第二章「強くなるには、あんなことやこんなこと、ごめんね。」

 あれから、どれくらいの時間が経っただろう。

 スライムくんを手にかけたあの日の感触は、まだ拳にこびりついて消えない。彼の犠牲を無駄にしないと誓ってから、ぼくはがむしゃらに強さを求めた。

 死んでいったスライムくんたちの最後の顔が、時々、頭に浮かんできて、胸がちくちくするんだ。ごめんね、ごめんね……。心の中で何度も謝りながら、ぼくは他のスライムくんたちにも同じように手を下していった。

 レベルが上がるたびに、体の奥から力がみなぎるのを感じる。でも、それと同時に、心が少しずつすり減っていくような、複雑な気持ちだった。

 そうして、ぼくはレベル4になった。


 そんなある日、森の奥深く、苔むした遺跡のような場所で、ぼくは一つの発見をする。

 それは、年上(としうえ)のオークが、捕まえた人族の冒険者をペットのように従えて、奇妙な儀式をしている光景だった。彼らは地面に描かれた二つの魔法陣を使い、人族の冒険者は年上のオークと他の魔族と融合させて、オークの力をより強力に変えていたんだ


 一つ目は、これまでぼくがやってきたように、他の魔族を倒して経験値を稼ぐこと。これが一番単純で、直接的だ。


 そして二つ目と三つ目が、あのオークたちも利用していた「強化合成」と「進化合成」。

 強化合成は、他の魔族を素材として自分に吸収し、純粋にレベルだけを上げる秘術。そして進化合成は、特定の種族の魔族と合成することで、まったく別の、より強力な種族へと生まれ変わる秘術だ。

 どちらも、お互いの同意さえあれば、戦わずして強くなれるという。でも、その実態は、片方が一方的に吸収される、残酷な儀式だ。


 胸が痛む。でも、魔王になるという夢のためだ。ぼくは、まず「強化合成」を試してみることにした。


「あ、スライムくんっ! ねぇねぇ、ぼくと一緒に強くなりたくなぁい?」


 たまたま通りかかった、ぷるぷると元気いっぱいのスライムくんに、ぼくはできるだけ明るい声で話しかけた。


「うん! 強くなる!」


 スライムくんは、何の疑いもなく、目をキラキラさせて答えてくれた。その純粋さが、今のぼくには眩しすぎて、痛い。


「じゃあ、決まりね!」


 ぼくは、あらかじめ地面に描いておいた魔法陣の一つを指差した。


「ぼくが、この輪っかの上に立つから、きみはそっちの輪っかの上に立ってね〜」

「うん! ここでいいのかな?」


 無邪気にぴょんと魔法陣に乗るスライムくん。ごめん。本当に、ごめんね。ぼくは心の中で三度目の謝罪をして、叫んだ。


「いっくよ〜! きょーかごーせー!」


 ぼくが叫ぶと、足元の二つの魔法陣がまばゆい銀色の光を放ち、ぼくとスライムくんを光の円柱で包み込んだ。光の中で、スライムくんの驚いたような悲鳴が聞こえる。


「きゃー!」


 光が強すぎて、もう彼の姿は見えない。やがて、光の円柱がゆっくりと上から消えていくと、そこにはもう、スライムくんの姿はどこにもなかった。代わりに、ぼくの体には、さっきよりもずっと強い力が満ち溢れていた。


「パパラッパッパーン!!」


 ああ、このファンファーレにも、少し慣れてしまった自分が嫌になる。


「ぼくのレベルが4から6に上がった!」


 うぉぉぉ! やっぱり、倒すよりも効率がいいな。でも、お金もアイテムも手に入らないし、何より、この胸の痛みはどうしようもない。彼の最後の悲鳴が、まだ耳の奥で響いている。


 そして、もう一つの禁断の秘術、「進化合成」。

 特定の魔族と合成すると、別の種族に進化できるんだって。今のゴブリンの姿は、どうも人族に嫌われているみたいだし、ここは一つ、違う種族になってみようかな。つるつるの緑の肌より、ふさふさの毛皮のほうが、みんなに受け入れてもらえるかもしれない。

 夜の森でよく見かける、鳥っぽいバットくんなら、きっと可愛らしい魔族に進化できるはずだ。


 ホーホー。


 夜の森は、昼間とは違う顔を見せる。フクロウの鳴き声が、どこか遠くで響いていた。


「あ、バットくん!」


 ぼくは、森の奥で羽を休めているバットくんに声をかけた。


「おや、ゴブリンがこんな夜更けにどうしたんだい? 道に迷った? ねぇ、迷ったんでしょ? 絶対迷ったんだよね?」


 バットくんは、逆さまにぶら下がったまま、好奇心旺盛な目で問いかけてきた。


「ぜんぜん迷ってないよ! それより、相談があるんだ。ぼくと一緒に、もっと強くならないかなぁって」

「うーん。強くなって、何かいいことあるの? ぼくは、この森でのんびり暮らしてるだけで、結構幸せなんだけど?」


 まずい、この子はあんまり強さに興味がないタイプだ。ぼくは少し焦って、言葉を続けた。


「え〜、つまらなくない? もっと外の世界に飛び出していこうよ! いろんな世界を見て、楽しいことをたくさんしよう! それに、外には、すっごくかわいい子だっているんだよ!」

「ピコーン! かわいい子!? そ、その話、詳しく聞かせてもらおうか!」

「じゃあ、決まりだね! ぼくがこっちの輪っかに立つから、きみはあっちの輪っかに立ってくれる?」

「うん! ここでいいのかな?」


 今回も、ごめんね、バットくん。きみの純粋な好奇心を、ぼくは利用させてもらうよ。


「いっくよ〜! しんかごーせー!」


 さっきとは違う、金色の光が魔法陣から放たれる。光の円柱の中で、バットくんの甲高い鳴き声が響いた。


「ぴぃー!」


 やがて光が収まると、バットくんの姿は消えていた。そして、ぼくの体は、骨がきしむような、肉が作り変えられるような、奇妙な感覚に襲われた。


「シューンシューンジャッキーン!!」


 なんだか、さっきよりすごい音が鳴ったよ!


「ゴブリンから、コックに進化した!」


 あれ……?

 鏡で自分の姿を見て、ぼくは愕然とした。ふさふさの毛皮どころか、全身が黄色い羽毛で覆われている。腕は、物を掴むことのできない、貧弱な手羽先に変わってしまっていた。

 これって……どう見ても、ニワトリだよね……。

 ぼくの腕を返してよぉぉぉ!


 パタパタパタパタ。クェー!


 ぼくの口から、情けない鳴き声が漏れた。魔王への道は、まだまだ始まったばかり……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る