第23話 地下探査組――ミニ畳の交尾に驚愕する“可憐”


「ん、地震か……?」


 “カタブツ”が、地下のある部屋で時計の長針をまわしながら、わずかな異変に反応してつぶやいた。

 このときの“カタブツ”たちに知るすべはなかったが、まさしく二階でのデス畳と“ゲス野郎”たちの死闘が振動として伝わってきたのであった。


「いや、こわい……!」


 “可憐”が、かれんなしぐさで“カタブツ”の二の腕にそっとふれる。


「しかし……地震にしては断続的ですね。揺れもごくわずかですし、気にするほどでもないのでは。もしかしたら、上でデス畳があばれている可能性もありますが……」


 “わけ知り顔”がメガネをクイッとあげながら状況を分析し、“カタブツ”が応じてうなずく。


「たしかにそうだな……。ともかく、先を急ごう」


 ミニ畳も「うむ」と言いたげに、“お嬢さま”の腕のなかで重々しくうなずいている。


 「地下探査組」として手紙に書かれていた兵器ヽヽを探しに出かけた“カタブツ”、“お嬢さま”、“可憐”、“わけ知り顔”、そしてミニ畳の4名と半畳はんじょうであったが、ただ地下へおりるだけかと思いきや出発当初から難渋なんじゅうしてしまった。


 手紙の裏にあった建物の間取り図に、地下へつながるものとおぼしき階段がえがかれていたものの、実際に行ってみるとそんな階段はどこにもなかったためである。

 間取り図が示すキッチンの床には、一見床下収納のようにしか見えない扉があり、そこには暗証番号として4ケタの数字を合わせなければひらけないカギがかかっていた――


 ダイヤル錠のような数字を回して合わせるタイプのもので、いまは〈0000〉となっている。

 試しにぐっと力を入れて引いてみるが、ガチャリという拒絶の音を発するのみだ。


「どうする……総当たりで行ってみるか」

「どうでしょう。3ケタならまだしも、4ケタだと、えー、そのまま一万パターンでいいのかな。番号が後半じゃないことに賭けるとしても、かなり時間がかかるかと……」

「どこかに、忘れたとき用のメモかなにかを残してらっしゃらないかしら……」 


 間取り図をすみずみまで凝視ぎょうししてみるが、ヒントらしきものも見あたらず、ひとまずキッチンを探す一行。

 といっても一般家庭にもあるような食器や調理器具しか見あたらないのであったが、


「おやぁ?」


 と引き出しのひとつをあけた“わけ知り顔”が頓狂とんきょうな声とともにメガネをクイッとあげた。


「どうした、“わけ知り顔”」


「いえ、不自然にメモ用紙みたいなものが置いてあったものですから、もしやと思ったのですが……白紙でした。すみません」


「そうか……うーむ、こちらも見あたらないな。念のためと、食器棚の上あたりも見てみたが、特になにもないし……」


 と、引き出しに入っていた木製のめん棒をひょいともちあげ、その下を確認し、もどしながら“カタブツ”が応答する。

 が、そこで


「あ痛っ!」


 と“わけ知り顔”がうめいた。

 ミニ畳が、卒然そつぜんバシバシと“わけ知り顔”のふくらはぎをたたきはじめたためだ。


「ちょっとちょっと、どうされましたの。人のことをたたいてはいけません。めっ、ですよ」


 制止する“お嬢さま”であったが、ミニ畳はちらっと“お嬢さま”を見あげ、「たみ、たみ!」とうろたえながらなおも“わけ知り顔”の足をバシバシとしばきつづける。


「痛い痛いっ、なんですか、この紙がほしいんですか?」


 不意の襲撃からのがれるため、“わけ知り顔”がとりあえずメモ用紙をさし出してみると、ミニ畳は「たみぃ」と両端でそれをうれしそうに受けとるのだった。


「ふふ、こんな白紙をほしがるだなんて、まるで幼稚園児の甥っ子のようですね。どうれ、クレヨンでも探してきてあげましょうか」


 悲鳴のわりにはそれほど痛くもなかったものと見え、自身の甥と接するときのようにほほえむ“わけ知り顔”。


 ――が、ミニ畳は紙を床に置き、なにを思ったのかいきなり紙のうえへとダイブした!


 さらに動物が自身のニオイをこすりつけでもするように、グリグリヘコヘコと紙に自身のいぐさを押しつける。摩擦まさつする。圧をかける。


「これって、まさか、交尾……」


 見る人が見れば卑猥ひわいな腰ふりのごとき動きにも見え、余人よじんに聞こえるか聞こえぬかの声で、“可憐”がゴクリとつばをのんでつぶやいた。


 彼女が中学生だったときのことである。母親の友人一家が数日間旅行へ行くというので、家で「ヘラクレス」という名まえのイヌを預かったことがあった。


 名まえの雄々しさに比して、ふわふわの毛をまとったオスの小型犬だったので“可憐”はたいそうかわいがっていたのだが、その一家から「これ、ヘラクレスのお気に入りだから」と渡されていた大きなぬいぐるみをさし出すと、突如大興奮したヘラクレスがそのぬいぐるみにかぶりつくではないか!

 そして、屈服くっぷくさせるようにぬいぐるみに覆いかぶさり、ヘコヘコと必死に腰をふり出す。

 彼女はなにをはじめたのかと困惑したのだが、となりで兄が


「へへっ、かわいい顔してコイツも男ってことだな……」


 とつぶやいたことで、「これはどうもそういうヽヽヽヽ行為らしい」と察すると、見ているのが急激に恥ずかしくなり“可憐”は兄にローキックをくわえた。


 まさしくミニ畳の動きはそのときのソレヽヽであり、いぐさでできている畳が紙に欲情するのかもさだかでないが、ともかくもミニ畳がヘコヘコを終えたのち、ふーっと立ちあがる。

 すると――白紙に〈7026〉という数字が浮かびあがっているではないか!


「あっ、そういう……」


 理屈はわからないが、どうもこすることで数字の浮かびあがるしくみだったらしく、“可憐”は思いこみでつぶやいてしまったことに気づいて耳まで真っ赤にそめる。

 だれにも聞こえてなければいいがとちらりとあたりをうかがうと、となりにいた“わけ知り顔”が頭をかきながら不必要にでかい声を出した。


「いやー0721って出たらどうしようかと思いましたよ!」


 “可憐”の交尾発言がばっちり聞こえており、おのれに恥を移すために慣れない下ネタを言い放ったものらしく、“わけ知り顔”の顔だけでなくメガネまでも心なしか赤くなっているように見える。メガネのクイクイも高速である。

 耳をそめたままの“可憐”がなにも言わずバシッと“わけ知り顔”の肩をはたくが、“カタブツ”と“お嬢さま”はいまひとつピンと来ていなかった。


「……まあなんだ、ともかく、もしかしたらこれが暗証番号かもしれない。合わせてみよう」


 と床についた扉へとむかう“カタブツ”。

 それにあたり、“わけ知り顔”がポツリと、


「……爆発とか、しませんよね」


 下ネタなどなかったかのような顔で、物騒ぶっそうな可能性をささやく。

 言われてはじめて思いあたったらしい“可憐”と“お嬢さま”が「ひっ」と手をあわせてちいさな悲鳴をあげ、“カタブツ”は「ふむ……」と考えこんだ。


「いえ、すみません……。ブービートラップみたいなヤツといったらいいのか、私の好きな謎解きゲームとかで『まちがえた瞬間ドカン』でゲームーオーバーって展開を見かけるもので、つい……」


「いや、たしかに言われてみれば、畳が殺人マシーンになるだなんて奇妙きわまる現象が起きたこの屋敷だ。手紙の『危険』という文言もんごんといい、なにが起きてもおかしくはない……。みんな、下がっていてくれ。全員で被害にあうことはないだろう」


 言いながら、ゴクリと恐怖ごとつばを飲みくだし、“カタブツ”がみなを下がらせた。

 “わけ知り顔”と“可憐”は部屋のそとの廊下へと避難し、奥からのぞきこんでいる。ミニ畳も、意味がわかっているのかいないのか、足もとでふたりのマネをしてちょこんとからだを出した。

 “お嬢さま”だけが、心配げに“カタブツ”のとなりへ座る。


「“カタブツ”さまだけに危険を負わせるわけには……まいりません。わたくしは、いつもそばにおります」


 そう“カタブツ”をまっすぐに見すえる。

 が、彼女のにぎったこぶしがわずかにふるえているのを見てとった“カタブツ”は、覚悟のためにけっしていたまなじりをやわらげ、やさしく語りかける。


「“お嬢さま”。キミの責任感はいつだって高潔こうけつで、自分を勘定かんじょうれない。そんなキミのことを、ぼくは尊敬している。だが、これほどにサークルのメンバーが減ってしまったいま、ひとりでよかった犠牲をいたずらに増やすのは、決して、人の上に立つ人間として正しい判断とはいえないんじゃないだろうか。キミのお家柄いえがらと、なによりキミの能力を考えると、キミはきっと、将来人の上に立つ人間になるだろう。そうした人間は、ときに冷徹れいてつに、最少の犠牲ですませる判断をくだすことも必要なんじゃないだろうか。ぼくは、いまはキミに……下がっていてほしい」


 そう告げたのち、ふたりはなにも言わずしばらく視線をかわしていた。


 “カタブツ”の目には、きよらかな森の泉に洗われたような、ぬれた大きなひとみがうつっている。

 “お嬢さま”の目には、荒野こうやに燃える夕焼けのような赫灼かくしゃくたるひとみがうつっている。


 ――“お嬢さま”が、一瞬かなしそうに目を伏せたあと、悟られぬように凛然りんぜんたるおももちで“カタブツ”を見つめ直した。

 そのあと、やわらかにほほえむ。


「承知しました……でも“カタブツ”さま。仮に爆発物がしかけられていたとしても、すぐに起動するかはわかりません。万一のことがあれば、すぐにこちらへ避難してくださいまし」


「うん、そうしよう。ありがとう……“お嬢さま”」


 と“カタブツ”もまたみをかえして、“わけ知り顔”たちの待つ部屋のそとへと向かう彼女を見送る。

 そうしながら、


「ぼくは……一度、すでにまちがえてしまったから、その責任をとらないと……」


 とつぶやいたことばは、部屋の空気にまぎれて、“ゴリラ”たちくなったサークルメンバーのもとへのぼってゆくように、やがて溶けて消えてゆく。


 振りはらうように、すぐに床の扉へと向き直った“カタブツ”は、紙に浮かんだ〈7026〉という数字を、ひとつひとつ慎重に合わせていく。


 7


 0


 2


 そうして最後のひとつを、ふぅぅと肺にたまった息をすべて出し切るように吐いてから、ゆっくりとまわす。


 ……6


 なにも、起きない。


 安堵あんどの息をもらした一同と、「大丈夫そうだ」とふりかえった“カタブツ”の頭のうしろから、


〈ピッ、ピッ、ピッ〉


 という、カウントダウンを思わせる電子音がひびきはじめ、“カタブツ”の思考を恐怖と混乱で凍結させる――


「“カタブツ”さま、こちらへ!」


 必死の形相ぎょうそうで、“お嬢さま”が“カタブツ”へと手をのばした。

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