第78話 激昂

 俺はシルとの話を終えて、訓練場に戻ってきたばかりのことだった。

「オルカン止まれ!」

 俺は指先でスターダストレンジを発動しようとしているオルカンに飛びかかる。

 魔法陣が青く光っている。それは、通常ではない、特別な魔法効果が弾に付与されている印だ。

 そして、それを人に向けて撃つなんて、オルカンがブチギレている証拠でもある。

 しかし、俺の努力も虚しく、弾丸はネイロの左腕に命中してしまう。

「ああ、ああああ!?」

 ネイロは左腕を押さえながら、その場にうずくまる。相当な痛がりようだ。

 もしかしなくても、腕を吹き飛ばしたのではないか。俺は心配になって、ネイロの左腕を見る。

 だが、彼の左腕は、その指先まで欠けることなく繋がっていた。

「痛い痛い痛いぃ!」

 特に出血している訳でもない。なのにネイロはずっと左腕を押さえて叫んでいる。

 なんだ、この異様な光景は。

 俺は嫌な予感がした。

「お前まさか、幻肢痛ファントムペインを撃ちやがったな!?」

 俺はオルカンの方に振り向く。それは開発したはいいが、あまりにもむごい結果にしかならない弾だった。使う機会もなく、ほぼ封印しているような弾だ。

「それがなんだ?この俺に手を挙げて許してやったんだ。」

 その指先の魔法陣を俺は瞬時に解析する。使われた弾はファントムペインで間違いない。それは肉体ではなく、魂の形を歪めるという効果を持った弾だ。

 外見上は何も変化はない。だが、歪められた魂は、永遠の痛みという形で肉体にフィードバックを及ぼす。

 オルカンは魔力を込めて、ドレスを直す。よく見ると彼女の着けている髪飾りが破損している。

「オルカン、髪飾りが…それに、手を挙げた…?」

 俺がその言葉の真意を考えていると、横からイリスが肩を叩いてくる。

「あなたのその人形、彼に破壊されそうになってましたわよ?」

「…」

 俺はそれを聞いて絶句する。

 正直、意味がわからなかった。俺は彼から恨みを買うようなことをした覚えはない。むしろこの前寮で話した時は普通の関係だったはずだ。

「痛いぃ!誰か!早く助けろ!この無能共がぁ!」

 ネイロは泣きながら周りに暴言を吐き続けている。その様子を、周りの生徒たちは一歩引いた状態で見ていた。

 万が一にもオルカンが壊されていたかもしれない。そう思うと素直にこいつの治療に手が伸びなかった。

「…はぁ。おい、そこのボケっとしてるお前。」

 オルカンが自分についた土埃を払うとクーベルズ先生に向かって指示を出す。

「え、ぼ、僕の事かい?」

 呼ばれた本人は、あまりに急なことに驚いていた。

「イツキを呼んでこい。」

「イツキ…ナガラ先生のことかい…?」

 イツキは今は上級生と一緒に研究室に居るはずだ。

「いいから早くしろ。」

 オルカンはクーベルズ先生を急かす。

「は、はい!」

 先生が校舎の方に走っていく。しばらくすると、先生はイツキを連れて帰ってきた。

「来たか。そのゴミクズの腕を治してやってくれ。」

 オルカンは何も言えない俺に代わって、イツキと話してくれた。イツキは叫び声を上げているネイロを見る。

「あなたたち、彼に何をしたの?」

 困惑しながらイツキは俺達に聞いてくる。

「オルカンが自衛のために、スターダストレンジを撃ったそうだ…」

 俺はうなだれながら、事の顛末を説明した。

「本当なの!?」

「事実だ。」

 オルカンは恥じ入る様子もなく、そう断言する。

 何が怖いって、口では治療の指示をしているが、まだ魔法陣を解除していないのだ。しかも色は青色のままである。

「…後で詳しく聞かせてもらうわよ。」

 イツキがアイリーンを呼び出して、ネイロの治療に取り掛かる。

 イツキがここにいてくれてよかった。彼女じゃなかったら治せなかっただろう。

「これでもう大丈夫なはずよ。」

「う、うぅ…」

 涙を流しながら左腕を押さえるネイロ。まだ痛みが残っているのだろう。その指先は痙攣していた。

「おいゴミクズ。女の扱いを覚えたら謝罪に来るのを許してやる。」

 俺はその口ぶりから、オルカンがどんなことをされたのか、大体想像できた。


 あいつはおそらく、オルカンのことを女性として扱わなかったのだ。


 それは彼女と接するうえで、一番やってはいけないことだ。オルカンは一人称こそ『俺』だが、自分の美しさには人一倍気を使っている。宝飾品には目がないし、買い物となれば身に付けるものばかりだ。

 そして、彼女は基本的に人嫌いだ。俺には所有者として気を許しているが、他人に触れられることは極度に嫌う。

「お前!俺にこんなことしてただで済むと思うなよ!」

 そいつはオルカンの声を無視して、俺の方に悪態をついてくる。

「この俺を馬鹿にした罪、思い知らせてやる!後悔したってもう遅い!どれだけ謝っても許してやらねえ!!」

 それだけ吐き捨てると、ネイロはイツキにお礼も言わず帰っていった。

 オルカンはリロードを済ませると、再度ネイロに照準を合わせようとする。

 俺はその腕を下ろさせて、首を横に振る。

「あなた、変なのに目をつけられましたわね。」

 隣に並んできたイリスがそんな言葉を投げ掛けてくる。


「ああ…お前にだけは言われたくないけどな。」

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