第3話 刺激の順序効果

 1981年、スペインの国会が占拠される事件が発生した。

 興奮状態の犯人を強引に説得しようとした結果、銃を乱射。多数の被害者が出た。


 つまり交渉一つで人命を左右する事になると言う事だ。

 それをわけのわからない少女に託してもいいのか?

 そんな不安を抱く俺を全く無視するかの様に、少女は落ち着き払い会話をしている。

 『猫田さん、あなたを助けに来たの』

 『……そんな事より、金は用意出来たのか?』

 電話の向こうだが、さすがの犯人も動揺している様子が俺にもわかった。

 『少しは集める事が出来たよ。でも全額はもう少し時間がかかるみたい』

 『……いくら集まったんだ?』

 『人質の無事が知りたいの。声を聞かせてよ』

 『いくら集まったんだ!』

 『五千万は集めたよ』

 『五千万? 足りないな。残りの九億五千万をすぐ集めろ』

 『うん、わかった。集められる様に最大限の努力はするね。人質は無事なの?』

 『みんな生きてます!』

 『どうだ。聞こえただろ?』


 少女は俺の方を見て、ウインクをした。


 『うん。ありがとね』

 『また、連絡する』

 安堵の空気が捜査本部を包む。

 支店長とは俺も面識がある。あの声は間違いない。言わされてる感もない、冷静な感じにも受け取る事が出来た。


 人質の安否確認。

 こんな小さな少女が、あっさりと結果を残した。

 まあ、犯人もいきなり少女が電話を代わったから、一歩引いた精神状態――つまり落ち着いたと言う事か?

 「お嬢……いや、くるみちゃん。これはどう言う事だ?」

 「何が?」

 「いや、ほら、俺が話をした時は聞く耳を持たず、逆に苛立たせてしまい発砲した……金額の話し以外はそんなに話してる内容は変わらなかったのだが……」

 「私が子供だからびっくりしてドン引きしたのもあるけど、刺激の順序効果ってやつじゃない?」

 「刺激の順序効果?」

 「先に相手の要求を認める意思表示をすると、その後の否定的な……あ、ごめんね。春男にもわかりやすく説明するね」

 「…………」

 「例えば春男が事務仕事に追われてとても忙しい時、警視総監から一時間後の五時までに書類を作って欲しい、って無茶振りされたらなんて答える?」

 「え? そ、そりゃ他の事務仕事が溜まっているから5時には間に合わないと答える――でも警視総監からの指示なら最後にはやると答える……そんな感じだ」

 「そっか。『他に急ぎの仕事があるから、5時には間に合わないかも知れません。でも、やります』って感じでしょ? でもそれだとイヤイヤ引き受けてる感じがするよ?」

 「…………」

 「私なら、こう答えるよ『ハイ!やります! でも他に急ぎの仕事があるので、5時に間に合わないかも知れません』って」

 「な、なるほど……俺が警視総監の立場ならくるみちゃんの返事の方が良い印象を抱くかもしれんな……」

 「でしょ? 春男の場合だと出来ない理由から――つまり、会話の始めが否定的から入ってるから駄目なの。肯定的から入れば良い印象を与える事が出来るよ」

 「……確かにそうだが……」

 「犯人の猫田さんとお金の話しをした時に、今すぐには無理だって否定的に言ったでしょ? それだと自分の要求がないがしろにされた、断られたって嫌悪感を抱いたんだと思うよ。あれじゃだめだよ、春男は」

 おい、くるみ。お前は俺に対して否定的全開だが?

 「そうか……」

 「そだよ。刺激の順序効果、わかった?春男?」

 「ああ」

 悔しいが少しだけ認めるしかないな。

 つまり犯人の要求を『少しだけ集める事が出来た』と肯定して、要求が受け入れられたと、一時的にでも満足させたと言う事か。

 「聞く耳を持たない相手に対しては、まず同意しなきゃね、春男!」

 「…………」

 くるみは再びウインクをしていた。

 




 



 

  


 


 

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