第十八章「きみは、ずっと、友達だよ」

聖剣がぼくの心臓を貫いた。


 不思議と痛みはなかった。ただ、ぼくの体から魔王として、そしてアルとして積み上げてきたすべての力が、急速に流れ出ていくのを感じた。

 ぼくはシオンの目を見つめた。その目から大粒の涙がとめどなく溢れている。ああ、きみはそんな顔もするんだね。


 ぼくの体が光に包まれる。巨大だった魔王の体はみるみるうちに縮んでいく。漆黒の鱗はダークドラゴンの姿に。そして、力強い翼はコカトリスの不格好な羽に変化をし、体も小さくなり、完全なコカトリスの体に戻っていく。

 ぼくが最初に彼と出会った、あの時の姿に。


「アル……?」


 シオンの声が震えている。彼の目に映るぼくの姿が、もう憎い魔王ではなくなったから。シオンは自分が何をしてしまったのか、ようやく理解し始めたようだった。


 ぼくはゆっくりと倒れた。シオンは剣を手放し、ぼくの小さな体を震える手で抱きしめた。


「なぜだ……。なぜ抵抗しなかったんだ……! なぜなんだ……!」


 シオンの悲痛な叫びが玉座の間に響き渡る。ぼくは彼の顔を見上げた。後悔と絶望に歪んだ親友の顔。


「……シオン……。ぼくは……きみを……傷つけたく……なかった……」


 ぼくの言葉はもう途切れ途切れだった。意識が遠のいていく。でも、これだけは伝えないと。ぼくは最後の力を振り絞り、震える指で玉座を指差した。


「……玉座……の……ひじ……かけ……に……」


 それがぼくの最後の言葉だった。


「アル……? アル! しっかりしろ! アルー!」


 シオンの叫び声が遠ざかっていく。ぼくの視界は完全に闇に包まれた。


 シオンは腕の中で完全に動かなくなったぼくを、しばらく抱きしめていた。やがて彼はぼくの最後の言葉を思い出し、ふらつく足で玉座へと向かった。そして、ぼくが指差した右側の肘掛けの裏を探った。そこには小さな隠し扉があった。


 扉を開けると、中には一つの小さな箱が収められていた。シオンは震える手で箱を開けた。中に入っていたのは数枚の羊皮紙と、そして一つの記憶を記録する水晶だった。


 彼は水晶を手に取った。すると水晶から光が放たれ、目の前に立体的な映像が映し出された。


 そこに映っていたのは、人族界の過激派の騎士団長と魔王軍の古参のデーモン公爵が密会している衝撃的な場面だった。彼らは人族と魔族の和平を快く思わず、リリア姫を偽の魔族の襲撃によって殺害し、その罪をすべてぼくに擦り付け、再び世界を戦争へと引き戻そうと企んでいたのだ。


『……リリア姫の葬儀も滞りなく終わった。これで勇者シオンは魔王を討つだろう……』

『フハハハ。あの小僧が魔王になったおかげで、我らの計画もやりやすくなったわ……』


 すべてが罠だった。リリア姫の死も、その後に人族界で流された魔族による虐殺の噂も、すべてはぼくとシオンを戦わせ、再び世界を戦争の渦に巻き込むための卑劣な陰謀だったのだ。


「ああ……ああああ……。アル……。オレは……オレは、なんてことを……!」


 真実を知ったシオンはその場に崩れ落ちた。彼は自分の愚かさを呪った。親友の言葉を聞かず、憎しみに身を任せ、その手で唯一の友を殺めてしまった。彼は陰謀を打ち砕くべき勇者でありながら、まんまとその駒として踊らされていただけだったのだ。


 シオンはぼくの小さな亡骸の元へ戻ると、その体を優しく抱き上げた。彼の熱い涙がぼくの冷たい頬を濡らす。


「ごめん……アル……。本当に、ごめん……」


 彼は泣いた。声を枯らして、ただひたすらに泣き続けた。


 やがてシオンはゆっくりと立ち上がった。その目にはもう涙はなかった。あるのは地獄の底のような深く、そして静かな決意の色だった。彼はぼくの亡骸を玉座の間にそっと横たえると、陰謀の証拠である水晶と羊皮紙を懐にしまった。そして自らが手放した勇者の剣を再び手に取った。


 その剣はもはや人族界の正義のための剣ではない。殺してしまった親友の夢を、そして彼が愛した世界の平和をこの手で取り戻すための、贖罪の剣だ。


「見ていてくれ、アル。お前が命をかけて守ろうとしたこの世界を、今度はオレが守ってみせる。お前の夢は、オレが必ず叶えてみせるから」


 シオンはそう誓うと、一人玉座の間を後にした。彼の長く、そして険しい本当の戦いが、今、始まろうとしていた。


 勇者シオン。きみはいつまでも、ぼくのたった一人の友達だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくが魔王になったら。 観月 白 @bar616

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ