二十七、洞天仙会〈二〉

「全然見つからないね」

「うん、高ランクの妖魔とも遭遇しねーし……」


 洞天に入って、山の散策を始めてからからかなりの時間が経過しているが、一向に天宝は見つからない。

 この難航した状況は原作に沿っており、宵珉シャオミンの想定通りだった。


(実は天宝の場所知ってるよーって言えたらいいんだけどね)


 『桔梗仙郷伝』の作者である宵珉シャオミンは、もちろん天宝の在処も天宝が何なのかも知っている。しかし、それを言ってしまってはこれから始まるイベントに支障をきたしてしまう。


「あれっ、急に天気が……」


 ふいに、後ろにいた角柳ジャオリウが空を見上げて首をかしげる。

 宵珉シャオミンもつられて天を仰ぐと、晴れ渡っていた青空が暗く灰色に変わっていた。どこからか霧が発生して、周りの景色も曇ってきているような気がする。


「なあ、あれ……」


 華琉ホァリウが驚愕の表情を浮かべながら、奥の方の地面を指さす。


華琉ホァリウどうした……っ!?」


 宵珉シャオミンはハッと息をのむ。

 華琉ホァリウの指を追っていくと、そこには男が倒れていた。それも五人も。疎らに生えた枯れ木が、男たちを覆うようにして曲がっている。


「この人たち、さっき出会った南峰の先輩たちじゃ……」


 晏崔ユェンツェイは瞠目する。

 たしかに、この男たちは先程ちょっかいを出してきたバイ派とガオ派の弟子だった。


「息をしてない……」


 宵珉シャオミンは恐る恐る近づき、仰向けに倒れる男を観察する。男は青白い顔で生気がなく、脈が止まっていた。他の男たちも魂が抜けた人形のように静かに横たわっている。


「そんな……」

「こいつら、死んでるってことか!?」

「残念だけど……。これは妖魔の仕業かな」

「修行に危険はつきものっていったって、仙会でここまでするのか……?」

「ここにいた妖魔が想定よりも強かったのかも」


 突然の出来事に、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウは動揺してその瞳を揺らす。

 そして、周囲を警戒しながら状況確認をするうちに、華琉ホァリウがあることに気がつく。


「なあ、角柳ジャオリウ綺珊チーシャンはどこいったんだ?」

「はぐれた!?」


 同様に晏崔ユェンツェイも二人の不在に気がついたようだった。


(ついに始まってしまった……【晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウ急接近・阿珉アーミン絶命ルート】が……!)


 晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウが混乱する一方、これもまた宵珉シャオミンにとっては既知の事柄であった。


 この霧の中の亡骸発見こそが、『桔梗仙郷伝』洞天仙会編・本編の始まりである。

 一刻程前の男たちとの遭遇では、彼らの死の運命を知っているが故にどんな顔をしていいか分からなかった。


角柳ジャオリウ! 聞こえるか!?」


 晏崔ユェンツェイはこめかみに指を添えて、角柳ジャオリウとの通信をはかる。しかし、どれだけ呼びかけても一向に繋がらない。


「だめだ、繋がらない」

「俺もだ。少し前までそこにいたってのに……」


 華琉ホァリウ綺珊チーシャンに語り掛けているが、返事は帰ってこないようだった。


『──陛下、聞こえますか?』


 ところが、繋がらないはずの綺珊チーシャンの声が宵珉シャオミンの脳内に響いてきた。


綺珊チーシャン!?』


 それに対して、宵珉シャオミンも声には出さず返答する。


『よかった! 繋がりました! 今、角柳ジャオリウとかいう人間と一緒にいるんですけど……突然陛下の気配が途切れてしまって』

『今、どうやって俺に繋いでるんだ……? 霊気を通しての意志の伝達は途絶えてるはずだけど』

『はい、通常の術では繋がらなかったので、恐れながら魔力を通して語りかけてます』

『おお……魔力クソ便利だな』


 そんなことまでできるのかと素直に感心してしまう。


(これが脳内に直接語りかけるっていうあの……じゃなくて!)


 宵珉シャオミンは無駄な思考を止めるためぶんぶんと頭を振り、今回の計画を打ち明けることにする。


綺珊チーシャン、俺は大丈夫だ。……実は、これから内密に餐喰散サンハンザンを倒しに行く』

『えっ!? あの犬がここにいるんです!?』

『しーっ! 角柳ジャオリウにも他の者にもなにも言うなよ。ただ"はぐれた"ということにしておくんだ。これは内密だからな!』

『わかりました! いやぁ、流石陛下ですね〜楽しみにご報告待ってますね』

『はーい』


 本来であれば不安でたまらない状況だが、宵珉シャオミンは配下との呑気な会話を終え、もはや爽やかな気分だった。

 

宵珉シャオミン、大丈夫か……? ぼうっとして」

「あ、ごめん! 俺は大丈夫!」


 華琉ホァリウ自身も落ち着かないだろうに、宵珉シャオミンのことを心配してくれる。

 全てを知っているだけに罪悪感が重くのしかかる。はやく餐喰散サンハンザンを倒して、華琉ホァリウを安心させてあげたい。


「天宝探しどころじゃなくなってしまったね。状況が分からない以上探索は中断し、はやくこの場から離れて師尊に報告しよう」

「ああ。二人が無事だといいんだが……」


 今亡骸を持ち帰ることはできないため、三人は黙祷してから、その場を立ち去る。


 しばらく洞天の出入口を目指して歩いていくが、いかんせん霧が濃いために今自分たちがどこにいるのか、この道が正しいのか分からない。

 それどころか、足元まで霧が迫ってきており、ちゃんと正しい道を歩けているのかも視認できない状況だった。


 そして、【ルート】は順調に進行していき、ついにその時がやってくる。


「一体どこがどこだか……」


 華琉ホァリウはきょろきょろと辺りを見回しながら、山道を歩いていた。


 グシャッ


「え?」


 少し横に逸れていた華琉ホァリウがある地点を踏んだ時、地面が崩れる音が鳴った。その刹那、嘘のように霧が晴れて山道が鮮明に見えるようになる。


「は……」


 自分の状況に気がついた華琉ホァリウは色を無くしてヒュッと喉を鳴らす。


 断崖。一歩踏み出した華琉ホァリウの右足は、宙に浮いていた。──そこにあるはずの足場がないのである。


華琉ホァリウッ!!! 危ないッ!!!」


 晏崔ユェンツェイが血相を変えて叫び、華琉ホァリウに精一杯手を伸ばす。しかし、距離があったために華琉ホァリウには届かない。その顔が絶望に染まる。


 華琉ホァリウの身体が奈落へと傾いていく。その先には底の見えない奈落が待ち受けている。宵珉シャオミンにはその様子がスローモーションに見えた。

 "華琉ホァリウを助けろ"と本能が叫ぶ。


華琉ホァリウッ!!!」


 宵珉シャオミンはタッと地面を踏んで跳び、華琉ホァリウへと手を伸ばす。


「……っ!」


 その縋るような頼りない瞳と目が合った瞬間、宵珉シャオミン華琉ホァリウの後ろに周り、グイッと晏崔ユェンツェイの方へと押し出していた。


(はは……崖から落ちるのってこんな感じか……)


 奈落へと身を投げた宵珉シャオミンは浮遊感に包まれる。今まさに、宵珉シャオミンの身体は落下していた。


宵珉シャオミンッ!!!」


 崖の上から華琉ホァリウの叫び声が聞こえてくる。もう、姿は見えない。しかし、その声だけはハッキリと耳に届いた。


(二人共! 俺を犠牲に愛を深めろよ……!)


 これも全て計画通り。宵珉シャオミンは心の中でウインクを送る。


 それから、打ち身で死なないように背中に霊力を集めた。阿珉アーミンも落下死はしなかったという設定にしていたが、念には念をだ。


 最後に宵珉シャオミンはゆっくりと目を瞑り、あとは重力に身を委ねるのだった。

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