チトセには別の顔がある。それはホバクシャ（捕縛者）としての使命である。

　過去を辿（たど）れは未練を抱えたまま世を去った者が少なからずいる。その者は目を背けその現実を拒絶し、この世を未（いま）だに彷徨（さまよ）い続けているのだ。

　彼はその者たちを捜し出し説得して、この世とあの世の境界門へと送り出す。大抵の者は、彷徨う中で納得し門を潜（くぐ）る。

　一定数、中にはその想いを断ち切れず悪霊化するモノがいる。彼等の中では悪精（あくせい）化、または悪魂（あっこん）化とも言う。その者は人に取り憑いて、意のままに操る。そして、遂げらず未練の形となった想いを成就（じょうじゅ）させようとする。それらをシンショクシャ（侵蝕者）と呼ぶ。

　取り憑かれ器となった人間は、魂を蝕まれ十中八九は命を落とす。そうなった者の魂は消失し、再び蘇ることはない。それを阻止することが、彼らホバクシャの最重要任務である。

　ホバクシャは縛縄（ばくじょう）という名の道具を使いシンショクシャを捕らえる。それは精魂（せいこん）を込めて編（あ）んだ縄である。これと違ってチトセには独自の捕縛方法がある。精魂とはシンショクシャと対峙する際のホバクシャの原動力となる。言うならば精魂はホバクシャの源（みなもと）だ。これが尽きてしまうとホバクシャは消失する。

　彼等は、これを常に考慮しながら対峙しなければならない。なので、普段から精魂を高め増大させ一定水準以上を保ち続けるように事に努めている。

　消失するするだけなら、まだマシだ。その考えは彼等に失礼かもしれない。しかし、それだけなら彼等には救いの道が残されている。

　彼等の中にはシンショクシャに憐憫の情を抱いたり、魅（み）せられて悪霊化するモノが出てしまうことがある。それらをハンテンシャ（反転者）と呼ぶ。

　ハンテンシャはホバクシャの上役であるモノに追われる。そして、必ず成敗される。そのモノはホバクシャの中から選抜される。決して惑わされない精魂を潤沢（じゅんたく）に持ち卓越した捕縛能力のモノがその座に就（つ）くのだ。過去において、その上役（うわやく）から逃げ切ったハンテンシャは存在しない。

　反転化を避（さ）けるため、ホバクシャは通常三者編成である。互いに監視し反転化の兆（きざ）しが見られれば上役に報告する。そして、そのモノは転出（てんしゅつ）されるのだ。転出とはホバクシャの身分を剥奪（はくだつ）することだ。

　そうなったモノには、魂を浄化され待機籍に入れられる。そして、長期間の経過観察を受ける。反転化の兆候（ちょうこう）なしと裁定を受ければ再び人籍に記載されるのだ。

　一方、ハンテンシャと判定されれば剥籍（はくせき）が行われる。そうなると、そのモノの過去は消去され存在しなかった扱いになる。同僚だったホバクシャや上役ですら、そのモノの存在を記憶から消去される。

　チトセも駆け出しホバクシャの頃は三者編成であった。彼は目覚ましい成果を挙げた。それが高く評価され新しい職級が与えられた。

　それはココウホバクシャ（孤高捕縛者）という地位だ。分かり易く言えば単独捕縛者である。一人で侵蝕者に対峙することが許される。

　ただ単に成果を積み上げたり、卓越した実力があるだけでは目にとまることすらない。反転化しない強靱な精魂を持ち合わせていなければならない。

　彼は推挙されるまで、その兆候の一片すら見せなかった。永年、ココウボウカンシャとしての任務を遂行してきた。今の今まで、彼が反転化の兆候を見せたことは皆無である。現在は訳あって肩書き上はホバクシャに戻っている。決して問題を起こした訳ではない。

　彼は輝かしい実績を考慮され、上役への昇格を打診された。一回どころか、幾度（いくど）となくである。しかし、彼はその度に固辞した。

　最愛の人を亡くしたのが理由である。名前はキミと言った。遙か昔、彼と幼馴染みの彼女は未来を誓い合った仲だった。その時の彼は若き一兵卒であった。名前はシンカと言った。彼は功績を上げ彼女を迎えに行くつもりであった。しかし、彼女の集落は敵国の襲撃を受けた。その危機に駆けつけたが、彼女は弓矢を受け瀕死の状態だった。彼女は彼の胸の中で最期を迎えた。彼女は彼によって手厚く埋葬された。

　復讐を誓った彼は多大なる戦功を上げた。その後、二国間での国家存亡戦に臨んだ。その戦いにおいて敵国の総大将となった者を討ち取り第一級の殊勲（しゅくん）をあげた。

　国王は若き日より共に戦場を駆け巡った戦友のような存在だった。チトセは若くして大将軍に昇格し、広大な領地と俸禄を下賜（かし）された。

　その後、彼は敵国の残党狩りと国内の反対勢力の討伐に尽力し、国家基盤を強固なものとした。すると、彼は職を辞し全てを返上して帰郷した。表向きの理由は病気療養とした。権力闘争に興味はなく国王の為でもあった。彼は民衆に絶大な支持を受けていた。その支持を基（もと）に彼が蜂起するのではとの噂が出回っていたり民衆には熱望する者が大勢いた。しかし、彼には毛頭なかった。もし彼が官職に居続けることで、再び戦渦に巻き込まれようなことになると犠牲となるのは大半は罪なき民なのだから。

　主な理由は最愛の人を失ったことだった。彼は仇を討てば心が充足（じゅうそく）されると思っていた。しかし、彼に残されたのは彼女が傍（かたわ）らにいないという虚無感だけだったのだ。

　余生を彼は彼女の墓を見守り続けることに捧げた。毎年、命日には彼が植えた花が咲き揃った。それは彼女が好きだった花。彼女への手向（たむ）けとして。

　そんな彼も短い人生の終わりを迎えた。彼は境界門を潜（くぐ）ることなく居続けた。何十年とだ。そんなことをすれば悪霊化するのは本来必至であった。しかし、彼はそうならなかった。それで、彼はホバクシャとして見出（みいだ）された。

　そうなった彼は、転生（彼らの間では転魂と言う）した最愛の人をこれまでずっと見続けてきた。今世ではチアキなのである。

　いつの世にも共通することがある。最愛の人キミと同様に18歳の誕生日を迎えることはないのだ。いつの世も彼は最期を見届けてきた。

　ホバクシャの彼は必要に応じて様々な年齢の姿に変えることが出来る。その姿は、もし人間として転生（転魂）した時の姿だ。そのつもりは彼には全（まった）くない。

　いつもの朝の教室、今日も彼は日課であるチアキを数秒間だけ眺める。