↓第34話 悪いもの
カミールは様々な出来事を目の当たりにした。
匂いや感触、そのどれもが夢とは思えないほどのリアリティ。
間もなく場所が変わり、今度は違う人物の視点に移動する。
セルジュの兄、『ダリウス・ウェルモンド』の視点だ。
彼もヴァンパイアハンターの一人で、団長を務めている。
森の中で行方不明、あるいは死亡したとみられていたが、実は生きていた。
弟と同じく、吸血鬼の街へ流れついていたのだ。
ただし弟がいる地区とは離れていたため、二人が出会うことはなかった。
傷ついたダリウスが目を覚ますと、吸血鬼と翡翠の子供たちに介抱されていた。
話によると、ハンターたちは「魔物」というものに襲われ、おそらく全滅した可能性が高いとのこと。かろうじてダリウスを連れ帰ることはできたが、下手をすれば死んでいたらしい。
その話をどう受け止めていいのか困惑するダリウスだったが、ひとまず身体を治すことが先決だった。
時間をかけて吸血鬼たちに介抱されていくうちに、彼らが悪い人ではないのだと知った。
身体が動くようになってからは、吸血鬼たちと同行して、森の中へ生存者を捜しに行った。
ひょっとしたら生きているかもしれない。誰か助けを求めているかもしれない。
一縷の望みを胸に捜索を続けるダリウスだが、見つかるのは魔物に襲われて破損した死体や無数の骨。そこには凄惨な現場があるだけで、ある場所では血のついた弟の所持品が発見された。
捜索が打ち切られたのは、それから一カ月後のことだった。
帰る場所を失ったダリウスは、しばらく途方に暮れる。が、吸血鬼たちの支えもあり、彼はこの街に住むことになった。
そして知らない文明に触れていく中で、彼はこの街に興味を持ちはじめる。それと同時、今の自分にできることはないか、考えるようになった。
なにより吸血鬼たちに恩返ししたい。ここにいる意味を、胸の中で反芻した――
☆ ☆ ☆
ちなみに翡翠の子は、個々の名前を持たないという。
だから吸血鬼たちは、「翡翠の子」だったり「各々の愛称」など、好きなように呼んでいた。
翡翠の子は高い技術を持っていた。
医療技術だけでなく、自由自在に離陸して空を飛ぶ乗り物も持っていた。
皆はそれに乗り、「見回りする」という理由で定期的に出掛けていた。
気になったダリウスは、ある日同伴させてもらった。
乗り物は空間を抜け、森の外にやってきた。
広がる大地を上空から眺めるのは初めてだった。どうやら森の中とこの世界は、不思議な力によって隔離されているらしい。
乗り物がしばらく飛ぶと、空の上に不思議なモヤが見えた。
翡翠の子が操縦席で操作すると、乗り物に装備されている武器から、一筋の光が発射された。
それが当たると、モヤは一瞬で霧散した。
翡翠の子いわく、「こわいもの」がたまに具現化するらしく、それを排除しているのだとか。この「こわいもの」とは、吸血鬼が言うところの「魔物」にあたるらしい。黒い霧のようになったり、獣の姿に変化したりと、不思議な性質をもつこの「こわいもの」は、放っておけばやがて人に危害をくわえるのだとか。
乗り物はしばらく海や陸の上空を巡回し、森に戻った。
ダリウスは光を放つこの武器に興味をもち、いろいろと仕組みを教えてもらった。
ハンターの団長を務めるだけあって、彼の戦闘能力は高い。この武器を使えば、自分の能力を活かせるのではないかと考えはじめた。
それから度々、ダリウスは空の巡回に同行するようになる。
「わるいもの」と戦う術を教わり、みんなを守るよう努めていった。
ある日、海の上を飛行していると、すさまじい揺れが発生した。
どうやら「わるいもの」に攻撃されたようで、その衝撃で武器の一部が落下。幸い「わるいもの」の撃退には成功したが、乗り物は一度修理が必要になる。いったん地上に戻り、落下した武器を回収して森に戻った。
破損した武器は、全長が約2メートルほどあった。
ダリウスはそれを見てピンとくる。
これを単体で使用できはしないかと。そう思い、さっそく翡翠の子に相談して、改造を行った――
☆ ☆ ☆
ダリウスは戦士としての経験を積むために、しばらくのあいだ森の街を離れた。
改造した武器を手に取り、地上にはびこる「わるいもの」を排除して回った。
その甲斐あって、武器の扱いにも慣れてくる。
確実に実力をつけていったダリウスは、久しぶりに森の街に帰ってきた。
このときメリーダとセルジュは結婚していたが、ダリウスはその事実を知らない。
ましてや情勢に疎い彼は、世間話を深掘りする趣味は持ち合わせておらず、住民たちの安寧に従事する日々のなかで、弟の生存を知る機会を失っていた。
ダリウスは再び街を離れ、修業を積む。
やがて時は経ち、再び彼は故郷に帰ってきた。
が、森に入る手前――貴族たちが生活していた街にさしかかったところで、彼は唖然とした。
かつてそこにあったものがなくなっていた。
街も城も人も。草原は灰になり、歪んだ空気と重い油のようなニオイが立ち込めていた。
茫然とさまよっていると、そこで吸血鬼や翡翠の子たちと出会った。
ダリウスは、いったいなにがあったのか問う。
どうやらゼノが謀反を起こし、この惨事を招いたのだと知った。
それだけではない。
彼の私兵は森の街をも焼き払い、現在も混乱が続いているという。
翡翠の子は蒼い目をぼんやりと光らせながら、ダリウスの裾を引っ張った。
このあたりには「わるいもの」がたちこめている。それも、いまだかつてないほどに大きなものが。定期的に排除しないと、たいへんなことになるらしい。
さらにこんなことも言う。
400年後に「おおきなわるいもの」が復活してしまう。翡翠の子たちはもうじきこの土地を離れるらしく、いつ戻ってくるかわからない。
吸血鬼たちは住む場所を失い、移住を計画する者もいた。
ダリウスは考える。
もし、誰もいないときに「わるいもの」が現れたらどうなる?
土地を荒らし、人や動物を傷つけるのではないか? その被害は放置すれば拡大するのではないか? 頭の中に最悪のシナリオが巡る。
焼け野原を見つめるダリウスは、力強く拳を握る。
自分がこの地を復活させる。そして、再びこの土地に人々を根付かせる。
わるいものが現れたら排除する。長い道のりになるだろうが、やってみせると、そう誓った――
☆ ☆ ☆
やがて翡翠の子や吸血鬼たちはこの地を去った。
ダリウスは丘の上で空を見上げる。風が吹き、静かな晴れの日だった。こうしていると、昔のことを思い出す。
吸血鬼を排除するために結成された部隊も、今は自分一人になってしまった。だけど孤独じゃない。瞼を閉じれば、部隊の仲間たち、吸血鬼や翡翠の子たちがいる。
そして、弟も――。
「…………」
ダリウスは顔を上げる。ここからはじまる、新たな未来の幕あけ。
『ヴァンパイアを狩るもの』ではなく、『ヴァンパイアと共にあるもの』として、改めて『ヴァンパイアハンター』の名を胸に刻む。
400年後に訪れる災厄にそなえ、この地を守り続ける。
掲げた武器は、騎士が誇る大剣のそれに似て。
この日から相棒の名を、『シルバーソード』と命名した――
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