こども部
西悠歌
適当なおねーちゃん
「うちの学校適当だから、届けを出しさえすればなんとかなるよ」
新しい部活を作りたいけど、ふざけてるっぽく見えて通らない気がする、と嘆く
「そうかなー、さすがにキツくない、こども部って」
「いや、いけるね。おねーちゃんの立場から言わせてもらうと、確実に平気だよ。ひとつアドバイスするなら、きょーちゃんに出すといいよ。あの人ろくに見ないし」
伊達に正式な帰宅部の創設者をやっていないおねーちゃん、咲は自信満々に言い切る。
ちなみにこの人、全校部会にはちゃんと出席している。帰宅部部長として。
「きょーちゃんってどの先生?」
「えっとお、何だっけな?」
あだ名で呼びすぎて名前が分からなくなったらしい。
「あ、そう、伊藤だ。
「え、あの怖そうな人?」
「それは
音楽のほうが強面なんて珍しい、と咲良は思う。因みに今の今まで逆だと思っていた。
「わかった、ありがとう咲」
お礼を言いながらリュックを背負うと、咲良はドアを開けた。
「行ってきます!」
「もう高校生なんだしさー、またおねーちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
とぼけたことを言う咲の口にはトースト。同じ学校なのに出発時間が十五分ほど違う。そのせいで毎日ラブコメよろしくパンをくわえて走っているのは咲良にはまだ知られていない。くわえているパンがクロワッサンだったりフランスパンだったりすることも、まだ。まあいずれ見つかって妹に叱られるのも、時間の問題。今は
「こども部って何するんだろう? ネタ枠部活部長としては、早いうちに敵情視察に行かないとな!」
なんて勢い込んでパンでむせている。咳をしながら走って登校するのは、なかなか厳しい。
「失礼します。一年二組の宮村です。数学の伊藤先生いらっしゃいますか?」
職員室の入口で咲良が中を見回す。いまいち顔が分かっていないので、近づいてきた先生が伊藤だということにもなかなか気づかない。
「宮村さん。どうしたの?」
優しそうに首を傾げる小柄な先生を見下ろして、やっと気付く。
「はっ、先生が伊藤先生ですか! 部活動届けを提出しに来ました」
「テニス部ですか?それとも」
新しい部活ですか?
伊藤は少し声のトーンを落として言った。やる人がやればかっこいいのだろうが、残念ながら伊藤には似合わなかったよう。ただただテンションが落ちたように聞こえる。咲良もそう誤解して緊張する。
「部活設立届けは他の先生の方が良かったですか?」
上手く言えた、と思っていた伊藤は戸惑う。
「え、いえ、私で大丈夫です。受け取りますね」
「よろしくお願いします」
どうか通りますようにと願いを込めて咲良は深くお辞儀をした。毎年生徒の考える新しい部活が楽しみで仕方ない伊藤は顔をほころばせた。
「ありごとうございます」
「失礼しました!」
咲良は職員室をあとにした。これから向かうのは部員候補の三人が待つ一年二組。部活の審査が終わる放課後まで、六時間の授業をこなさなければならない。
階段を登ろうとしたら、後ろから誰かにぶつかられた咲良。
二人して階段に激突する。
「「痛ったあー!」」
「「え?」」
顔を見合わせる。
そこにいたのは好みの異性……ではなく。ライバル的な幼馴染……でもなく。
おねーちゃんの咲だった。ぎりぎりパンを飲み込んだらしく、トップスピードに乗っていた。
姉とのラブコメフラグを回避できたことを、咲良はまだ知らない。世の中には知らないほうが良いこともあるんだよ……
「咲、今来たの? 遅くない?」
「何言ってんの、今年最速だよ。あ、今年って1月からね。もう三ヶ月以上経ったから。」
「え、おかしいおかしい。もっと余裕持って生きようよ」
「嫌だ。帰宅部は登校には本気出さないの」
「登校しないと帰宅できないんだから、ちゃんと頑張りなよ」
「準備運動で力使い果たしたら本番に響くでしょ?」
「練習は本番のように、本番は練習のようにって言葉知らないの?」
「知ってる知ってる! いい言葉だよねー。っていうかこのままだと二人して遅刻だよ! 早く行こう!」
「適当だな咲は!」
「いいんだよこれくらいで! あ、そうだ、きょーちゃんに出してきた?」
「うん。取りあえずはね」
「よーし! こども部設立おめでとう!」
「いやまだ出しただけだって」
「きょーちゃんにでしょ。じゃあ大丈夫だよ! 咲が保証する」
「咲、その一人称やめない? 子供っぽいよ」
「じゃあこども部入れるかもね〜! ってかほんとに時間やばいよ。急ご!」
咲はそれだけ言うと咲良を取り残して走り去った。咲良も腕時計で本当にギリギリなことを確認してから階段を駆け登っていく。結局二人が教室に着いたのは同時刻。咲の方が足が遅いらしい。
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