第7話 一日目と二日目の違い

「俺が愛理あいりを、こんな危険な目に遭わせたんだな……」


 頭に包帯を巻き、テントのマットレスで寝ている愛理は、時々、苦しそうに息を漏らす。

 傷口から細菌が混じり、その影響で軽い発熱を起こしていたのだ。


「大事な助手に大怪我をさせたんだ。労災どころじゃ済まないぜ」

「俺は探偵として失格だな……」


 仮にもプロの探偵なら、パートナーを守り抜くのも、立派な仕事の一部だ。

 俺は愛理の額の濡れタオルを交換しながらも、自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。


「そんなことないよ……龍之助りゅうのすけ……。持ち場を離れた、私のミスなんだから……」

「愛理、いいから、寝てろよ」

「大丈夫だよ。ちょっと頭が疼くだけだから……」

「でも熱があるんだから、無理するなよ」

「うん、ありがとう……」


 俺は身を起こそうとした愛理の体を寝かしつけ、床に落ちたアニマル柄のタオルケットをかけ直す。


「でもね、龍之助、美佳みかちゃんはもう……この世には……」


 愛理の顔に影が差し、心底辛そうな感情を見せる。

 愛理にとっては、九谷美佳くたにみかは大切な友達だったんだ。

 その友達が、今はもう、この世にはいなくて……。

 来世がどうあれ、あまりにも急すぎる別れだった……。


 まだ大学生という若さの愛理にも、ショックが大きいだろう。

 心が成熟していない者にとっては、一生消えない傷となって、死ぬ間際まで失った相手に苦しむかも知れない。


 それでも俺は、愛理から事情を聞き、事件の鍵となる鍵穴アリバイを探す。

 これ以上、施錠していた扉が開いて、犯人の魔の手が伸びないように……。


「ああ、部屋の廊下に肉の感触があったとか、最悪だな。相手は誘拐だけじゃなく、バラバラも好むのかよ。参ったぜ」

「うん。それに二日間監禁されて思ったんだけど……、同じ朝なのに、二日目はスズメが一切鳴いてなかったよ……」

「ということは、現場を移動していたことになるな。でも移動するにも、人間って結構、重たいんだけどな」


 看護師は抱える時のテクニックを学んでいるので、軽々と患者を運んでいるようだが、探偵というスキルしかない俺には、そんな能力も無く……。


 遺体をバラバラにしたのも、持ち運びやすくしたようだが、一度殺めた相手を切り刻む時点で、人として異常である。

 犯人には一個しかない命を平然と持て遊び、殺人を犯したという、罪悪感すらないのか……。


「うん。二日目は……カラスの鳴き声だったし……」

「なるほどな。他に何か変わった音は聞こえたか?」

「どうかなあ。強いて言えば、初日とは違って、二日目に触れた窓ガラスが……水で濡れていたことかな……あいたた……」

「分かった。でももう無理するなよ。下手すると、愛理の命までも奪われたりしたんだからな」

「はい、以後気をつけます……」


 俺は愛理が寝ているテントを離れ、あごに手を当てて、しかと考えてみる。

 犯人は愛理と美佳を誘拐し、猟奇的に命を奪った美佳とは違い、なぜか愛理を殺しはしなかった。

 愛理はご丁寧に目隠しされ、拘束されたのにも関わらずにだ。


「待てよ、これが犯人の思惑だとしたら……」


 腕時計は、13時になろうとしている。

 誘拐犯との身代金の取引時間が迫っていた。


 17時までに一億の金なんて、どう考えても用意できない。

 その前に何としてでも、連続誘拐の犯人を探し当てないと……。


「ねえ、拓巳たくみ。100均の手鏡とかじゃなく、ちゃんとした物はないの。ガラスが曇って使いにくいんだけど?」

「だったら曇り防止のスプレー缶が、共用のバッグに入ってるだろ」

「それが空っぽだから、言ってるんだけど」

「えっ、おかしいな。まだ残っていたはずなんだが?」

「はあ、これだから山は苦手なのよ……」


 待てよ、曇ったガラスに、空のスプレー缶、山が苦手、共用のアイテムという理由。

 ということは、犯人は親しい人物に絞られてくるな。


 だとしたら、犯人はあの人だろう。

 じゃあ、あの吊り橋事故で、未だに行方不明でもあり、雨枝満あまえだみつるが被害に遭ったトリックも暴かないと、証拠が不充分だ。 

 俺に課せられた、今回の事件も中々の難問だな──。


****


 ──二度目に来た、例の吊り橋は、よく晴れた天候のせいか、隅々まで周囲を見渡せる。

 観察眼を広げると、向かい側の崖で千切れて、崖と似たような茶色いロープが垂らされていた。


 ここから見た大地の先はよく見えないが、吊り橋でしか渡れないという絶好のポジション。

 その通行手段の吊り橋は壊れ、身を隠すには最適の場所だ。


 自宅から持参した双眼鏡で、さらに注意深くみると、崖に残っている二本のロープから、鈍く光るワイヤーが目に入る。


 ……となると犯人は、やっぱり外部から来た者じゃない。  

 俺たちは犯人の悪知恵で、ここに残されたのだと……。

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