PARTB 解明編

第6話 現場に戻ってくる習性

「──ありがとうございました」

「さてと買うものも買ったし、後は帰るだけか。今日は夜のバイトは休みだし、何から読もうかな」


 ──夕刻すぎ、バイト帰りに紀伊国堂きのくにどう書店に立ち寄った、黒いパーカーと、灰色の綿パン姿の猿渡夢太さるわたりゆめた


 何かの資格の教科書に、問題集、ここで買ったばかりの漫画本と、大量の本が入った灰色のトートバッグを肩にかけた彼は、レジ担当のスマイル無料な澄香すみかさんに一言一礼し、フードを深く被ったまま、鼻歌混じりでレジから離れる。


『ドン!』

「いで!?」

「おっと、失礼」


 そこへ、一人の男と真っ向からぶつかり合う。

 道行けば、必ず人の目が届く通路でぶつかるなんて、二人とも、どこを見て歩いていたのか。


「何だよ、どこ見て歩いてるんだよ。僕のナイーヴなハートが傷ついたじゃんか」

「すまないね。猿渡君」

「あっ、篤郎あつろう店員さんじゃないですか。いつもお疲れ様です」

「ありがとう。これで荷物は全部かな」

「はい。わざわざ拾ってもらってすいません」


 篤郎がしゃがみこんで、床に散乱した本を拾い、表裏を積み重ねた本の山を持って、猿渡に手渡す。

 ぶつかってきた原因は向こうにもあるのに、言い返すこともできない内気な猿渡。

 それどころか、篤郎の親切心と優しさに取り込まれた気がして、思わず感謝を述べるしかない。


「君には、いつも世話になってるからね。私には、これくらいのことしかできないけど」

「いえ、すいません。それではこの辺で」

「うむ。道中、気をつけてな」


 篤郎が手を振って見送る中、猿渡は防犯ゲートを潜ろうと背筋を品良く伸ばす。

 別に悪いことはしていないが、猿渡は空港の荷物検査みたいな感覚で、いつになく緊張していた。


『ビィー、ビィー、ビィー!』

「なっ、何だあ!?」


 猿渡が防犯ゲートに足を踏み入れた途端、ゲートのランプが赤く点滅し、激しい警報音が部屋中に響き渡る。


「フフフッ。ついに尻尾を掴みましたよ。万引きの犯人さんとやら」

「違う、僕は何もしてないっ!?」

「してないのなら、どうして防犯ブザーが鳴るのですかねえ?」


 ちょうど店内の出入口で張り込みをしていた江戸川えどがわ警部が、剃り残しの顎髭を触りながら、素早い動きで近寄ってくる。


「まあ、二度あることは、三度あるとも言いますし、どのみち万引きの常習犯だったのでしょう? あの時、センサーに反応しなかったのは、お腹を下したというで、店内のカメラの届かない死角で、本を包んでいた包装紙フィルムを破いたからと」

「違う、僕はそんなことしてないよ!」

「フフッ、往生際が悪いですよ。万引き犯は、みんなそう言って、シラを切るんですよ」


 江戸川警部は表沙汰でも、事件については騒がず、冷静に状況を分析していた。

 犯人には後ろめたさがあるせいか、犯行現場に戻ってくる確率が高いという習性を、逆手に取ったようだ。

 幾度もの事件を担当した警部の役柄だけに、今回はお手柄である。


「猿渡夢太、あなたを万引き、窃盗の現行犯で逮捕します」

「ううっ、お母ちゃん。ごめんよお……」


 猿渡が泣きながら、生みの親である母親を呼ぶが、江戸川警部も、日頃から心技体を訓練している公務員だ。

 そこに情けはなく、非情に冷酷なまなざしで、猿渡に手錠をかけようとする……。


「──ちょっと待ってくれ、江戸川警部」

「何ですか、君はやぶから棒に」

「猿渡くんは犯人じゃないよ。まんまと真犯人に仕組まれたのさ」


 ──どうも電話に出ないと思いきや、猿渡くんは買い物中で篤郎さんは仕事中だったか。   


 まあ、好都合だな。

 二人ともここに居てくれて、捜す手間が省けたというか。

 それよりも今は、この事故の解明からだな。


「そのトリックを簡単に説明するとこうだ」


 俺は両手を一回だけ叩き、メンバーの視線を自身の瞳に集中させる。


「さっきぶつかった衝撃で、トートバッグの中身を床に散乱させ、会計をしてない一冊の漫画本を紛れ込ませたのさ」

「さらに未購入の本を混ぜたと分からないよう、自らが率先して拾い集め、しかも本じゃなく『これで荷物は全部かな?』と言ってね」

「そんな大それたことができるのは、その場所にいた店員さん以外に考えられない」


 俺はひとさし指を突き立てて、この出来事を起こした犯人の方を指さした。


「そうですよね、篤郎さん!」

『えっ?』

「いや、左様篤郎さようあつろう! あんたが紀伊国堂書店、万引き事件の真犯人だ!!」


 俺は真犯人を指さすと、集められた他のメンバー三人は驚いた顔をしている。


「ま、マジなん!? 一番やっちゃいけない立場でしょ?」

玲子れいこの発言通りですね。信じられない気持ちで一杯です」

「あなた、どうして、こんな馬鹿げたことを……」


 そうだよな、まさか依頼人が犯人だなんて、普通は思わないよな。

 しかも誰よりも本を大切に扱い、万引きを厳重に注意していた、書店の店員だけに……。


 まあ、俺はずっと前から、篤郎が怪しいと思っていたけどな……。

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