第30話 検死

「こっちか。」

 俺は早朝、森の中の小さい砂利道に一人でいた。

 ヴァーレンはというと、マリーのところに預けてきた。

 なぜそうなったかというと、朝に村を出ようとしたときにそれは起きた。


「嫌だ!私も一緒に行く!!」

 何処から嗅ぎつけてきたのかは知らないが、マリーが村の入口で待ち構えていたのだ。

「…マリーは自分の仕事があるでしょ。もう子供じゃないんだから、家に戻りなさい。」

「嫌だ!置いてかないで!」

 マリーは昨日よりも、更に子どものように俺の言うことを聞いてくれなかった。

「もう…」

 俺はため息を付きそうになるのをなんとか我慢する。この子の前でそういうことをするのは、コミュニケーション上あまり良くない。

 俺はなんとかマリーに納得してもらえるような提案を考える。

「わかった。帰ってきたらまたしばらく一緒にいるから。それまで頑張って。ね?」

 俺はマリーの頭を撫でながらそう聞かせる。マリーはムスッとした顔のまま黙ってしまった。その表情から察するにまだ足りないということなのだろう。

「…ヴァーレンも置いていく。できるだけ早く帰ってくるから。」

 俺は肩に乗せていたヴァーレンを抱っこして、マリーの方に差し出す。マリーはそれを受け取るとジト目のままこっちを見ていた。

「…もう一個。」

「何?」

「帰ってきたらキスして。」

 今度は俺の顔が固まってしまう。

「…頬になら。」

 ここで拒否をするとまた嫌々状態に戻ってしまう。苦しい逃げ道だったが、これ以外にもはや選択肢なんてない。むしろ自分の頭の回転力を褒めてやりたいぐらいだった。

「わかった。今月末は狩猟祭でデートだし。それで許してあげる。」

「ええ…」

 狩猟祭は俺はここ数年ずっとヴァ―レンと二人で家にいた。ここの村人たちもいい人が多いとはいえ、人の口に戸口は立てられない。俺自身はこの村から出たことはないのに、ここに竜がいるという噂が出回っているとマリーが言っていた。

「まあ、どのみち保管庫に行くには、いつかは人目の前に出なきゃいけないか。」

 俺は独り言を言って自分自身を納得させる。町に行けば、ヴァ―レンを連れていることは要らぬ注目を集めるかもしれない。いざとなったら不可視化の魔法を使えばいいだろう。

「じゃあ、気を付けてね。」

 マリーはそう言うと俺の頬にキスしてくる。俺はそれに驚いて飛びのくが、向こうはなんてことはないような笑顔だった。

 これを俺からやらなければいけないとはハードルは中々高そうだ。


 しばらく森の中を走っている道を歩くと、目的の村が見えてくる。仕事の時間だ。

 とりあえず俺は村の入り口にいる兵士に村長の家を聞く。兵士はいい人で、死体の調査の為に派遣されたと言ったらすぐに中に入れてくれた。

 村の様子はうちと大差ない感じだ。のどかな雰囲気でとても変死体が出ているとは思えないくらい平和だ。

 村長の家に着くと扉をノックする。出てきた老人に軽く自己紹介をし、家の中に入れてもらった。彼が村長のようだ。

 一応お父さんがうちの村長から一筆もらって来てくれたので、俺の素性は保障されている。

「わざわざ来てくれてありがとうございます。この村には魔法使いがいないので、本当に助かりますよ。」

「気にしないでください。村同士助け合うのは当たり前ですから。では、さっそくですがご遺体の様子を確認したいので、案内してもらってもいいですか?」

 俺は村長に笑顔で対応しつつ、死体が安置されている場所に連れて行ってもらう。

 案内されたのは村の外れにある小屋だった。

「この中です。正直、状態はかなり悪いので覚悟しておいてください。」

「わかりました。」

 俺は村長と頷きあってから扉を開いた。


 中はひんやりしていた。死体を劣化させないように氷が側に置いてあるのだろう。村長と二人で小屋に入って扉を閉める。窓は一つもなく、中は真っ暗だ。

「コンティニュアルライト。」

 俺は魔法で灯りをつけると、目の前に四つの影が浮かび上がる。

「これは…」

 そこには惨≪むご≫たらしく殺された四つの死体があった。どの死体もぐちゃぐちゃだったが、共通しているのは頭部を叩きつぶされているという点だった。

「奥から順に古いものになります。村の者でなければ死体が誰かわからないところでした。」

「そう、ですね。」

 冥福を祈ってから検死を開始する。

 魔法の痕跡もあるが、魔法陣が浮かび上がらない。胴体以外の骨は全て折れている。手足はあらぬ方向に曲がっており、どこが関節のなのか全くわからない。

 筋肉もそぎ落とした痕がある。そのせいで折れた骨が露出しているところが多くみられた。

 質の悪いことにその裂けた筋肉には酸のようなものがかけられており、出血死しないようになっていた。

 極めつけは胴体だ。こっちは細かい切り傷が無数に付けられており、血で真っ赤になっていた。そして内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜた後に頭を潰して殺したのだろう。

 想像するだけで更に気分が悪くなる。

 この死体たちは最期のその瞬間まで犯人に遊ばれ続けたのだ。

 まずは声帯。次に四肢。次に胴体。次に内臓。最後に頭。

 出血死はさせないよう細心の注意を払いながら殺したのだろう。口から上は潰されてしまったので確認できないが、恐らく目も何かされた可能性が高い。いや、この犯人なら敢えて目は見えるようにして反応を楽しんでいた方がしっくりくる。

「ん?」

 俺は死体を調べていく中で見たくないものを目撃する。それは二番目に殺された女性の死体だった。

「ふざけやがって…」

 その口の中には赤子の指が残っていたのだ。それも大きさからしてまだ生まれて間もないくらいの大きさだ。

 俺の中に犯人に対する怒りが高まっていく。

 ここまで胸糞悪い気分は久しぶりだ。どれだけ人の尊厳を踏みにじれば気が済むのか。

「村長。今日はこの村に滞在しようと思います。許可していただけますか?」

 俺が一通りの検死を終えてそうつぶやく。この犯人は野放しにはできない。何より近くには自分の村もあるのだ。そっちが次の標的にならないとも限らない。


「いいよぉ。ずっといなよぉ。」


 俺はその声を聞いて身構える。明らかに今までの村長の口調じゃない。

「村長…?」

 俺が振り返る。そこには村長の口を引き裂き、体内から這い出てくる黒い化け物がいた。村長は苦しんでおり、その目はこちらに助けを求めていた。こちらに右手を伸ばして震えている。

「絶望のぉ?」

 俺は嫌な予感がして、すぐに臨戦態勢に入り魔法を準備する。

「村長!!」

 村長の手を取ろうと急いで駆け寄る。だが、俺が一歩を踏み出す前にそいつの魔法が発動する。

「はじまり、はじまりぃ。」

 その言葉を皮切りに小屋が爆発する。

 黒い化け物の胸部には赤い魔石が光っていた。

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