拾七 残り2分の戦い
後方に飛ばされていたメンバーが火の巫女を取り囲むように戻ってきた。
「全員、出力全開でいけ! これならあいつに通用する! 全ての出力を剣に集めろ! 攻撃も防御も剣だけで対処! シールドは当てにするな!」
「戦列復帰早々に無茶言いよる」
火の巫女には厄介な帯に加えて強力な両腕もあり、さっきと比べて格段にやりにくくなっていた。でもメンバーにさっきの悲壮感のようなものは無くなり、いつもの無茶振りだと文句を言うくらいの余裕はあるようだ。これが歴戦のメンバーというやつか。
「いくぞ!」
今度は全員で一気に突っ込んだ。1人がいつの間にか修復してる帯を剣で受け止め、もう1人が受け止めた帯をぶった斬る。メンバーの剣は剛のと同じく白い光を放ち、さっきの苦戦が嘘のように帯を切っていく。
しかも同時に数カ所から切り掛かったので帯はあっという間に切り裂かれ、帯は動かなくなった。
「よっしゃ!」
翔夜たちは火の巫女本体に襲いかかる。
「舐めるでないわぁ!」
火の巫女は手の爪を変化させ、そして伸びていったそれは10[#「10」は縦中横]本の剣と化した。その10[#「10」は縦中横]本の剣を縦横無尽に振り回しメンバー全員を相手に全く怯まない。
戦いが乱戦になり始めた中、剛は1人戦いから抜けて火の巫女を凝視していた。
「美咲をどうしたら救い出せるんだ?」
俺は少し焦り始めていた。
普通のAuVなら稼働時間は10[#「10」は縦中横]分。アップデートで出力を上げる事ができるようになり火の巫女と渡り合えるようにはなったが稼働時間が大幅に減った。最大出力で稼働させると半分の5分が限界になってしまうのだ。
AuVが解除される前に終わらせなければならない。そしてカウンターに表示された限界時間まであと2分、無駄な時間は1秒たりとてない。だから闇雲に戦う前に色々と頭を整理してみた。
あのふざけたアビス粒子の量は美咲の力を取り込んだせいだと思う。だとしたら力の元となる美咲を巫女から切り離せばかの力で倒せるかもしれない。
だけど、どこに美咲がいるのか見つからない。
「バイザーの出力を最大にしてみよう」
とバイザーの索敵に出力を割り振ってのぞいてみる。
「何か見える!」
火の巫女の鳩尾のあたりに格段に濃いアビス粒子に囲まれた塊があり、その中心に小さな輝きがあるのを発見した。
光の塊になってはいるが、あの輝きは美咲かもしれない!
もはや迷ってられる時間を切った。俺は火の巫女の死角から一気に突撃し、中心の輝きに向けて剣を振り払う。
浄化の光を帯びた剣から光が離れ、衝撃派となって一気に鳩尾目掛けて飛んでいく。
しかし、火の巫女本体に当たったものの傷ひとつついていなかった。
『やはり直接攻撃しないと駄目か!』
「みんな! 場所がわかった! マーカー送ったからそこに突っ込んで! 狙いは鳩尾のところだ!」
残り1分45[#「45」は縦中横]秒ーーー
とにかくみんなであそこに攻撃を集中させる! しかし火の巫女はすぐに俺の狙いに気づいてしまった。残った帯で鳩尾部分をぐるぐる巻きにしてガードしてしまう。
「くそ!」
今さら仕切り直す時間はない。このまま押し切る! 俺は剣に力を集中した。しかも切先の1点に。
「おおおおお!」
俺の周りに障害はない。
火の巫女は腕を鋼の様に硬質化させて俺に向かって振り下ろしてくる。
「何度もやられるかよ!」
わざとスピードを落として攻撃ポイントをずらし、下に振り下ろした腕の横をギリギリでかわして懐に入る。
「ここだあ!」
俺は切先だけに光を集中させた浄化の剣を鳩尾部分に帯の上から勢いよく突き刺した。
「ぎゃああああああ!」
火の巫女が絶叫する。しかし帯は粉々に散ったものの、本体には小さな穴が空いただけだった。
「あははは! 簡単にやられるわけがなかろう。だが我の完全防御を突破したことは褒めてやるがな!」
笑いながら火の巫女はメンバーたちに切り掛かる。先ほどの攻撃で俺たちの戦力を把握したことで見下すような表情でさっきよりも激しい攻撃で一気に攻め立て始めたのだ。
こっちは最大出力でやってあの程度の穴しか開けられない。アップデートしても火の巫女を追い詰めるには足らないのか?
SERClのメンバーも連続して突撃しているが火の巫女の鳩尾どころかそこに辿り着くこともままならず、かえって彼女の猛攻撃をくらって動けなくなるメンバーも出てき始めた。
くそ、このままじゃまずい!
気持ちばかりが焦るがそれでもこれが最善の方法だ。
「よし。次はもっと集中して…」
とその時、身体中に激痛が走りガクッと俺は膝をついた。とうとう全身の痛みが戻ってきた。ここで戻るか⁉︎
あと少しのところだったのに…こんな所で痛みがぶり返すなんて。
痛みを堪えて身体を起こし立ち上がったものの、意識が朦朧とし始める。
「まだだ、まだ方法があるはず…」
剛は朦朧とした意識の中でもまだ諦めず剣を握り直して構えようとしたその時、俺の後ろから光り輝く光球が飛んできて火の巫女の鳩尾をぶち抜いた。
あと1分ーーー
「やっぱりアタシがいないと駄目みたいだねえ」
光球の来た方角を見るとアビス領域の端に真凛が立っていた。
「真凛さん!」
「いいから早く突っ込みな! これが最後のチャンスだよ!」
穴の空いた鳩尾を見ると、さっきは光の塊であったものが丸く縮こまった美咲の姿になっていた。
あそこから美咲を引き剥がしてしまえば!
美咲が見えたことで痛みとか全て吹き飛ぶほどそこに意識が集中した。
「うおおおおお!」
力を振り絞って火の巫女の鳩尾に向かって飛び込んだ。彼女の鳩尾は即座に回復し始め、剛の突撃に対応しようとした。しかし背骨の部分も含め鳩尾部分が吹き飛んでしまった火の巫女の上半身はグラグラ揺れてしまい、その凶悪な10[#「10」は縦中横]本の剣も剛に向けて振るうことはできなかった。
剛はそのまま鳩尾に飛び込み、美咲を捕まえて抱き抱えると、勢いのまま反対から飛び出してゴロゴロ転げながら火の巫女から離れた。
「やった!」
と叫んだ。
「よっしゃ!」
みんなからも明るい声が出る。
「いや、まだだよ、見てみな!」
水をさすような真凜の声。確かに火の巫女から美咲を切り離したというのに鳩尾の穴が塞がり始めている…?![#「?!」は縦中横]
「何でや?![#「?!」は縦中横]」
よくみて見ると、火の巫女と美咲の間に細い線が繋がっていた。
「まだ美咲とあいつの繋がりは断ててない!」
剣で切らなきゃ、と手を見ると剣は火の巫女の手前で手放していたことに気づいた。
どうしよう、急がないと…
とにかくあの線をどうにかしようと線を手に取ろうとすると、その手をそっと抑えて留めようとした別の手が。
「まだ、切っちゃ駄目…」
それは美咲の手であった。しかし…
「美咲、目が覚めたのか?」
「うん、ありがとう。あいつから離してくれて」
美咲の顔が随分と大人びて見える。前は10[#「10」は縦中横]歳くらいだったのに今は15〜16と年相応に見えるくらいだ。こんな状況なのにあまりの綺麗さに一瞬ドキッとしてしまった。
「あ、いや。でもまだあの線が繋がっているから君からアビス粒子を…」
「そう。おかげで私の体内にあるアビス粒子がなくなって身体が正常になりつつある」
「‼︎」
そうか、美咲の体内に蓄積していたアビス粒子を火の巫女が吸い取っていため彼女は逆に健康体に近づいていたのか。
「もう、これだけ体内から抜いてもらえただけで私は十分なんだけど、このままじゃあいつ火の巫女は力をつけるだけ。だから少し嫌がらせをしたいの」
「嫌がらせ?」
「よく見て。あいつの身体」
よく火の巫女の身体をみると回復したと思っていた鳩尾の部分が今度は異様に膨らみはじめていた。中から肉が増殖して治していたのが、今は過剰に増殖し気持ちの悪い動きをしてそこから全身に広がり波打ちながら身体が膨らんでいく。
「最初は私からのアビス粒子を上手く使って力を得ていたみたいなんだけど、さっきの真凜の一撃でコントロールが効かなくなったみたいなの。火の巫女なんて言われても私のアビス粒子を全てコントロールするのは難しかったみたい」
あいつのあのとてつもない力は凄い。俺や翔夜と含めてあいつと戦ってみんなボロボロだ。それだけのアビス粒子の強さなのに、美咲はそれを上回る、コントロールできないだけのアビス粒子を持っていたと言うこと? どれだけのアビス粒子を体内に留めていたんだ?
「それで…どうするの?」
美咲は剛に耳打ちする。なんてことを…
「ね、だから私にやらせて。ここからは私のターンなんだから!」
そういうと美咲は火の巫女と繋がっている線をにぎり、
「えい!」
と声を出し、握る手に力を入れた。すると美咲側から巨大な暗い塊であるアビス粒子が繋がっていた紐を伝って火の巫女側に一気に流れ込み、火の巫女の身体が風船の様に膨らんだ。そして美咲は何か気力を使い果たしたのかそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「なんだ、この大きな力は⁉︎ せ、制御が効かぬーーー」
「何これ?」
そしてーーー『プシュ!』と鳩尾部分から音がしたかと思うと、そこからアビス粒子が吹き出し始め風船の様になっていた火の巫女の身体が徐々に小さくなっていく。
「ザマァないわね! 私が抱えさせられた闇、お前に抱えられるもんですか!」
いや、美咲よ。なんかお言葉が汚くないですか?
そんな俺の心の突っ込みを他所に火の巫女はアビス粒子がさらに抜けていき弱々しい姿になっていく。
「ああああ、力が、力がなくなっていく…」
あっという間に『火の巫女』は普通の少女くらいの姿になってしまった。
残り30[#「30」は縦中横]秒ーーー
「今だよ、封印プログラムを立ち上げな!」
真凜の掛け声で、後方から現れたメンバーが光り輝くクリスタルを持って火の巫女に駆け寄っていく。そして持っていたクリスタルを火の巫女に打ち込みだす。
「ぎゃああああ」
全身にクリスタルを打ち込まれたことで身体が思うように動かせないようだ。
「ま、まだだ。こんなところで…」
それでも火の巫女はまだ抗うように力を振り絞りクリスタルを引き抜こうとする。
「まだ動けるのか⁉︎」
「しかしもう、クリスタルは全て打ち込んだぞ!」
メンバーから焦りの声が聞こえる。それを聞いていた火の巫女はニヤリと笑い、クリスタルを抜こうとした瞬間、巫女の頭が揺れた。
頭にはクリスタルが刺さっていた。
「やっと来たかい、龍のやつ。遅いんだよ」
遠くのビルに人影がいた。
「いやー、遅れてすまないね。間に合ったからいいじゃないか」
残り20[#「20」は縦中横]秒ーーー
さらに苦無の形をしたクリスタルが追い討ちのように火の巫女の腕に突き刺さる。それはアビス領域の外から現れた二人の人影が放ったものだった。
「優璃さん、狐のおっさん!」
「こちらもギリギリセーフのようね。やられっぱなしは性に合わないのよ。ほんの少しだけどお返しするわ」
もう火の巫女は身動きがとれないようだ。
残り10[#「10」は縦中横]秒ーーー
「封印術式を展開!」
真凜の掛け声でクリスタルが輝きだし、それが刺さった所から火の巫女の身体中に輝きが広がっていく。
「あ、あと少しだったのに。あの男の口車に乗らなければよかった。…め許さんぞ」
眩しいくらいの輝きに包まれながら火の巫女は徐々に消えていく…
我はどこで間違えたのだろうか? 消えゆく意識の中で火の巫女は考えていた。ただ我は自分の国の民を幸せにしたかった、守りたかった。その為に他国の民を傷つけることもあったが、全て守りたいものの為だった。
それが一部の民の裏切りにあい、封印されて数百年…やっと外の世界に出られて我をこんな目に合わせた奴らに復讐し、我の民とまた笑顔の絶えない国を作ろうとしただけであったのに、どうして…
残り1秒。
火の巫女はその思考の答えに至ることなく恨みの言葉を最後にその姿を消した。
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