第52話 最終決戦9


「こ、これは!」


 “カタブツ”は驚嘆きょうたんしたあと、袋のなかのある道具を握りしめた。


「またも借りるぞ、“厨二病”……!」


 ブォン、ブォンとメジャーリーグのホームランバッターが素振すぶりをするかのような耳を圧する風切かぜきおんとともに、左へ、上へ、縦横無尽に鉄の棒が乱舞らんぶする。

 プロペラのごとくまわしてから、脇へはさんで制止し、“カタブツ”は絶叫した。


「“厨二病”の、誇張しすぎたヌンチャク……! ホワァ!」


 前回同様顔が劇画調となり、その濃さも三割増しとなった。

 “お嬢さま”もまた袋をまさぐった武器を手にとり、あらんかぎりの力をこめてぶん投げる。


「“不用品回収業者”さまの、誇張しすぎたマイナスドライバーッ!」


 世界をねらうやり投げ選手のごとく、胸を張り、“お嬢さま”のその強靭きょうじんなる膂力りょりょくでもって、放物線をえがいてデス畳へと向かっていく。

 誇張されすぎたことによって、一本のマイナスドライバーは加速し、分裂し、50本を数えようかという大群となってデス畳へおそいかかる!


 デス畳はとっさに片方の畳で防御するが、ズドドドとたえまない豪雨のようにマイナスドライバーが降りそそいで刺さっていく。

 そうしているうちに、デス畳へ数メートルの距離までせまった“カタブツ”が、


「ウーワチャァ!!」


 と怪鳥けちょうのごとく叫喚きょうかんした。

 本来ならごく至近距離でなければとどかないヌンチャクだが、サイドスローのように“カタブツ”が腕を振ると、誇張されすぎたことによって巨大化し、伸長しんちょうし、マイナスドライバーとは逆側からデス畳を痛打つうだした!

 からくもガードしたデス畳であるが、一撃でもその重量のあるからだは浮き、さらに


「ワタタタタァ!」


 とやむことのない連撃を受ける。


「キ、サマら……! 調子にのるなよ、奥義――」

「いよぉ~おっ、“太鼓持ち”の誇張しすぎた太鼓!」


 ふたたび太鼓の波を受け、麻痺まひによって奥義の発動を中断させられる。

 さらには、


「“AVソムリエ”氏の、誇張しすぎたアダルトDVD!」


 と、投擲とうてきされたディスクがありえないほどの回転数で、『おぎゃーん』という奇妙な嬌声きょうせいをひびかせながら、寸前でかわしたデス畳の一部を切断して壁に刺さる。


 ――“わけ知り顔”である。


 先ほど“太鼓持ち”が、いくつかの道具を手もとに置いたのち、「“マナー講師”の誇張しすぎた指示棒」を10メートル以上にものばし、袋を“わけ知り顔”のそばへとどけたのだ。

 そして、“ゲス野郎”がその長い舌を出しながら、


「いっぺん、刀で切ってみたかったんだよなぁ……。“剣豪”の、誇張しすぎた日本刀ォ!」


 ベロリと刀身とうしんをなめたのち、身動きとれぬデス畳へと振りおろす。

 日本刀は厚くも長くもならず、一見して誇張しすぎたようすを見せていなかったが、振りおろされる段になると超音波カッターのごとく高速振動をしはじめ、なんの鍛錬もしていない“ゲス野郎”の太刀筋たちすじであってもみごとにデス畳を切り裂いた!


 人でいえば右肩といえばいいのか、その屈強くっきょうなる畳を、上から切り進んでいく。

 このまま真っ二つになって終わりかとだれもがわずかに息をもらしたところで――ピタリと、そのやいばがとまった。


 “剣豪”のときと同様に、隆々りゅうりゅうたる筋肉を固く締めるがごとく、いぐさの密度を瞬間的に増強させ、刀の進行を防いでみせたのだ。


「う、う、動かねぇ……!」


 先ほどのような憤然ふんぜんたる態度ではなく、黎明れいめい湖面こめんのごとくいだ調子で、デス畳が言う。


「キサマら……全員、もれなく……」


 目をあげ、視線でつらぬく。


「殺しつくす」


 片方の畳を強風が発生するほどの速度で振り、刺さったままであった大量のマイナスドライバーを、部屋全体へ広く投げかえす。

 フン、という気合とともに日本刀を折ってみせると、眼前がんぜんの“ゲス野郎”へもう片方の畳を振る。


 “ゲス野郎”からすれば、大型トラックのごとき鋼鉄の壁が、アクセル全開で自身へ迫っているのと同じことであった。

 その視界には、一面の死がうつっている……


「……ついに地獄行きかぁ?」


 観念したようにつぶやくと、ふっと、とある影が視界にまぎれこみ、自分をドンと押し出した。


 ――“カタブツ”である。


 おそらく思考する時間さえなく、とっさに、かばおうとしたものと思われる。

 “ゲス野郎”の脳裏のうりでは、その影に、“いつもどこか他人事ひとごと”の影が重なって……


「どいつもこいつも、バカが……!」


 腹に仕込んでいたあるものを思い出すと、とっさにつかんで、投げる。

 それと“カタブツ”とは、音さえ置き去りにするほどのデス畳の一撃を正面から浴び、10メートル近くもはげしく吹き飛ぶと入口の壁が一部砕かれるのが、見えた。


「“カタブツ”さま……!」


 “お嬢さま”がおそいくるマイナスドライバーを身をよじってかわしつつ、悲鳴をあげる。

 “ゲス野郎”は髪ひとすじの距離でその一撃からのがれながら、押されたことで体勢をくずし、尻もちをつくと、さけぶ。


「“悪魔ばらい”の誇張しすぎた聖書を緩衝材かんしょうざいとして挟んだから、運よきゃ助かる! それよか目をはなすな!」


 その警告に応じるように、デス畳が黒い瘴気しょうきを身にまとい――


「コントロールできんから、わるく思うな。最終奥義――」


 デス畳の名のとおり、かぐわしき死のけはいを、濃厚にただよわせる。


「〈畳が世界を審判する日デス・ジ・エンド〉」


 瞬間、静寂が世界を満たした。

 なんの音もしない……色さえも、うばわれたように、思われた。

 黒白こくびゃくの空間で、やがてデス畳だけが動き出す。

 ほんのわずかな動きであった。

 振動といっても、さしつかえない。

 視界のなかのデス畳が、ごくかすかに、ぶれている。

 しかしそうではないことが知覚されたのは、何十回目かの振動をなしたあとであった。

 音が……なにかが破壊される音が、時間差でひびいてくる。

 天井のコンクリートのかたまりが、落下してくる。

 壁が砕ける。

 床に穴があく。

 メカ畳が据えられていた機械が、砂の城ででもあったかのように、ふれたはしから粉砕ふんさいされていく。

 いかな動体視力をもってしてもとらえられぬスピードで、デス畳がスキマも残さず空間をはねまわっているのだ。

 空間すべてを破壊しつくす最終奥義……

 研究室が崩壊してゆく。

 いや、この洋館そのものが……

 苦痛のうめきをあげるいとまさえもなく、あらゆるものが原型げんけいをなくしてゆく。

 地鳴じなりとともに揺れ、駆体くたいごと崩壊していくさまは、悲願はたせず洋館が泣いているようでもあった……

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