第30話 酸人形創造形態、ストライクガイアベアー

「むっ⁉」


「雰囲気が変わった? 気をつけろ力!」


 動きを止めていた酸人形から漂う雰囲気が突然変わる。警戒する二人の前で、酸人形は溶けて酸だまりに戻ったかに見えた。一瞬の静寂の後、まるで間欠泉のように真上に噴出して、そのまま天井を酸で溶かして外へ飛び出していく。


「市長!」


「大丈夫、片倉君。ちゃんとやっているから」


 世にも奇妙な酸の柱はだんだんと形作られていき、現実では見たことのない巨大な熊のような化け物が成形された。


『酸人形創造形態、ストライクガイアベアー』


 三メートルはある巨体な熊だが、強靭な両腕、一メートルはありそうな鋭く長い爪、肘から突き出る突起、額に存在する第三と第四の目、頭に生える三本の角は、この世界には存在することない生物だ。


「ストライクガイアベアーだと……カッコいい名前じゃないか」


 力が楽しそうに笑う。


 だがその笑いも数秒だけ――力は腰を落として戦闘態勢を取る。


 今日初めて、力がリカードを遊び相手から敵だと認識した瞬間だった。


『これは幻生界に住む怪物です。ゾイレの記憶から読み取り私が形にした酸人形。もちろんかっこいいだけじゃありませんよ。私の新たな力を存分に味わってください』


「見せてもらおうか。お前の新しい力を」


 ストライクガイアベアーが右腕を引き、構えている力へ向けて尖った爪で突き刺す。


「ほう!」


「……」


 力が少し驚く。


 それもそのはず。


 爪は『エレメントフィールド』で威力を殺されながらも突き進み、『ソウルウォール』まで辿り着いたと思ったらせめぎ合いを始めたのだ。ドリルの時は僅かしか進まず、『ソウルウォール』に触れた瞬間、四散したのにだ。


 この爪は形成を維持してながら突き進むのだから、明らかに先ほどよりも強くなっている。


 つまりリカードはこの土壇場で成長したのだ。


『さぁ、その忌々しい衣を貫きなさい』


 ストライクガイアベアーの体から強いオーラの輝きが放たれると、とうとう力の『ソウルウォール』に亀裂が入り始める。


「ほう。力の『ソウルウォール』に傷をつけたか」


「何感心しているんですか、市長! このままでは、力さんが危ないですよ」


 力の強さを知らない亜里沙が焦った様子で肩を揺らしてくる。


「あはは。大丈夫だよ、片倉君。ほら、力の顔を見てごらん」


 言われて力へ亜里沙は力の方へ視線を移動させる。


「……笑っていますね」


 当の本人は『ソウルウォール』が傷つけられたのに慌てるどころか、満面の笑みを浮かべている。


「俺のバリアにヒビを入れるか。やるな、リカード・レイン。では、俺も少し力を出そうではないか……むん!」


 両拳を握り締めて気合を入れたら、力の体から同じようにオーラが溢れて、亀裂の入った『ソウルウォール』を完璧に復元してみせたのだ。さらに、そのオーラをバリア越しから受けたストライクガイアベアーの爪は、形成を維持できなくなり四散して消えていく。


『オーラを失念していました。これでもまだ、あなたに傷をつけられないのですか』


 傷をつけられる自信があったようだが、目論見が外れ悔しがるリカードに力が楽しそうに口を開く。


「何を言うか。渾身のドリルでさえ『ソウルウォール』に傷をつけることができなかったというのに、それがヒビを入れたのだ。それは貴様がこの短時間で成長した証ではないか。ならばもっと喜べ、誇りに思え、そして楽しめ!」


 初めて『ソウルウォール』に傷をつけたリカードを称賛し歓喜する力。サウスエリアの業務ばかりで暴れることができなかった野獣が目を覚ます。


「そして合格だ。こちらも真面目に相手をするとしよう」


 次の瞬間、力の両腕があっという間に変化。


 岩肌のような皮膚には綺麗な光沢が浮かび、元の三倍以上の太さとなった腕はまさに強靭で、その一撃は大地を砕くガイヴァイスの腕だ。


「そら、ご褒美だ」


 力は手のひらをストライクガイアベアーにかざした次の瞬間、三メートルの巨体は跡形もなく吹き飛んだ。


『ぐっ⁉』


「掌底撃破……どうよ」


 力が技名を口にしている間に、ストライクガイアベアーは再び形成される。


『さ、さすがはSランク。この程度では優位にたてませんか。ですが!』


 ストライクガイアベアーの両腕に気泡が何度も泡立つ。あの両腕に精霊力を溜めているようだ。


「いいね。ガチンコ勝負と言うわけか」


『ええ。殴り合いはあなたも好きでしょう』


「もちろんだ」


 お互いが右腕を大きく引き、上半身を捻り力を込めた右ストレートを繰り出す。


「おりゃ!」


『ふん!』


 力の拳とストライクガイアベアーの爪が衝突。


 貫く拳と飛び散る酸の爪。


「やるじゃないか!」


『当然です!』


 そこからは二人の殴り合いが始まった。


 お互い避けることなくその場で、左右の拳と爪で殴り突き刺していく。


「はっ!」


『そりゃ!』


 気合のこもった二人の掛け声が車内に響き、「びしゃっ!」と水が飛び散る音が轟く。


 十、二十、三十と拳と爪が行き交う白熱の戦いを、二人は楽しそうに向き合っているが、見ている方はすぐに飽きてくる。


 なんせ、お互いにダメージを与えることができていないからである。


 結局リカードは力の『ソウルウォール』を突破することができていないし、力は酸の塊を殴ってもリカード本体は別のところにいるので、痛くもかゆくもないわけで――。


 二人は一体何のために戦っているのか、まったく分からない。


 はっきり言って時間の無駄だ。


「力!」


「おう、どうした」


「交代だ。私がやる」


「えっ! そんな……もう少し――」


「これ以上は千日手……勝負がつかない。だから交代だ」


「……はぁ、分かったよ」


 渋々ながら青山の命令を受け入れた。


「さぁ、始めようか。暗殺者リカード・レイン。お前の全てをかけて挑んでくるがいい」

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