第47話 逃走劇

 自己紹介はつつがなく終わらなかったが、先生の話は続いていく。

「───という感じで前期の授業は進めていくよ。と、そろそろ時間だね。じゃあ、今日はこの辺りで解散。」

 先生はそう言うと手元の資料の束を整えて扉の方に歩いていく。

 やっと終わったらしい。俺は疲れた面持ちで、先生を見送る。横の席のやつの顔は見たくない。


「ああ、そうだ。先輩たちの熱烈な歓迎があるから、帰りは期待しておけよー?」


 先生は扉を閉める前にそれだけ言い残していった。何の話だろう。新入生の歓迎会でもあるのだろうか。

 先生の話を全く聞いていなかったので、なんのことかさっぱりだ。

 だが、ここからは自由時間。なら俺のやることは一つだけだ。

 寮に帰る。

 俺は一番に立ち上がり、すぐさま教室から出て行く。今日は疲れた。とにかく帰ってはやくベッドの上でゴロゴロしたかった。

「あ、お待ちになって───…」

 イリスの声が聞こえた気がしたが、そのまま無視して校舎の玄関まで急ぐ。学生寮は校舎から少し距離がある。人で混み合う前にさっさと帰るのがいい。

 そう思って玄関の扉を開けた時だった。

 目の前では、大量の学生が待ち構えていたのだ。

 「はぁ…?」

 よく見ると、プラカードや垂れ幕をもっており、そこには部活動の名前が書かれていた。そして、その人たちは俺の声に反応して、一斉にこちらを向く。


 あ、これやばいやつだ。


「あ、終わったみたい!急ぐぞ!」

「そこの君、読書に興味ない!?ちょっとお話しないか!?」

 俺は扉を閉めると、急いで校舎の中に引き返す。そして、鞄から校内の地図を取り出して、反対側の校庭側の玄関に向かって走り出した。

 冗談じゃない。

 少し遠回りになってしまうが、あれらを全てを相手取るより百倍マシだ。後ろを見ると、一年生の教室めがけてすごい数の生徒が押し寄せている。

「先生が言ってた歓迎ってあれの事かよ…!」

 俺は角を曲がって逆側の玄関に行こうとする。だが、そちらの玄関からもこれまた同じくらいの量の生徒がなだれ込んできていた。

「あ!そこの君!茶会に興味ない!?美味しいお菓子いっぱいあるよ!」

「そっちよりも我らが魔法兵器開発部に来ないか!楽しい魔道具が待ってるぞ!」

 俺は急いで来た道を引き返す。あの中を突破しようとしたらキリがない。

「大人げないかもしれないけど…いや、迷ってる場合じゃねぇ!召喚、オルカン来い!」

 俺は走りながら手元にオルカンを呼び寄せる。そして、角を曲がり、誰にも見られていないことを確認して、一つの高等魔法を発動する。

「我が姿を世界から隠匿せよ───。完全不可視化パーフェクトアンノウアブル!」

 魔法の光が俺を包んでいき、一時的に不可視の存在になる。

 俺はそのまま壁沿いに進みながら階段を静かに上っていく。

「ねぇ、待って───…て、あれ?さっきの子は?」

「階段にも、いない!?どうなってるの?幽霊ゴースト!?」

 悪いな、と心の中で謝り、俺は上を目指す。この校舎は屋上があるはずだ。そこに出て飛行の魔法で寮まで飛んでいけば、ギリ帰れるだろう。

 少し焦らされたが、所詮は学生。実践経験がまだまだ足りない。俺はオルカンを帰して、そのまま階段を上っていく。

 屋上に続く扉は階段から少し離れたところにあるらしい。

 俺は地図を見ながら、その扉を目指して廊下を進む。

 ここを曲がって突き当たりにある扉を開ければ、屋上に出られるようだ。地図をしまい。逃げ切れたことを確信して俺は突き当たりを曲がる。

 俺は完全に気を抜いていた。

 だが、ここは大学。仮にもこの国の未来の魔法技術を担う者が、入学するところである。


「会長。そこに誰かいます。」


 俺が角を曲がると、そこには二人の男子生徒と背の高い女子生徒が一人いた。

「本当だ。今年は透明人間が来たか…意外だね!」

「何アホなこと言ってるんだ。不可視化の魔法に決まってるだろう。リアリティブレイク。」

 そいつは瞬時に幻破まぼろしやぶりの魔法を発動する。

「なんだと…!?」

 リアリティブレイクは高等魔法。完全不可視化を破る、数少ない強力な魔法だ。それを使えるやつが生徒にいるとは───。

「あれ、なんか小さいのも一緒にいる。」

 そう言って、女はヴァーレンを凝視する。

「竜…そういえば、先生が今年は竜持ちが二人入った、と言っていたな。その片割れか。」

 その生徒らしからぬ雰囲気にとてつもなく嫌な予感がした。

 俺は再び来た道を引き返そうとする。

「あ、もうその階段使えないよ?」

 俺が振り返ると、そこにさっきまであった階段は壁で塞がれていた。どういう仕組みかは知らないが、来た道が戻れないということだけは理解した。

「チィ…!魔力感知、加速!」

俺は仕方なく、大回りして彼らの背後にある扉を目指すことにした。敵の位置を知るための魔力感知。少しでも逃げ切る速度を上げるために、普段滅多に使わない加速も使った。

「あーあぁ。無駄なのに。二人とも、追い込んで。」

 しかし、相手は一人を扉の前に残し、もう二人を差し向けてきた。嫌な分け方だ。二人を突破してもその隙を見逃さないと為の一人。それに、迫ってきている片方の身体能力が馬鹿高い。さっき右側にいた猫耳の獣人だろう。

 俺は立ち止まって考える。どうする、オルカンをもう一度召喚するか?数の差は埋まるが、身体能力は向こうに分がある。パーティのバランス的に不利だ。

 室内だからヴァーレンも十全に力を使えない。

「どうする…!」

 俺が追い詰められていると、突然背後の扉が音を立てて開く。


「な…!誰…!っ!?」


 俺はそいつに首を掴まれると部屋の中に引きずり込まれた。

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