第23話 この先

 午後になると広場の中央で、伝統の踊りと演武が披露された。お父さんもお母さんも出演しており、みんなから拍手を貰っていた。

 昼御飯をマリーと食べた後はみんなで森に感謝を捧げるために歌を歌った。

 そうして夕方には祭りのあと片付けが始まっていた。

 マリーは父親の手伝いがあるそうで、さっき家に戻って行った。

 俺は広場の端で祭りの後片付けに追われる人たちを眺めている。

 祭りのあとに訪れるこの寂寥感が俺は好きだった。もっと騒いでいたいが、日常に戻らなければいけないという物悲しさ。しかし、今回の祭りも振り返ってみれば笑顔で終われるものだったという満足感。

 俺は一人である歌を歌う。


人の生。流れ落ちる水。沈む太陽。


永遠など存在しない。


終わりがあるから美しい。


いつか美しい終わりに行き着くために、私たちは今を生きる。


 前世でアスティアに教えてもらった、エルフの古い歌。俺はこの歌が気に入っていた。

 終わりなんていつか来るものだ。それは転生魔法を知っている俺も例外では無い。

 ある日突然死ぬかもしれないし、次は転生魔法が失敗するかもしれない。

 他の人より死の可能性は薄いのかもしれない。それでも完全にゼロになった訳では無い。

 俺も最後に笑って終わるために転生したのだ。

 歌を歌った俺は満足して、両親がいるであろう広場に歩いていった。


 聞き覚えのある歌だった。

 あれは確か、小さい時にお母さんが歌ってくれた歌。

 なんでこんな辺境の村にあの歌を知っている人がいるのか。

「エルフしか知らない筈なのに…」

 誰が歌っていたのかはわからない。祭りの後片付けでみんな騒がしく動いていて、エルフの耳を持ってしてもわからなかったのだ。

 だけど、綺麗な歌声だった。

 きっと歌の主は、あの歌に敬意を払ってくれている。そう感じる歌い方だった。

 私は緑の髪を触りながら周りを見る。

 私たちエルフは長い時を生きる。何年かこの辺りに寄り道しても問題は無いだろう。

 歌の主を知るために、来年もまた来よう。

 私はそう心に決めて、私はまた歩き始めた。


 狩猟祭の夜、俺は両親に自分が祭りで買ったものとマリーから貰ったものを見せる。

お母さんは機織り機の方に夢中だった。

「機織り機…これで布が作れるの?」

「手動だから時間はかかるらしいけどね。でも、これでいつでも布を用意できるね。早速明日試して見るよ。鞄が出来たらお母さんも使っていいよ。」

「そうなの?ふふっありがとう。」

 俺はお母さんにそう言って機織り機を返してもらう。糸さえ手に入れば自由に布が作れるので、上質な糸を探してみるのも面白いかもしれない。

 お父さんはマリーがくれた杖を見ていた。

「そうかぁ。ルーカスが魔法使いにな。お父さんとしては剣士になって欲しかったが、仕方ないか。魔法書はマリーちゃんに見せてもらうんだったな。」

「そうだよ。いろんな魔法覚えてくるね。」

「そうか。なら、しっかり頑張るんだぞ。」

 そう言ってお父さんは俺の頭をぐりぐり撫でてくる。嘘をつくのは少し申し訳ないが、今回だけは目をつぶってもらいたい。

 これで俺も人前で魔法を使うことが出来る。

 魔法の研究も段階的に解放していけるだろう。オルカンの調整、転生魔法の改良、やれることなんて無限にある。

 俺はお父さんから杖を受け取り、これからの日々に期待を膨らませた。


「こうして縦糸に交互に横糸を通して、櫛で寄せる。これをひたすら繰り返す感じ。」

 狩猟祭から数日がたった頃だった。俺は庭でマリーと一緒に機織り機を試しに使っていた。商人の人に教えて貰った通りにやってみる。確かに俺がやった布よりも、圧倒的に強度がある。これなら布と言っても差し支えないだろう。

「これは…時間かかりそうだね。」

「…まあ、今なら時間は山ほどあるし、大丈夫だよ。気ままにやってくしかないね。」

 この機織り機だが、大きさが一辺あたり八十センチ近くある。

 作れる布も大きいが、それだけ消費する糸も時間もかなりのものになる。糸の準備は済ませてあるので、後はひたすら糸を通していくことになる。

「そういえば、前言ってた魔法書が来たよ。ほら、これでルー君も人前で魔法が使えるね。」

 俺は視線を手元から移すと、そこには嬉しそうに魔法書を持つマリーがいた。

「ありがとう。それで、マリーも魔法を覚えるってことでいいんだよね?」

「うん!ルー君が知ってる魔法、私も使えるようになりたいから。」

 マリーはそう言ってお揃いの杖を取り出す。正直俺にアスティアみたいな指導ができるかは不安だ。前世で俺は弟子をとらなかった。なので、俺はアスティアがやってくれたことを真似て試行錯誤していくしかない。

 だが、人前で魔法が使えるのだ。なんとかなるだろう。

 俺は楽観的にそう考えていると、突然頭に魔力の信号が送られてくる。

 この信号は俺が条件魔法で設定したものだ。

「来た!」

「え、な、何が?ルー君!?」

 俺は急いで自分の部屋に向かう。マリーもそのあとを追ってきていた。

「ルー君、どうしたの?あっ、まさか!」

「しっ。マリー、静かに。」

 俺が人差し指を立ててそう言うと、マリーも無言でコクコク頷く。

 卵を見ると、既に小さなひびが入っていた。そのひびは少しづつ広がり、殻が割れて中の小さな竜が姿を現す。

「キュイィ…」

 子竜が殻を破り、ついにその姿を現す。

 全身はヴォルガと違い、銀色の鱗に覆われている。でも、その瞳はヴォルガと同じ青色だった。恐らくだが、銀色の鱗は父親譲りなのだろう。

「えぇー…か、可愛い…」

 マリーが横で笑顔で子竜を見守っていた。俺は子竜をベッドから抱き抱え、水魔法で全身を洗ってあげる。

「キュゥ…」

 体が冷えないように水は温水にしておいた。これも魔法を使えるようになった恩恵だ。

「ルー君、この子の名前はどうするの?」

「もう決めてあるんだ。」

 俺は抱き抱えた子竜の顔を正面から見据える。

「お前の名前はヴァーレンだ。」

 俺はそう言って子竜の頭を優しく撫でる。ヴァーレンは不思議そうな顔をしていた。だが、俺の指をその小さい手で握って、元気に鳴き声を上げた。


「キュイィ!!」


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