↓第27話 さがしてもみつからない

「ビリーさぁ~ん! ビリーさぁ~ん!」


 迷子とうららは呼び続ける。

 もう日は沈みかけているのに、一向に見つかる気配は……ない。


「ビリーさぁ~ん! お腹減りませんか~? あま~い、あま~いドーナツですよ~!」


 丸いドーナツを持って、迷探偵は呼び続ける。

 お腹の空いた相手を食べ物でおびき出す作戦だ。

 迷子たちはこれ以上ないアイデアと確信している。……が、その声は虚しく、丘の向こうに消えるだけだ。


「ビリーさぁ~ん! ……ん?」


 と、草原の向こうから一台の軽トラックがやってくる。

 家畜のエサだろうか、荷台には大量の干し草が積まれていた。


「おい、そこでなにしてやがる?」


 目の前で停まったトラックから、不機嫌そうな声が飛び出す。

 森を抜けた農場で働く、ベベだった。


「ビリーさんを捜しているんです。どこかで見ませんでしたか?」


「ビリーだぁ?」


 ベベはアゴを摩りながら首をかしげる。

 まるで心当たりがないといった様子だ。


「悪いが他をあたってくれ」


「そうですか……」


 迷子がそう告げると、トラックは再び不機嫌そうにエンジンをうならせる。

 荷台の干し草を雑にこぼしながら、黒い煙を吐いて去っていった。


「むぅ、どこ行ったんですかねぇ……」


「ダメだぜ迷子。こんなんじゃヤツは出てこねぇって」


「だめですかねぇ?」


「そうだぜ。もっと頭を使わないと」


「頭を? ひょっとしてうららん、なんかいいアイデアが?」


「フフン、こんなこともあろうかと、スゲェやつ持ってきたんだ」


 うららは言いながら、ゴソゴソとバッグの中をあさる。

 ドヤ顔で掲げた手には、なにやら液体の入った小瓶が握られていた。


「じゃーん! ハチミツぅー!」


 小瓶の中には濃い琥珀色の液体が揺らめいていた。

 説明欄には英語が表記されているが、迷子たちは何が書いているのかわからない。

 が、うららが指の先で舐めた感じでは、間違いなく上質のハチミツだった。

 そのほかでわかることといえば、白とピンクが混ざったきれいな花のイラストがラベルに描かれていることくらいだ。


「わぁ、なんか高級そうです!」


「だろ? カミっちの部屋にあったのパクってきたんだ!」


「盗んじゃダメですよ。うららん悪い子です」


 と、迷子は言いつつも、


「ですがお手柄です。これをドーナツにつければ、きっとめちゃくちゃおいしいです!」


 名案とばかりに大きく頷いた。


「だろ? これならヤツも我慢できなくて出てくるぜ!」


「すごいですようららん、天才ですかね!?」


「わははー! ディス・イズ・ニンジャー!」


 二人が盛り上がる中、迷子の端末がヴヴヴ……と振動する。

 画面を見ると、ゆららの名前が表示されていた。


「――もしもしゆららん?」


『あ、メイちゃん? ビリーさんは見つかったぁ?』


「まだです。そっちはどうです?」


『こっちもダメぇ~。街の宿には宿泊履歴がないしぃ、目撃情報も皆無。捜査は難航しそぉ~』


「そうですか……」


『ねぇ、どこか彼の行きそうな場所はなぁい?』


「う~ん、家にいないとなると皆目見当がつきません。ですからおびき出す作戦に打って出ました!」


『おびきだすぅ?』


「ドーナツです! 旅のおやつに持ってきた、一流スイーツ店の一品ですよ!」


「しかもハチミツつきだぜ!」


 二人の自身に満ちた声を聞き、端末の向こうでゆららは額を押さえた。


『はいはい、とにかく難航していることはわかったわぁ……。もうじき夕暮れだしぃ、こうなったら夜まで待機するのもありかもねぇ』


「なるほど、待ち伏せ作戦ですね。本来、アンヘルさんとの約束が夜でしたから、再び連絡があるかもしれません」


『私はいったん戻るからぁ、のちほどぉ~』


 そう言ってゆららは通話を切る。

 それと同時に、迷子のお腹が「ぐぅ」と鳴った。


「そういえばお腹すきました……」


「もうじき夜だしな。そろそろメシの時間だぜ」


 うららもお腹をさする。

 捜査が長引くようなら、いったん食事を摂っておいたほうがいいかもしれない。


「ドーナツ作戦は一時中断です。カミらんのお家に戻りましょう」


「よっし、メシだ! ……ん?」


 夜食の気分で浮かれるうららだが、ふと視線の先に二人の人影が見えた。


「あれってネーグルとアルヴァじゃね?」


「あ、ほんとです。なにしてるんでしょう?」


 迷子たちは走っていき、二人に合流する。


「ネーグルさ~ん! アルヴァさ~ん!」


「――おや、迷子様にうらら様。もうじき日が沈みますよ」


「ビリーさんを知りませんか? いなくなったんです!」


「なるほど……みなさまも捜していたんですね」


 ネーグルは雲った表情で続きを話す。


「わたくしたちも神父様からお聞きしました。森のほうから帰ってきたところです」


 食材を見せるネーグルに続き、アルヴァが口を開く。


「少なくとも僕たちが見た範囲では、見つけることができなかった……。呼びかけても反応がないんです」


「そっちの方向じゃないんですかねぇ……。いったいどこへ?」


 迷子が首をひねると、ネーグルがこう言う。


「ところでカミール様は? てっきりご一緒かと」


「ああ、カミらんは一人でお城にいきました」


「お城に? 連絡もなしに――」


 そう言ってポケットをあさるネーグルだったが、端末がない。

 カゴのポケットが膨らんでいることに気づき、アルヴァが「兄さんこれ――」と、指を差す。どうやらポケットから入れ替えたことを忘れていたらしい。


「わたくしとしたことが……」


 カミールからの着信を確認し、さっそく電話をかけ直す。

 しかし、向こうが出る気配は……ない。


「おかしいですね。端末は持っているはずですが」


「寝てんじゃね?」


「不自然ですようららん。だってビリーさんを捜している最中ですよ?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 互いに視線を交わす一同。妙な胸騒ぎを覚え、迷子はじっとしていられない衝動に駆られる。


「とにかく城に行きましょう!」

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