八、初修行

 日が登り、窓から光が差し込んでくる。

 部屋にドゴンッという大きな音が響いて、宵珉シャオミンは目を覚ました。


「ふぁ……こんな朝からなんだぁ?」


 宵珉シャオミンは眠たげな目をうつらうつらとさせながら寝台を這い出て、寝間着のまま、よろよろと部屋の入口の方へ歩いていく。

 先程の大きな音は隣の華琉ホァリウの部屋から聞こえてきた。


華琉ホァリウー?」


 宵珉シャオミン華琉ホァリウの部屋を覗き込むと、寝台から仰向けに転がり落ちたような状態の華琉ホァリウが目に入った。

 はみ出したシーツと共に髪が広がり、枕も床に転げ落ちている。


宵珉シャオミン……」


 華琉ホァリウはひっくり返ったまま、なんとも言えない表情で宵珉シャオミンの名を呼んだ。


華琉ホァリウ!?!?」


 宵珉シャオミン華琉ホァリウの腕をぐいっと引っ張って起こしてあげる。


「ありがとう」

「一体何があったんだよ、寝相が悪いどころじゃないよな」

「はぁ……霊気を取り込む修行してたんだよ。そしたら力が入りすぎちゃって……」


 華琉ホァリウは珍しくしょげているようだった。眉も目尻も垂れていて、いつも綺麗に結んでいる髪は転げた衝撃で乱れていた。

 こんな顔を見せてくれるとは、華琉ホァリウは思っていたよりも阿珉アーミンに気を許していたらしい。


「うぇっ!?」

「なんだ、そのマヌケ面は」


 宵珉シャオミンが友情を噛み締めていると、華琉ホァリウ宵珉シャオミンの頬をむにぃと引っ張ってくる。


宵珉シャオミン、起きたならお前も修行しろよ。イェン派との交流会だって近いんだ。術を磨いておかないと」


 華琉ホァリウはパッと指を離して宵珉シャオミンに忠告する。そして、また寝台の上に登って目を瞑り、足を組んだ。


「それもそうだ。晏崔ユェンツェイに負けるわけにはいかないもんなぁ?」


 宵珉シャオミンがわざとらしくそう言うと、華琉ホァリウはムッと顔を顰める。


「くそっ、今度こそ打ち負かすからな! 晏崔ユェンツェイなんかに負けてたまるか!」


 華琉ホァリウは一層気合を入れて、霊力を吸収するためにぎゅっと目を瞑った。


(ふふふっ、やっぱり晏崔ユェンツェイのことは意識しまくりだ)


 後々伴侶となる相手に向かって闘志を燃やす華琉ホァリウに、宵珉シャオミンはにやけそうになる顔をなんとか堪える。


 修行の邪魔をしてはいけない。

 宵珉シャオミンは「頑張れ!」とだけ言い残し、隣の自室に戻って行った。


◇◇◇


「さてさて、二度寝したいところだけど……」


 宵珉シャオミンは布団の中に戻ろうとする身体を無理やり引き止める。

 昨夜は苓舜レイシュンのせいでドキドキして、全然眠れなかった。夜ご飯もあまり味を感じなかったし、湯浴みだって上の空で、ついつい逆上せそうになってしまった。


 結局、"仙人様"が何者なのかも苓舜レイシュンの取り乱した表情の意味も分からない。

 というか、突然の近距離にドキドキしすぎて、苓舜レイシュンが他になんて言っていたか覚えていない。

 あの感じだと、直接聞いても教えてくれなさそうだ。


「昨日のことは一旦置いておこう……」


 今日と明日は苓舜レイシュンの座学は休みで、弟子はそれぞれ自主練をする日である。

 そのため、苓舜レイシュンと会う機会はない。彼は今日、どこで何をしてるんだろう。


「修行しますかぁ……」


 今の宵珉シャオミンのちっぽけな霊力じゃ、餐喰散サンハンザンを倒す秘術を会得したところでそれを上手く使えるかもわからない。

 少なくとも、練気期後期くらいにはステップアップしておきたいけど……。


 宵珉シャオミンリン派教書を引っ張り出して、パラパラと捲る。この教書は初級段階の修行方法と解説が載っている入門書みたいなものだ。


「理屈は全部知ってるんだけど」


 教書に書いてあるのは全部宵珉シャオミンの頭の中から捻り出した修行方法ばかり。

 まあ、この世界を作った張本人であるから、それは当たり前なのだが、もっとこう、宵珉シャオミンですら知り得ない未知の功などが書いてあったらいいのに。


 まあ、理屈で分かっていても実践できるかは分からない。宵珉シャオミンは前世で修行などしたことがないのだから。


「霊草とか落ちて……ないよなぁ」


 伝説の桔梗のような霊花や霊草を取り込めば、一気に霊気が吸収されて霊力が蓄積される。

 しかし、それらは天材地宝と呼ばれる希少なアイテムであるから、そこら辺には生えていない。


「あとは……あ、」


 もうひとつ、効率が良く手っ取り早い修行方法がある。二者間で繋がりを持ち、霊力を高め合うアレだ。

 しかし、それは宵珉シャオミンにはムリだ、多分。というか、相手が……。


「うっ、なに考えてんだ!」


 苓舜レイシュンとなら……などと考えてしまった頬を抓る。思わず紅く染ってしまった顔が熱い。

 我ながら不純すぎるし、望みはゼロに近い。


(この方法はナシだ、ナシ……!)


 宵珉シャオミンは諦めて地道に修行をすることにする。


「やるかぁ」

 

 まずは、床に座して楽な体勢にし、目を瞑る。そして、霊根を活性化させて、仙郷に漂う霊気を吸収するイメージで、体内の気を循環させる。

 リン派の仙郷は潤沢な霊脈を持っているから、初期段階の修仙者たちにとっては余りある霊気が充満している。


(うおお! よく分からないけどなんか強くなってきてる気がする……!)


 どくどくどく、と脈打つ。

 初めての修行だったが、霊気が体内に吸収され、霊根に霊力が蓄積していく感覚がする。


(えっ、なんか簡単すぎない? これであってるの!?)


 なんだか、スムーズに行きすぎてる感じが。宵珉シャオミンはそう思いつつも、修行を続けた。


◇◇◇


「ふぅ……」


 気がつけば座禅を組んでから五時間が経っていた。恐ろしい集中力だ。前世で一日中ノートパソコンに向かって執筆していたときの経験が役に立ったのだろう。


「つかれたぁぁ……」


 宵珉シャオミンは重力に身を委ねて後ろ向きにぼふんっと倒れる。柔らかいシーツが宵珉の身体を受け止めてくれた。

 背に汗をかき、足は痺れて痛い。

 だが、宵珉シャオミンはそんな痛みを感じる余裕もないくらいに高揚していた。


 基本、修仙者は何十日、何百日と月日をかけて霊力を蓄えていくのだが、宵珉シャオミンは数時間で霊力が申し分ないほど満たされてしまった。


(転生者特有のご都合最強設定ってヤツですか……!? それとも、妖魔王の器だから?)


 これはとんでもないことである。

 新入り弟子の行う修行を一日で終えてしまったのだ。

 しかし、この先は少し気合を入れて、境界と呼ばれる壁を突破しなければ、次の修行段階には進めないはずだ。


「うーん……でもなんか、境界突破もできちゃいそうな感じなんだけど」


 今、宵珉シャオミンは同時に入門したどの弟子よりも上の段階にいる。そこからさらに強くなり過ぎるのも不自然だろうから、突破はしばらく保留にしよう。


「そうだなぁ」


 今度は何をしようかと頭を捻らせる間に、ふと、部屋の隅に置かれた長剣が視界に入った。


◇◇◇


 次は実践演習だ。実際に身体を動かして術を発動してみなければ始まらない。


「ここら辺かな」


 宵珉シャオミンは宿舎を出て、リン派の演習場に来ていた。腰には先程見つけた長剣を携えてある。


 書院で見たことあるような者も数人修行していたため、「あの宵珉シャオミンが演習場に……!?」などと驚かれてしまった。

 厄介事は避けたいから、宵珉シャオミンはそそくさと誰もいない隅の方に移動する。


「ここなら、何してても誰も気にしないだろ」


 宵珉シャオミンはキョロキョロと周囲を見渡して、他の修仙者が居ないことを確認すると、


(ええと……リン派の技はたしか……)


蒼炎舞そうえんぶ!」


 宵珉シャオミンが術を唱えると刀身からぶわっと蒼い炎が上がる。

 宵珉シャオミンは驚く、まさか今日の修行だけで術まで使えるようになるなんて。


「うぐっ、剣って重いなぁ……なんかちょっと錆びてるし」


 宵珉シャオミンの剣はきらきらとした輝きは放っておらず、なんだか鈍って見える。阿珉アーミンがずっと使っていなかったからだろう。しかし、他に武器は持っていないみたいだ。


(でもほら、扇とか札とかの方がスマートでかっこいいじゃん? 運動神経悪くてもなんとかなりそうだし)


 よし、新しい武器を手に入れよう。

 宵珉シャオミンはそう考え、武器庫へ足を向けたのだった。

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