おんぶしてミレの家まで送ってくれませんか? キズナ君」


「えっ……私がですか」


「その方が良いわよね? チトセ君」


「……そっ、そうですね、カコ氏」


「兄上?」


「送ってくれたらチアキも感謝してくれるわ」


「えっ、姉う……チアキさんがですか?」


「そうです、キズナ君」


「分かりました。任せて下さい。兄上ミレさんを私の背中へお願い致します」


「あっ、分かった」


 そう言うと彼はミレの両脇を抱えてかがんでいるキズナの背中へもたれ掛からせる。すると、ミレをおぶったキズナが立ち上がる。


「キズナ君、反対側の大通りです。先に行っててもらえます。すぐ追いかけるんで」


「あっ、分かりました」


 彼は去って行く。手を振っていたミレがチトセの方へと向き直る。彼女は微笑んでいる。彼女は彼の左肩に両手を置き背伸びする。


「ありがとねっ。この恩はいづれミレと二人で返すからね」


「あっ、はい」


 そう彼が言うとカコはキズナたちの方へ走り出す。しかし、途中で止まり振り向く。そして、チトセに対して大きく手を何度も振る。返さないのも申し訳ないとチトセも小さく振り返す。すると彼女は走り去って行く。


 その様子をカコが彼の肩に手を置いたところから見ていた者がいた。それはチアキだ。彼女は忘れ物に気付き一旦いったん学校まで取りに行き再び帰る途中だったのだ。


 彼女は手を振る彼を見た後すぐ立ち去った。二人の仲睦まじい様子を見て彼女は胸がモヤモヤしながら帰路についている。

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