子狐倶楽部 狩りの時間 ② 

 山中をジグザグに逃げながら、子狐倶楽部会員No.24HN【アヤ・サマ】こと津出先彩矢夏は興奮していた。

「はぁ……はぁ……狐ちゃんめちゃカワ。ご本尊も来てるのかなぁ」


・ ・ ・


 アヤは術士としては東京の塾を出て適当に生きてきた。が、神楽坂庵と出会って彼女の人生は変わった。

 アヤは、彼が若作りする少し前の客だった。短大を中退したアヤはホストに入れ込んだ挙げ句に落とされた風呂で病気を移され、道端で倒れていたところを庵に拾われ気まぐれに救われた(暇な時男娼をしていたせいか、庵はやたらと性病治療に詳しかった)。

 アヤ自身ですらわかるくらい露骨な暇つぶしだったが、それからアヤは熱烈な庵推しになっていった。

 庵は店所属では無かったしウリをしていることは既に稀になっていたから、初めて予約を取れた日は小躍りしたものだ。人を選ばないし時間も長い代わりに庵の一晩はホスト数回より余程高かったが、アヤが貢がされたシャンパンタワーよりは安かったし滅多に予約は取れない上、掛け(ツケ)は無しで借金をして遊ぶのも絶対NGという誓約式のルールを設けていたのでホス狂女としてはむしろまともな生活に戻ることができた。

 水商売のくせに庵はちゃんと料金内で希望に沿ったデートプランを組んでくれたし決してDV営業や風俗斡旋はしなかった。人によってはデートだけして帰るというのも納得な位、一緒にいられるだけで幸せだった。……まぁ、アヤは出会う前から夜職をしていたし、しっかりホテルまで行っていたクチだが。

 アヤは庵が引退する原因になった邦子を許せず、あの頃の神楽坂にまた会いたい一心で子狐倶楽部に在籍している。


 庵は優しくはしてくれたが、誰も特別にしてくれなかったし誰も愛してくれなかった。客は皆言い含められた上で恋人ごっこをして遊んでいたに過ぎない。


・ ・ ・


 今回の会長は少し違うようだが子狐倶楽部はアヤと似たような信者が多い。

 子狐倶楽部は昔の庵を愛している。故に社会に迎合し軟化した神楽坂庵を元に戻したい。だからこそアヤ達の結束は強く、行動は過激になり、神楽坂を悩ませる。

 まぁ、もう活動も10年以上になるので客の経験もなく現在の庵を愛でている温厚な会員も相当数居はするのだが。


 アヤは庵がいてくれれば他はどうでもよかった。

庵だけはそのままでいて欲しかった。

庵のためと言われれば何でもできた。


人を、殺すことだって


・ ・ ・


 走って、走って、アヤは路側帯に飛び出した。火狐や大きな気配はない。白線を越えると同時にアヤは杖を掲げ

トラックに跳ねられた。


「え」


 全ての感覚が消える。

木の幹に叩きつけられる瞬間までが酷く長く思えた。

肉体強化の限界を超えた衝撃に、内臓が潰れ骨が砕けた。

 アヤを撥ねたトラックは瞬時に狐の姿に変わり道路から山に飛び込んで行った。

「ぶぐ」

肺が潰れ声も出ない。血泡がせり上がる。

「かわいそうだけど助けてあげないよ」

庵ちゃん

金色の瞳がアヤを冷たく見下ろしている。

きらきら、きんいろ、とてもきれい

「コテージの人、死んでました」

「……ぼ」

「ワタシたちが仲良くしていられるのは、お互いに害が発生しない場合に限るって、昔約束しましたね」

「ぼ、だじ……うれじ」

「おやすみ、彩矢夏ちゃん」


庵の刀が振り下ろされた。


彼女の苦しみは、静かに終わった。

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