しち ご さん

邦子に言い寄るヤバい男その1。

ロリコンがでてきます。胸糞です。



☆☆☆



 長谷川邦子は引き取られた当時、7歳になったばかりだった。

「庵さm……い、いおり……鉢植えのお水やり……終わりました」

 邦子は長く足を痛めていたため脚力が極端に弱く、庵と暮らし始めてからしばらくはとにかく動くことを目標に据えられていた。傷は修復されたが年単位で損なわれた体幹は容易に戻らない。当初は転びそうになる度庵の使い魔の狐がクッションのように滑り込んでいた。

 根気強く、お手伝いという形で邦子は歩くことに慣れていった。数カ月が過ぎ、もう走らなければへたり込んだり転ぶことも無い。

「ありがとうございます邦子。おやつは食べますか?」

 邦子はこくりと頷く。

「では手を洗っていらっしゃい」

 慢性的栄養失調も毎日の点滴と段階的に増やされた食事、サプリメントの摂取で概ね解消されていた。庵は邦子の為にならないことはしない。理解した邦子は庵に忠実に従っている。

 庵はてきとうな鼻歌を歌いながら、少し歪なパンケーキにシロップをかけて発酵バターを切り載せた。

 通販や宅配で買うと高確率で流通途中で毒物を盛られるらしく、一緒に暮らしてから庵は結構な頻度で自炊をしている。お金はあるらしいので人を雇ったりしているものかとも思ったが、結局裏切られる可能性が高いためしないらしい。買い物も少し遠いスーパーまで自分で出向き、ひと月分の食材を買って帰ってくる。冷食や惣菜は時折買うこともあったが買い物の頻度の都合そこまで多くなかった。

 食事は基本庵が作り、他は庵がいなければ狐が庵の姿になり調理していた。

 昔は多少の毒は気にせず食べていたと言っていたのでこれも邦子の為の施策なのかもしれない。

 見かけこそ少し歪だが、パンケーキは外はサクサク中はふわふわでとてもとてもおいしい。

 ちびちびと甘くおいしいパンケーキを食べながら邦子は庵を観察する。目が合うと、また目を細め微笑む。この人の考えは全く分からない。

 おやつの後は邦子は皿を台所に持っていき、踏み台を引いてきて洗う。横ではふわふわの狐達がシンクに前足をかけて邦子がケガをしないように見守っている。


 邦子は物心ついてから、実の親と暮らしていた期間よりお屋敷で暮らした期間の方が長い。

常識の欠けている邦子だが、今の生活はおかしくて、きっと庵は異常者なのだろう事くらいは理解していた。

 庵が血まみれで帰ってきたことは一度や二度ではないし、いつも服についた血は返り血だった。

 見ず知らずの少女を買い取り、一人で世話をする殺し屋の男。


「邦子、出かけますよ」

「はい」


 庵が服を決め、邦子に着せてくれる。

邦子は服は何でも良いので決めてくれるのは助かる。今日はお人形のようなフリフリの少女服。

 国木田さんは下着まで着付けをしてくれたけれど、庵は自分で着られるようになりましょうと言ってくれた。リボンはまだ上手に結べないけど、もうシャツやパンツはひとりで着られる。

 ひとりで出来ることは嬉しい。褒めてくれるのも、嬉しい。


 着替えたら、抱き上げられたまま出かける。

まだ長距離歩くのは不安だと判断されたのだろう。

エナメルの靴の先を見つめながら運搬される。

庵は体温が低くて、いい匂いがする。

 階段を降りた道路に国木田さんが車に乗って待っていた。少し体がこわばる。

 庵の仕事の脚に使われているとは聞いていたが、会うのは引き取られて以来だ。

「やぁやぁ、国木田くん。休みの日にすまないね」

「いえ、上の命令なんで」

邦子は会釈だけしてシートベルトを締める。




+ + +



 国木田は神楽坂のドライバーをしている。私的な用でも必要なら従うよう言われていた。

 11月のその日、神楽坂の指示でお宮近くの仕立て屋に車を向かわせた。邦子と神楽坂が降り、神楽坂はひとり車に戻って来ていた。

七五三の撮影をするのだと神楽坂は言った。

3歳はおそらく経済的事情で、5歳は監禁されていたために写真はない。


 おもむろに神楽坂は口を開いた。

彼が国木田に語り掛ける事は非常に珍しい。

「国木田くん。ワタシはきみが邦子にどんな感情を抱いていたか知っているよ」

国木田の背がビクリと跳ねる。

「替えの服すら買い与えない保護者モドキどもの代わりに、随分と良くしてやっていたそうじゃないか?」

 脂汗が国木田の額を伝う。何故、どうして。

国木田の趣味については叔父と奥様以外皆知らないはずだし、あの邦子なら喋れないと信じていた。

「彼女は7歳です。帰ったら、きみの部屋にある邦子の物も、邦子以外の物も、全部焼きなさい。良いですか、全部です。見逃すのは今だけですよ」

「は…………い……」

 拒否権は無かった。

詩鏡院では持て余されつつ親戚の贔屓目で赦されていたが、こいつにはコネは通じない。

「聞き分けの良い子は、好きです」


・ ・ ・


 国木田には逮捕歴がある。

学校帰りの小学生と何度か関係を持っていた事がバレ、通報された。呆れた親には司法取引と引き換えに見放され、女児の親には殺されかけた。あの子だってオレを誘っていたと主張したが、聞き入れられることはなかった。


彼女は自殺してしまったらしい。もったいない。


 国木田は邦子が12になったら初めてを貰えると言われ叔父である詩鏡院に尽くしていた。

 家に要らなくなった邦子の世話は最高だった。彼女に夢中だった。痩せてはいたが、浮気女の娘だけあってか邦子の顔は整っていたし栄養失調を起こし発育の止まった少女は力も弱く可憐だった。


 骨が浮きすぎないように人目を盗んで菓子や薬を与えた。臭くならないように指定された日以外にも風呂に入れ手ずから身体を洗い、たくさんの写真を撮った。邦子は当然処女だったし何をされているか理解していない様子だった。都合の良い、誰の迷惑にもならない素晴らしい関係。

 下着、レコーダー、写真、無垢で美しい自分だけの邦子の記録。あのお宝まで焼けと言われているようで、国木田は泣きたくなった。邦子との思い出が詰まった宝物なのに。


 奥様は邦子が神楽坂に嫁入りすると聞いて身請けの日、国木田に金を掴ませ『お前が邦子を幸せにしてやるんだろう?』と笑っていた。

 馬鹿にされていたのは分かっていた。それでも嬉しかった。ようやく、しかも予定より5年近くも早く一緒になれるなんて、夢のような話だった。

 結局邦子が神楽坂に取られてからも、危険とは思いつつ邦子の貞操が気になり、叔父が一人出すと決めた神楽坂のドライバーに自分から志願した。


 幸い、老爺は年甲斐もなく盛っていた訳ではないらしく、邦子は清い身体のままのようだった。

 もし万一神楽坂が邦子を捨てるようなら自分が助けてやろうと思っていた。


・ ・ ・


 お色直しをした邦子は類稀な美少女だった。

ワンピースも可愛らしかったが、和装と薄化粧は少女に色気を与えている。

まだ胸は無いが、痩せこけた身体には少し肉がつき、頬もふっくらと張りがある。

伏せられたまつ毛は長く癖がなく、眼差しは物憂げだ。

白い肌に合う淡い色の着物を着せられ、艶の出た黒髪は丁寧に結われ、首筋に影を落とす。


国木田はカメラマンとしてふたりに同行した。


「綺麗ですよ。邦子」

「ありがとうございます」 

 神楽坂が指に紅を取り、邦子の化粧を整えてやっている。

 美男と美少女の組み合わせはきっと知らない人間からすれば絵画的でそれはもう仲睦まじく映るだろう。同じく七五三に来たのだろう親子連れがなにかの撮影かしらと見惚れていた。しかし、国木田は知っている。邦子は抵抗しないだけだ。


 国木田の喉が鳴る。彼女の流し見るような視線は、自分を誘っているような気がした。


そうだ

だって、いつも、彼女は抵抗しなかった。


 邦子は従順だった。

風呂場で2人きり、触りっこを何度もした。

 関係を持つのは思春期まで駄目だと奥様が言うから、国木田は触るだけで我慢していた。

 我慢したけど、身体を少しくすぐったり、パンツ越しに擦ったり、触れ合いは何度もした。やがて直接触ることも増えていった。邦子は何をしても声を上げなかったし、触ってと頼むと脱いだ国木田に触れてくれた。

 邦子は感覚が薄いようで、緩慢にやめてくださいと言うだけで、喘いだり求めたりはしてくれなかったが、国木田を跳ね除けたり奥様達に告げ口したりはしなかった。きっと気持ちよかったに違いない。どころか逃亡に失敗した国木田の助命を乞うてくれたのだ。

国木田は邦子が自分を想っていると確信していた。


 神楽坂が警告してきたという事は、近々ドライバーは変えられてしまうかもしれない。

邦子にもう会えなくなる。つらい、かなしいことだ。

きっと邦子も悲しむだろう。少女の涙を思うと胸が張り裂けそうだ。



・ ・ ・


 国木田は数日後の夜、意を決して神楽坂宅に忍び込んだ。神楽坂のスケジュールは把握している。

神楽坂は北海道で仕事が入っている。今頃飛行機の中だ。

せめて1回。元から処女は貰う約束をしていたのだ、彼女との思い出が欲しかった。

セキュリティは案外適当だった。

縁側の鍵を開け、そろりそろりと忍び込む。

邦子の私室は用意されていたが、少女の姿はない。入浴中だろうか。

そうだ。邦子ひとりではなにかと不自由だろう。

また手伝ってあげよう。連れて帰れるようなら、国木田の部屋に匿うのも良い。


 家の中には人の姿はない。

国木田は術で気配を消して邦子を探した。

そこまで広くない建物の中、風呂はすぐに見つかった。

シャワーの音、湯で曇る浴室を尻目に、籠に入った少女の下着に鼻をつける。

どこか甘ったるい香りがした。

たまらない。


「邦子は今日はここにいませんよ」

顔を上げようとして、国木田は頭を掴まれ床に押し付けられた。

「グ」

シャワーの音が止まり、狐が浴室から出てくる。

「預けて来ました。持つべきものは社会性の高い義母ですね」

神楽坂は片手で国木田の荷物を物色し、ため息をついた。

簡易触媒、スタンガン、薬、細いロープ、小ぶりな手錠。組み合わされば用途は限られる。

「ワタシもクズの自覚はありますが、本当に救いようのないゴミクズですね」

「か、神楽坂……ほんの、本当にちょっとした出来心だったんです。オレは何もしていません。どうかお許しを……」

 神楽坂は国木田の頭を掴む手に力を込める。

国木田の頭骨が軋んだ。

「この分では写真も焼いてきてないな……全く、結局根からあの家の人間か」

 神楽坂が国木田の目を覗く。見透かすような視線に国木田は身を強張らせた。

「ひい」

「久しぶりの彼女を見て劣情が抑えられなくなったか?変態」

「お、オレは、悪いことなんか……」

 そうだ。神楽坂はきっとなにか勘違いしている。国木田はこの場を逃れる言葉を探す。

「裸を無理矢理撮影するのも、意図的に発育を阻害するのも虐待なんですよ」

「虐待……?そ、そうだ。お、奥様は本当に酷いんだ」

「おまえのことを言ってるんですよ。善人ぶってたちが悪い……」

「お、オレはそんな、虐待なんて」

「もういいよ」


 神楽坂は国木田の顔を掴んだまま立たせ、今度は地下に引き摺って降りていく。国木田は首の痛みに何度も呻き声を上げた。

「ねぇ?ななつになる子がひとりで下着を脱げないのをどう思いますか?着れないならともかく脱げない?ってなりますよねぇ」

「ぐ、が」

「ひとりで勝手に服を脱ぐと怒られると彼女は言ったんですよ」

「お、おぐざまが」

「もう割れてんだよ。おまえが邦子に手ぇ出してたのは」

「違、オレ、じてない」

あんな戯れ、手を出したうちには入らない筈だ。それに邦子だって満更でも無かった。

「邦子はワタシにも『脱がせてください』と言いましたよ。ちゃんとおまえの言いつけを守ってね」

ああ、なんという事だ。神楽坂は少女の世話に給仕を雇っていなかったのか……変態め。

 屋敷で国木田から世話係が変わってからは女が担当していた。邦子は足が悪かったから不都合は起きていなかったのに。

「悪いことじゃないって教え込んでたってなぁ?逆らえるはずも無い。どんな事をされても邦子にとっておまえは痛いことはしない庇ってくれるヤサシイヤサシイ大人だったんだから」

「ひ」

「五つの頃から股に手ぇ突っ込まれてたって聞かされたワタシの気持ちを5秒でいいから考えてみなさい。おまえが今まで生きてこれた理由は彼女に最低限死なない支援をしていた恩以外無いんですよ?」


そんな、そんなに言われるほど悪い事はしていない。

邦子は、それに神楽坂も、何か勘違いをしている。あんなの、ただの遊びじゃないか。

そうだ、勘違いだ。

だって国木田は邦子に愛されている。

肉体関係を結ぶ予定のふたりは既に婚約者に等しい、言うなれば恋人の筈だ。


 国木田は地下の鉄扉の部屋に連れ込まれ、椅子に痛いほどキツく縛り付けられた。

「おおオ、オレを、こ、殺す、のか。約定がある。邦子が、死ぬぞっ」

 邦子の心臓には詩鏡院の縁者を神楽坂が殺めた時に発動する術が仕掛けられている。国木田がその対象かは正直分からないが、奥様が関わっていたならかなり範囲は広い筈だ。

「都合の良いゴミの解釈は便利ですね」

「く、邦子はオレのもんだ。ずっと、これからも」

「本性を出したな」

 扉が閉まり、国木田が座らせられた椅子の周りに陣が浮かぶ。

「な、なんだ。なにをする」

「おまえ達が屁理屈を捏ねるならこっちも屁理屈でかえしてやりますってことですよ」

「やめろ、やめろよっ」

「おまえのガワだけは無事に返してやりますよ。ガワはね」

 祭壇を使い人格を操作する意図を汲み取り、国木田は暴れた。

聞くに耐えないと呟き、神楽坂は国木田の口にロープをかける。

「ひゃべ、ふぶ……」

「おまえの本性をおまえの周囲が歓迎していたとは思えない。惜しんでくれるものなどいないだろう」

 怒りを顕にする神楽坂に国木田は自殺してしまった娘の親を思い出していた。刃物を持って組に忍び込んだ父親は警備に始末されていた。



なんだよ。みんなで寄ってたかってそんな、オレが悪いみたいにさ。




・ ・ ・





+ + +


 国木田が目を覚ますと、組の車庫だった。

あくびを噛み殺し車を降りると慌てた様子の舎弟が寄ってきた。国木田を探していたらしい。

寮の、国木田の部屋が全焼したと聞いた。

なぜだかショックはなかった。

ぼんやりと携帯を見る。

「なんか、兄さん雰囲気かわりました?」

「いんや……?ただ、なんか記憶が曖昧でな」

「痴呆すか」

「アホ言うな」

なんだか、火災以上に大切なものを失った気がするが……駄目だ。思い出せない。

「組長が呼んでたんで早く行かないとおかんむりですよ」

「早く言え馬鹿」




おわり

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