二十八、洞天仙会〈三〉
数十秒の落下の後、
「ふぅ……」
目を開くと、奈落の底は鍾乳洞よりも劣悪な場所だった。グツグツと音を立てる溶岩はまるでマグマみたいだ。黒くて赤い。上を見上げると、近くに黒い空が広がっている。
(ここが黑熾山だな)
ふと耳を澄ませると、どこからかクチャクチャと耳障りな咀嚼音が聞こえてくる。
かと思えば、その咀嚼音が鳴りやみ、今度は低い男の声が耳に届いた。
「お、エサがやってきたみてェだな」
「っ!?」
いつの間にか、背後にヤツがいる。
(怯えるな
この妖魔さえ倒せば、
怪牛よりもずっと大きなその妖魔は血のように全身の赤い二足歩行の狼で、大きく膨らんだ両手の先はメラメラと炎が燃え盛っている。ギョロリした眼は
「ヒヒ、待ちくたびれたぞ」
それも、あの霧は奈落へエサを誘い込む罠だったからだ。南峰の修仙者たちは既に奈落に誘い込まれて
「ンンー?」
ドンッと身をかがめて、
「この匂い……貴様、何者だ?」
そうして、
「フハハハハ!!! 妖魔界の王ともあろう者が、小物に化けてのこのこと儂の口へ入ってくるとはな」
(あー嫌だ嫌だ、さっさと倒してしまおう)
「蒼炎──」
しかし、術を発動させる前に、
「儂はキサマにはうんざりしてたのだ。今日、キサマを喰ってその座を奪ってやろうじゃないか!」
「かはッ……!!」
「しかしキサマ、手応えがなさすぎる……。はて、王とはこんなにも貧弱だったろうか……」
憐れみを浮かべて
(今のままじゃ、滅火の術を発動できない。こうなったら……)
段々と身体が燃えるように熱くなっていき、視界が赤く染っていく。じわじわと体内に魔力が巡るのを実感する。
「……俺が生き延びるために、おまえには死んでもらわなきゃなんない。その後、おまえが転生できるかは知らないが」
「キサマ……」
突然、雰囲気の変わった
(今、俺は妖魔王の姿になっているに違いない)
変身した自覚はあった。手足も長くなり、体内の魔力も解放されている。
しかし今回は鍾乳洞の時とは違い、自ら願って変身したのだ。そのためか誰かに操られているような感覚もなく、自分の霊力で魔力をコントロールできている。
「はぁぁ……」
「蒼炎舞!」
そして、仙術を唱えるとたちまち蒼炎は
「そんなもので儂をやれるとでも──ッ!?」
「滅火」
「グァァァ───ッ!!!」
この秘術を唱えると、攻撃対象の内部を氷の波が侵していき、対象が火狼族である場合はその真ん中に灯る核──生命の火を消滅させる。一撃必殺の仙術である。
「なぜ、貴様がそれ、を……」
しかし、
「ふん、教えてやるもんか。人を喰いまくった罰だと思うんだな」
あんなに恐れていたのに、呆気ないものだ。秘術の効果、そして妖魔王との実力差は残酷なまでに大きいのだろう。
そしてぐいーっと大きく伸びをして、「はぁ……」と深呼吸した。これで終わった。とうとうやってのけたのだ。
「
二人は今頃雨の中で身を寄せあっているだろうか。ちゃんとイベントが進んでいたらいいのだが。
いつまでもここに留まっているわけにもいかないため、
「ここから出るにはっと……」
◇◇◇
転送先は
「あ、師兄!」
そして、
「
「
「はは、実はまた妖魔と接触しちゃいまして……。監視鏡は直に元通りになるはずです」
あの凝った罠は
「また交流会の時のようなことが起こったのか?」
「まあ、そんな感じで……」
どこから説明しようか考えあぐねていると、突然
「微かにあの人の力を感じる……。まさか、また妖魔王に変身したのか?」
確信を宿す眼差しを向けられ、
「フフ、わたしの忠告通り、魔力をコントロールできたみたいだね」
すると、
(一体この人はどこまでお見通しなんだか……)
この男は、
「師兄、後で詳しくお話します。まずは
「ああ」
二人のいる場所を知っている
「話は後で詳しく聞かせてもらうが、あまり危ないことはしないでほしい。……気が気でない」
「師兄……。多分、今回のが人生最大級の山場だったんで大丈夫です!」
◇◇◇
八仙門も関わっているため、仙会が中止されることはなく、この騒動は東峰だけが知ることとなる。
無事に
そして、「今度は仙界ですかね〜!」と浮かれ出すので、「ダメだからな!?」と念を押す。
今後、平和思考へと教育していかねばならない。
曰く、「面倒ごとにはならないようにするから安心して」とのことだ。
「
「ほはひぅ、ほへん」
泣き顔の
「君が無事でよかった……」
「心配してくれてありがとう」
彼氏面で
(ああ、生きててよかった……どんどんイチャついてくれ……俺の努力も報われたってもんだ)
内なる
そしてちゃっかり、
「この半年長かったけど、なんとかなったなぁ……」
(これからは
今後の課題は魔力を完璧にコントロールできるようにすること。妖魔界を鎮めること。そして、
ラスボスは倒される運命ならば、ラスボスにならなければいい。
(『桔梗仙郷伝』じゃこんなの序盤だし、ついでに今世はバグも多いしな……)
修仙者は普通の人間とは違い、寿命が数百年にも及ぶ。
(絶対長生きしてやるぞー!)
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