↓第52話 であいとわかれ

『400年の時を経て、暁月の夜に王がよみがえる』


 この地方の伝説は、今まさに現実のものとなった。


「あれ、カミ……らん?」


 迷子の両腕に抱かれていたはずのカミールが、いつの間にかいなくなっていた。

 執事の二人は胸に手を当て、上空の女性――メリーダを見つめている。


「なぜだ……なぜキサマがここに……ッ!」


 激しい動悸を抑え、ゼノは彼女に問うた。


「なにも驚くことはあるまい。ここまで思念体の濃度が高まれば、我がいても不思議じゃなかろう」


「バカな! そこまで完成度の高い身体など……――まさか」


「フフ、おまえと同じよ。我の可愛い子孫は、なかなかに馴染みがよいぞ?」


 暁月を背にくるっと回ってみせるメリーダ。

 憑依。

 彼女の精神は、カミールの身体を媒体にして顕現したということだ。


「あそこにいるのが……カミ、らん?」


 迷子はカミール――もといメリーダを見上げる。

 彼女はゼノに向けてこう言った。


「あきらめろ。おまえの媒体はもうもたない。我の血が暴れとる」


「グファ……! ふざけたことをッ! 400年の時を経て、まだ私を邪魔するというのかァ……ッ!」


「このままだと肉体だけでなく、精神も崩壊する。その身体――おまえの子孫を殺す気か?」


「うるさいッ! 私の悲願は一族の悲願! その身をささげることが、こいつも本望だ!」


 そう言って彼は、心臓をえぐるように自分の左胸を掴むと、続きを話した。


「人間は……人間たちは私たちを森へと迫害した! そいつらを滅ぼせるのなら、その望みが叶うなら……私はどうなってもかまわないッ!」


「ゼノよ、それは自らの命を犠牲にしなければ手に入らないものなのか? 人を殺してまで手に入れる未来なのか?」


「なんとでも言えッ! キサマこそどうだ!? 住み家に火をつけ弓を放った人間どもを、それでも守ろうというのかッ!?」


「たしかにな。我に石を投げたヤツなんて、今でも燃やしてやりたいわ」


「そうだろう!? ならなぜヤツらの肩を持つ!? なぜいまだに手を取り合おうとする!?」


 メリーダは静かに口を開く。


「憎しみを忘れろとは言わん。おそらく一生消えることもない。だが、憎しみに喰われるな。黒い炎は、おまえが守ろうとしたものまで、すべてを灰に変えてしまうぞ」


「クックックッ! なにを言うかと思えばッ! 400年の時を経て、まだわかったような口をッ!」


「思い返せ。はたして人間のすべてが悪いやつだったか?」


「人間は悪だ! だから私たちに残酷な仕打ちを――」


 そのとき、ゼノの脳裏に子供の頃の思い出がよぎる。

 血の影響か、蓋を閉じていたはずの記憶が、彼の意識をかき乱しはじめた。


「……ッ!?」


 あのころはまだ、人間と吸血鬼は仲がよかった。

 川のせせらぎではしゃぎながら、近所の子供たちとたわむれたものだ。

 だが、それも過去のできごとになった。

 奇病が蔓延し、変なウワサが立った。

 人間と疎遠になり、ゼノは迫害を受けた。


 そして一人になった。


 復讐を決意してから忘れたはずだったのに、声が聞こえる。

 あの日の懐かしい日々が、友の声が。

 日射しが、草の匂いが、頭の中でよみがえる。


「グ……ググ……ッ!!」


 意識が保てない。精神が崩壊する。

 そんな混乱の最中、ゼノは割れるような頭痛に抗うように、自分の皮膚に爪を立てた。


「私は……私はァ……ァァッ!!」


「ゼノよ、もうそのへんにしておけ」


「グガアァァァあああァァァーーーッッ!!」


 絶叫をあげて彼は苦しみだす。

 背中からさらに禍々しい翼が生え、頭に生えた角が変形し、口が裂けて牙が剥き出しになった。

 それはもう、呪われているとしか言いようのない姿だった。


「グ……グガガ……」


「……喰われたか」


 カミーラは嘆息して目を細める。

 ゼノは手のひらにエネルギーを溜め、それを地上に放つ。

 するとなにもなかった丘が吹き飛び、地面が無惨にもえぐれてしまった。


「――!!」


 ものすごい衝撃波に耐えながら、地上の迷子たちは唖然とその光景を目の当たりにする。

 もはや人間が立ち向かえる次元ではない。


「クックックッ。王トシテ相応シイノハ、ヤハリコノ私ダァッ!!」


「……どうしても滅ぼすというのか」


「死ネェーーーッッッッ……!!」


 今度は手のひらに溜めたエネルギーを、メリーダのほうに解き放つ。

 直撃すれば、死は免れない。


「カミらんッ!」


 迷子が地上から叫ぶ。

 が、その声も虚しく、エネルギーは彼女の身体を直撃して、爆散した。

 膝を突く迷子の後ろで、執事の二人がメリーダの名前を叫ぶ。

 メイドの二人も、「カミっち!」「カミちゃん!」と名前を呼ぶが、返事が返ってくることは、ない。


「クックックッ! ハーッハッハッハッ! コレデ世界ハ私ノモノダ! 再ビ吸血鬼ノ時代ガヤッテクル!」


 高笑いを轟かせるゼノ。


「サァ、次ハオ前タチダ!!」


 そして地上へ手を向ける。迷子たちを吹き飛ばす気だ。


 ――もう、おしまいだ。


 漆黒の球体が放たれようとしたそのとき、上空から人の気配がする。

 ゼノだけでなく、地上のみんなも空を見上げていた。


「……ィッッ!!?」


 そこにはメリーダがいた。

 黒煙が風に流されると、淡い燐光に包まれた彼女の身体があらわになる。


「おろかな。我を誰と心得る」


 暁月を背に、メリーダは片手をスッとあげる。

 赤い双眸で前を見据えたまま、


「その身体を持ち主に返し、あるべき世界に還りたまえ」


 その手に蛍のように淡い光の球体を顕現させた。


「じゃあなゼノ。別の世界で会おうぞ」


 振りかざす手のひらから、球体が放たれ、ゼノに着弾する。


「悪しきものよ――」


 そして彼女が目を見開くと、


「血の涙を流すがいい」


 着弾した光が、とてつもない大爆発を起こした。

 まるで生き物のように暴れる炎が、ゼノの身体を喰らいつくす。


「グガァアアアアァァァァァーーーッッ!!」


 身もだえながら断末魔を撒き散らす。

 血の涙を流し、彼の身体は徐々に灰になり消えていった。

 地上の騎士たちも、光の粒になって消滅する。

 悪魔になったゼノだが、灰の中から本体のアンヘルが現れる。

 それがゆっくりと地上に落下した。


「あっちです!」


 迷子たちは駆け寄る。

 彼の心臓を確認すると、静かに脈を打ち、呼吸もしていた。


「気絶してるだけだ。直に目を覚ますだろう」


 下りてきたメリーダが、そう言いながら続ける。


「犯した罪を償わせろ。それがこいつの務めだ」


 そんな彼女の前に、執事の二人が膝を突く。

 改まったその態度に、一瞬、迷子たちは目を丸くしていた。


「久しいなネーグル、アルヴァ。ずいぶんと大きくなったじゃないか」


「お久しぶりです」


「またお目にかかれて光栄です」


 そう言うとネーグルとアルヴァは立ち上がる。

 迷子が不思議そうに彼らの間に入り、


「どういうことです? え? どういうことです?」


 メリーダと執事の間で視線を往復させた。


「私たちは昔、メリーダ様に命を救っていただいたカラスなんです」


「え?」


「その恩を返すため、メリーダ様の子孫をお守りしていました。400年後の今日、災厄がこの地に目覚める可能性がありましたので」


「??? ち、ちょっと頭がおいつかないんですけど……」


 そう言って迷子が頭を抱える。

 うららが横から顔を出し、執事の二人をジロジロと睨め回した。


「どう見たって人間じゃん。カラスってなんだよ?」


 そしてゆららがアルヴァに顔を近づけ、


「なんかの設定? カミちゃんと同じ中二病ぉ?」


 そう言うと彼は気まずそうに視線をそらした。

 ネーグルが咳を挟んで答える。


「動物は長生きすると化けることがあります。ニホンのネコとかもそうでしょう?」


 続いてアルヴァが、


「それには強い意志も必要です。ですが目的が果たされた今、僕たちもこのせいをまっとうして、終わりを迎えるでしょう」


「カミらんはこのことを知ってるんですか?」


「いいえ。そもそも信じないでしょうから」


「現にこの状況でも、みなさん半信半疑でしょう?」


 実際、ネーグルとアルヴァの言うとおりだ。

 現実を目の当たりにしても、みんなはおとぎ話を聞いているような反応。

 しかし、こうして戦いを終えた今、彼らの言っていることを否定することもできなかった。

 メリーダが執事たちに笑みを向ける。


「二人とも今までご苦労だった。そしてメイコよ、カミールと友達になってくれて、ありがとう」


「えと、つまりこの「おばさん」はカミらんのご先祖……ってことですよね?」


「おば……!」


 焦るネーグルを前に、一瞬、あたりの空気がピリつく。

 見た目は二十代の女性にしか見えないメリーダだが、彼女はすぐに相好を崩してこう言った。


「ハッハッハッ! 我の子孫にはうってつけの友だな!」


 そして迷子の頭をなでると、そばにいたビリーとエリーザを呼ぶ。


「そなたたちにも礼を言う。ブラッディティアーをあるべき道へ導いてくれた」


「そんな、ボクは研究を続けていただけで……」


「我の血を――カミールの血をそなたに輸血するがいい」


「え?」


「この身体は稀血を受け継いでいる。体内のブラッディティアーを無効化できるだろう」


「そ、それじゃあビリーはもとの身体に!?」エリーザが前に乗り出す。


「これで副作用に苦しむこともない。そなたにも償いの時間が必要だろう。すべてを終えて戻ってくるがいい。そして完成させろ。この研究が人々を救う日も、そう遠くない」


 そして目を細め、


「フフ、お似合いの二人だ」


 そんな言葉をかける。

 ビリーとエリーザは顔を見合わせ、少しはにかんだあと、そっと手をつないだ。

 そして、丘の向こうから日が昇りはじめる。

 メリーダの身体から、ホタルのような光の粒がゆっくりあふれはじめた。


「そろそろ時間だな」


 彼女はふと、迷子のカタルシス帳に目を移す。

 まじまじとそれを見つめ、「へぇ~」と細い顎筋を撫でた。


「つくづく我の子孫はおもしろい友を持ったな」


「?」


「頼むぞ迷探偵。これ以上、みんなが血の涙を流さぬように」


「大丈夫です。わたしの物語は感動の涙であふれていますので!」


 ドヤ顔の迷子に微笑みかけ、メリーダは朝日に向かって振り返る。

 そのとなりには、一人の男性が立っていた。

 彼女の恋人、『セルジュ』だ。

 二人は手を繋ぎ、ゆっくりと消えていく。

 すると草原の上には、カミールの身体が横たわっていた。

 目を擦りながら、彼女は身体を起こす。


「むにゃ、むにゃ……我は……どうなったんじゃ?」


 迷子は「カミらんっ!」と、言って勢いよく抱きつく。


「わっ! なんじゃ!」と、カミールは頬ずりする迷子を鬱陶しそうな目で見つめた。

 とにかく身体に異常はなさそうだ。

 みんなはホッと胸を撫で下ろす。


「長い夢を見ていたようじゃ。あの女――メリーダの声も聞こえとったぞ」


「わたしも夢みたいです。でも夢じゃないです。こうしてカミらんがいるので!」


「わー! だから頬ずりすなー!」


「まぁ、よかったじゃん。事件は解決したんだし」と、うらら。


「これで私たちも、カミちゃんのメイドにならなくて済むわぁ」安心するゆらら。


「ん~、しかし疲れたのじゃ。ふぁ~……。よい子はベッドでねんねするに限る――」


 そう言って城に帰ろうとしたカミールだが、後ろから左右の腕をガシッと掴まれる。

 振り返ると、ビリーがニッコリと笑っていた。


「え? え??」


 正面には注射器を構えたエリーザが、


「寝る前に採血を行います……ビリーの身体を戻さないといけないので……」


 不健康そうな笑みを浮かべて、そんなことを言う。


「ま、待つのじゃ……! ま、また今度にせんか?」


「カミールさん、王の子孫は堂々としているものです」


「うるさいビリー! 我は注射がキライなんじゃ!」


「ちなみに最近不眠症なので、狙いを外したらごめんなさい……」


「外すな赤毛ッ! というかニコニコしとらんで助けろそこのメイドッ!」


 うららとゆららは、微笑ましく見つめるだけだ。


「じ、じゃあいきます……よ」


「やめ、あ、やめ、――」


 丘に風が吹き抜けて、カミールの声が木霊する。

 朝日に照らされた大地は、のどかな草の香りに満ちていた――

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