第6話 2億なら集められるよ

 2000年2月、アフガニスタン発ロンドン行きのアリアナ航空機が、アフガニスタン反政府グループにハイジャックされた。人質は約160名。そして、犯人の指示でイギリスの別の空港に緊急着陸。

 そして要求は、逮捕されている反政府グループのトップを解放すると言う物であった。

 しかし、この事件は犯人が要求する人物の解放が行われなかったのにも関わらず、一人の犠牲者を出す事もなく犯人グループは投降した。


 もちろん、この事件では交渉役としてネゴシエーターが暗躍していた。

 ネゴシエーターはニワトリの焼き具合の話題で2時間も話したと言う記録が残っている。


 ◆◇◆◇◆◇


 事件発生から2時間後

 犯人猫田が新たに要求した食事が到着。

 人質を盾にした猫田が、銀行の裏出口で受け渡しを行った。

 「良かった……」

 「何が良かったんだ? くるみ」

 「これで本当の意味で交渉に入る事が出来るから……やっとお互いの立場に立った駆け引きをして、双方の利益を一致させなきゃ」

 今回の食事に関しては、猫田に本来の目的とは関係ない要求を出させ、それを実現すれば要求が受け入れられたと満足感を得る事が出来る――こちらが最大限努力していると言う姿勢を見せれば、犯人が無茶な行動に出なくなる。あくまで確率論だが。

 くるみは安堵のため息をついていた。

 おちゃらけていたが、少しホッとしているくるみの表情は、年相応に感じた。

 「春男は私が食べている間に、ラジオ局への確認してよ」

 年相応に見えるのは外見だけだ。

 こいつのディスりは、ジャブの様に効いてくる。

 食事を終えたくるみは、再び猫田と電話をし始めた。

 『あ、もしもし。ステーキ弁当冷めてたね。ごめんね』

 『こっちは銀行のレンジでチンしたから問題なかったぞ』

 『え? レンジ対応の容器だっけ?』

 『ああ。ここのステーキ弁当はいつも食べてるからな』

 『そうなの? 一応この近くで一番高くて美味しいのをお願いしたんだよ』

 いつも?

 ――こう言う事か。

 犯人は弁当屋の常連だ。

 地元の人間……つまり、くるみは何げない会話から情報を聞き出していたのだ。

 俺はメモ書きをして、部下にアイコンタクト。弁当屋に確認するように手配した。

 『ラジオの件だけど、ちょうど半くらいに始めるように手配したからね』

 『半か。あと三十分後だな。わかった』

 『猫田さん。お金の事なんだけど、今一生懸命に集めてるんだ。でもタイムリミットまでに10億は厳しいの。2億なら集められるよ』

 『は? ふざけるなよ! 集められないなら、人質に死んでもらうだけだ』

 『わかった。3億ならどうかな?』

 『……9億だ』

 『4億』

 『ふーっ……話にならないな』

 『ちょっと待って――――5億が限界みたい』

 『仕方ねえ。7億だ。これ以上は下げないからな』

 『うん! わかった。7億だね。引き続き最大限努力するね。また電話するね。あ、ラジオつけといてね』

 現段階で5億集まっている。

 一見、くるみの交渉は失敗したかに見えるが、人質を取り優位な立場の犯人に3億も値下げさせたのだ。

 猫田にはまだ伝えてはいないが、立て篭もっている銀行には2億ある事が関係者の証言で判明している。

 これで、金額的な問題はクリアした。

 俺は最初から金を渡す気なんてなかった。だから、手配に関しては猫田に対してのアピール程度に考えていた。

 しかしくるみは違っていた。 

 「なあ、くるみ。お前さん、よく3億も値下げ出来たな?」

 「うん。なんとかね。勉強したばかりの譲歩的依頼法が成功した。良かった……」

 「譲歩的依頼法?」

 「うん。でも説明するのめんどくさいから、やだよ」

 「…………」

 本当にくるみは、よくわからない奴だ。


 

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