菅生家の最後

 来る。あいつが来る。


 菅生すごうありすは、ぬめる手のひらをシャツのすそでぬぐった。

 十歳の手には余る、重く大きいバールを握りなおす。鉄棒をしたときのような、さびのにおいがぷんと鼻をついた。

 息を殺す。ドアのすぐ横にぴったりと張りついて身を隠し、耳を澄ます。


 きしり。きしり。

 階段のきしむ音が、じりじりと近づいてくる。

 家族だから、足音を聞けば誰のものかわかる。妹のももかだ。いや、ももかの姿をしている、別のなにかだ。


 本物のももかは、あいつに殺された。あいつはももかの命を食べて、ももかそっくりになりすましている。本物のももかの体は、庭に掘った穴の中で、半分土に埋もれてしまっている。

 可哀想なももか。

 ありすのパパもママも、あいつにすっかりだまされている。ありすが必死で本当のことを伝えようとしても、ふたりとも、ありすがウソをついていると決めつけて、耳を貸そうともしない。それどころか、ありすがそんなことを言うのはあの時計のせいだと言ってきて、ありすはもう少しで、あれを取りあげられるところだった。

 ありすの味方は、もう、あれしかない。

 あの金色の時計と――時計を通して語りかけてくる、メイズさんしかいない。

 メイズさんはすべてを教えてくれた。あいつの正体も、どうすればももかを助けられるのかも、すべて。


 きしり。きしり。きしり……。

 もう少しだ。もう少しで、あいつがやってくる。ももかの顔をして、ももかの声をして、ありすのことを呼びに来る。

 ありすはこれから、あいつを殺す。

 そしてももかの命を取り返して、庭に埋まっている、本当のももかの体に返してあげるんだ。そうすれば、ももかは生き返る。

 メイズさんが教えてくれたから間違いない。メイズさんは、間違えない。


 がちゃり。

 ドアが開いた。


「おねえちゃん?」

 ももかの顔をしたあいつが顔を出した。

 ありすがドアの死角に隠れていることには気づかない。あいつは、部屋に誰もいないのかと思ったようで、一瞬、きょとんと眼を丸くする。

 ありすは音もなくバールを振りあげると、あいつの頭に狙いを定める。


 ──クス。クスクス。クスクスクス……。


 どこからともなく、ひそやかなしのび笑いが聞こえた。

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