IF/Ash-like snow

廃棄世界線/幻視、灰色の幸福

 僕は時雨しぐれゆきが好きだ。

 いつも微笑んでくれて、優しい君が好きだ。

 死を求め続けた自分に生きる意味と希望をくれた。


「ただいま」


 隣にいてくれるこの時間が好きだった。

 故郷より南に数百キロ。瀬戸内海をわたりさらに南下。四国へ入り、高知県のとある離島へと移った。

 海は島もなく果てまでが青い太平洋を前に僕たちは学生の身分で駆け落ちした。

 頼れる人間も運命も、全て断ち切って二人で生きることにした。

 親からもらったわずかな貯金と“あり得ざる者たち”との関わりで得た力。

 正しい使い方をせず、逃げたんだ。

 

 限界集落。人の活気よりも生物の息吹のほうがするこの島のひとたちは、僕たちを訳ありだとかなんだとか、最初はすごく噂をされたけど、今はとても親切にしてもらっている。

 海と島。元いた街とは似ても似つかない。娯楽もない。

 ただ自然に圧倒されるような島だけど、困るようなことはなかった。


「おかえり」


 住まうかわりにその建物を管理するという名目で民宿の一部を借りて、僕たちは暮らしている。

 二人で暮らすには充分だ。

 でも、稼ぎは少ない。決して裕福とは言えない暮らし。けれど、彼女がいるだけで幸せだった。

 

 ――――僕は、彼女がいない世界を認めたくなくてこんなことをしている。


 ある日、そういう未来をた。

 彼女が死ぬという結末を知った。

 回避する方法も打開策もない。未来視と言っても時が経てば経つほど泡沫うたかたのように記憶は消えていった。

 ただ自分はもうここにいてはならないと思ったし、彼女もまたこの街にいては死ぬと悟った。


 魔術師としての自分を放棄し、倉井戸蒼や香夜から遠ざかり生きようと決めた。

 雪は最初こそ動揺し、困惑し、怯えていたけれど数ヶ月が経過した今はこの生活を受け入れてくれている。

 僕はなにも本当のことを語っていないのに。


 偽吸血鬼の力はあまりにも強大だ。不死身になるだけでなく、強靱な肉体強化を自然と受ける。何度か力を封じようと試みたがまるでダメだった。

 だが、僕には使い魔がいる。妖刀。この刀で定期的に自分を刺すことで偽吸血鬼の力はかなり弱まってきていた。

 吸血衝動のような暴走の兆候もない。

 このまま続ければきっと大丈夫。僕は人間に戻れる。


「もう年末かー。なんだかすごく一瞬だったように感じる」

「そうだね。学校にいた頃より、ずっと時間の流れが早い……」


 十二月三十日。今年は例年よりどこも冷えていて、ここでも雪が降った。


「少し、外に出ない?」


 はんてんを着た彼女は頬を染めながら、寒そうにしながらも微笑む。

 冷え切った手を僕は握り、頷いた。


「星が綺麗だ」


 街の光もほとんどない。

 あるのは自然の光だけ。

 どこまでも星空が続いている。

 本当に、どこまでも。

 綺麗だ。


 原っぱに二人して横になった。


「ずっとこうしていられるよ」

「私も」


 でも、わかっていた。

 ずっとなんてないこと。永遠ほど矛盾したものはないこと。

 僕たちの身体はとっくに限界だということ。


「巴くん。私、後悔はしてないよ。だって、だってこんなにも私は満たされている」


「……うん。僕もだ」


 妖刀黄昏に蝕まれた身体はもう限界だった。その対処法もわからないままこうして半年が経過したんだ。黄昏が霊体化することをやめて極限まで負担を減らすことができてもあの刀の存在を消すことはできないし、僕の身体を維持するのにも黄昏は必要だった。破壊することははたから無理だったし、できたとしてもやらなかった。

 あの街にいた時点で既に危険域だった彼女に僕は無理をさせた。

 別の環境で新しい生活適応する。学業も夢もなにもかも捨てて。

 迫る死に怯えて逃げるか死を認めても尚、切羽詰まった普段どおりの生活するか。

 その二択だった。


「だから、ほんとうに、ありがとう…………ともえ、くん」


 そのまま、彼女は眠ってしまった。

 目蓋を閉じれば自分も終わるのだと思った。

 偽吸血鬼としての負荷。もう一人の自分との衝突。それを全て押さえ込んできたけど、もうここが限界だ。

 でも不思議と苦しくはなかった。

 痛みもなく、ただふわっと眠気だけが襲ってきたのだ。

 昼寝をするようにゆっくりと。おだやかに。

 僕はもう見ることのない夢を見る。


 ◆


【それから数時間後】


「まったくめんどうなことをしてくれる。偽吸血鬼の力を隠蔽するには都合がよかったが」


 トランクを持った男が夜の離島に現れた。

 倉井戸くらいど香夜きょうやは青咲巴の身体に特殊な注射針を刺し、管から偽吸血鬼の力だけを抽出する。


「死んでないのか。でも、それじゃあ死んでいるのと同じだ」


 巴はかすかに呼吸をしていた。


「まぁ。ご苦労さんだ。君とはもう少し話してみたかったが――もう叶いそうにない」


 そう言って、香夜は銃口を巴の頭に向けた。


「おやすみ。どうか安らかに。今度はもう少し良い夢を」


 銃砲がして、夜にも関わらず鳥が飛んだ。


 島を去ろうと港へ進む帰り際。

 香夜は子供の姿を見た。

 人が死んでいる方へ駆けていく幼女だ。


「珍しい」


 切羽詰まった顔で、まるでなにが起こったかわかっているような顔だった。


「おい。そっちには行かないほうがいい」


 足が止まり、一瞬こちらを振り返って睨んだ。

 その顔は“よく知る誰か”に似ていた。


「……ふぅん? 螺旋遼遠まほうつかいの使いっ走りか? 酷なことをする」


 煙草に火をつけて男は笑う。

 そして、知ったことじゃないなとまた歩き始めた。







【本編との相違点など】

・第二章妖刀黄昏/暁編より分岐。

・時雨雪の持つ妖刀黄昏の力を制御することに失敗。刀は暁にならなかった。

 →時雨雪への過負荷状態は続いたまま。

 →本来暁と契約し最適化されるはずだったが、青咲巴の偽吸血鬼が不安定な状態に。

・青咲巴は神澤町で自分の正体を知ったが受け入れきれなかった。

・夏休み中に時雨雪が死亡する(本編の)結末を視てしまう。

 →無意識に使用した時間魔術の影響。

・九月初頭に二人で駆け落ち。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使いシリーズ/番外記録 九夏 ナナ @nana_14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ