世界で最も美しい国


「ここは帝国大学附属上級病院、正確には帝国大学附属上級病院浜離宮恩寵公園内特別病棟です」 


「ロシアからご帰国された際、浦安三島由紀夫国際空港で爆破テロに巻き込まれました。今の時点では六蜜院茂雄公爵を含め8名の方が亡くなり、重軽傷者は20名以上おられます。爆風で飛んできた破片の一部が杜雄様の後頭部を直撃しました。なんとか取り除くことができましたが、後遺症等の確認とリハビリのためしばらく入院していただきます」


「国会議事堂のことでしょうか?仰る通り旧江戸城・・・です」


 ここは、俺のいたクソ世界ではない。

 

 おそらく別の世界の俺(?)に転生(?)したと考えるしかない。

 

 パラレルワールドというやつか。あらゆる分岐で発生する世界。

 

 どこかで俺のいた世界と別れた世界。


 江戸城がその証拠だ。



「以前のご記憶がない?」


「お名前は六蜜院杜雄様です。大日本帝国を代表する貴族、六蜜院家のご子息であられます。あの・・・本当に」


 ただ、主治医は海子だ。元の世界と近い人間関係なのか。

 

 名札には「青木」とある。苗字が違う。人間性も見えてこない。


 本質は海子のような気もするが・・・


 できるだけ俺と目を合わせないようにしている。


 世界が違うのだ。育った環境も違う。



「少々お待ちいただけますか。上の者に報告して参ります」 


 全く何も分からない世界で、己の現状を晒すのは危険だ。ベラベラ自分のことを話すことは、自ら進んで後手に回ることだ。


「その必要はない?今は黙っていろと・・・もちろん、杜雄様がそう仰るなら」




 目が覚めてから3日目。ようやく自力で立てるようになった。




 リハビリを兼ねて、この悪趣味な建物を見て回る。伝統的木造建築のような普請だが、中身は鉄筋だ。わざわざ床や柱を木で覆っている。襖を引いているみると重量感が全く違う。ずっしりと重い。

 廊下の天井絵の中にはカメラが設置してある。日本画の中の動物の目にカメラのレンズを忍ばせている。

 

 身分の高い奴らの病院なのは間違いない。海子と雑務をこなす看護師以外は全く見当たらないが、全て監視されている。

 

 それに、外でウロチョロしている連中はなんだ。明らかに体躯が普通と違う。それに堅気の目つきではない。


「四六時中見られているのは気持ちのいいものではないな」 

「?」

「外の庭師達は何者だ?」

「お気づきになられたのですか?」

「そんなに俺は信用できないのか」 

「あの・・・警護されいるのだと」

「・・・誰を?」

「・・・杜雄様を、です。昨日、六蜜院家から杜雄様が次の六様になられることが正式に発表されましたので、警備はより厳重になっています」

「六様?」

「十貴族の当主を頭の数でお呼びします。六蜜院家の当主になられますので六様です」

「そのロクデナシ家から誰も様子を観に来ないのは、俺が相当嫌われているからなのか」

「今はご家族でも近づけません。テロ後なので外出禁止令が発令されています」

「・・・家族はいるんだな」


 クソ世界と近い人間関係が構築されているとすると・・・


「俺に兄弟は?・・・・姉と弟はいるのか?」

「妹様がお一人おられます。あとは存じ上げません」

「弟はいないか?」

「あの・・・確かいらっしゃらないと思います。ただ、我々市民には貴族の方の家族関係、お子様が何人いらっしゃるかは知る権利がありませんので。公表されていることのみですので」

「・・・そうか」


 そんな都合の良いことがあるわけない。物事は常に最悪に向かって流れていくことを忘れるな。

 

 万が一、弟がいて、それがこの世界のテツオだったとしてもだ、母親はあいつの可能性になる。あの面を拝むのだけはゴメンだ。


「また、何かございましたお呼びくださいませ」

「あぁ」


 あの城を除けば、ほとんど俺のいた世界と変わらない気もするが、テロに貴族だ。


 社会制度そのものが違うのだろう。

 

 それと・・・俺を見る海子の目つきだ。今も窓越しだが、部屋から立ち去る時に俺を一瞥した。明らかに敵意のある目だ。


 しかし、今のとこと最も厄介なのは、この「貴族」というふざけた称号だ。剥奪とかないのか。もう少し動けるようになったら盗みでもするか。いや、もっと高貴な人間に相応しくない方が良いだろう。全裸で街を徘徊するか・・・気が滅入るが仕方ない。


 とりあえず、今はこの世界をもっと知る必要がある。そして、元のクソ世界に戻る方法があるのか。

 

 戻れないと分かったなら・・・まぁその時はその時だ。自ら終わらせるしかない。


 


 海子に大量の新聞を持ってきてもらった。テレビの光は身体に障るので断られた。

 

「ネット?もちろんありますが、新聞と何も変わりません。モニターで見るか、紙で見るかの違いです。以前にも申し上げましたが、明滅する光はお身体に障ります」



『六様逝去 悲しみに暮れる日本国民』 

『頻発するテロ 信州武装戦線、西日本開放同盟の犯行の可能性』

『二等民に対する思想調査継続。下等民協力者の割り出し急ぐ』

『鬼畜米馬面外交の末路。四国がテロ組織を支援、国際社会からの孤立』

『国民通報義務。協力者逮捕で恩賞倍増』

『奉仕軍による信州、播磨に対する空爆を臨時十家会議で了承』


 血生臭い紙面ばかりだ。気になるのは天気予報に四国、沖縄が表記されていない。

 

 そして、最も気になるのは・・・


「一等民、二等民、下等民ってなんだ?」

「正式には三等民です。生まれで決まります」

「生まれた時点で階級に分かれている?」

「・・・はい」

「階級間の変動のようなものは?三等民から二等民に上がるとか、その逆は?」

「落ちることはあります。まれに上がることもあります。ほとんどは婚姻です。準一等民、準二等民という階級になります。厳しい審査がありますが」

「審査?」

「思想等です。家族、親類に三等民に落ちた者はいないか、前科や矯正施設に入った者がいないか、もちろん学歴も必要です。一等級大学に入学できる学力も必要となります」

「そもそも、どうやって見分けるんだ?何か身につけているのか?」

「住んでいるところが違います。もちろん職業も。ほとんどの一等民は大都市に居住しています。企業経営、官僚、医者や弁護士などの職業です。二等民は都市周辺に居住して農場や工場に勤めるか、都市に通って企業従業員、国家奉仕軍、看護や介護なのどの福祉、交通関連などの職についています」

「国家奉仕軍?」

「海外で言うところの軍隊、警察、消防などを網羅した組織です」

「徴兵制か?」

「いえ、志願です。健康的な二等民の青少年なら誰もが憧れる仕事です」

「三等民は?」

「それ以外の場所になります。境界には壁やフェンスがあります」

「壁?フェンス?ちょっと待て。三等民は隔離されているのか?」

「・・・仰るとおりです」


 そんなことが許されるわけがない。国際社会から孤立しているのは日本だ


「三等民はどうやって生活を成り立たせているんだ?」

「詳しくは分かっていません。三等民地区は広大ですので。ただ、関所には国営マーケットが存在します。三等民が持ってくる資源や生産物を買い取っています」

「人口比は?」

「一等民から順に2:4:3と言われていますが、三等民の実際の人口は把握できていません。想定よりもかなり多いのではないかと」

「残りの1は華族、貴族か。そいつらの役目は」

「国家運営委員会です。90の華族から選ばれた委員、貴族の中から選ばれる各委員長で構成されています」

「十家会議は?」

「国会のようなものだと思っていただければよろしいかと思います。90の華族の長からなる華族院とその上に10ある貴族の長で構成されているのが十家会議です。華族院で立案された法律や政策などを最終的に決定する会議です。この国を司る最も重要なお役目です」

「俺がその十人のアホのうちの六番目のアホってことだな」

「・・・とんでもございません」

「で、二等民三等民は馬鹿なのか?」

「・・・仰っている意味が分かりかねます」

「クソの段々の上二段はたかだか3割なんだろ。残りのクソの方が圧倒的に優位だろ。武力も食糧も持っている。すぐに吹き飛ばせるだろ」


「・・・・」


「なんだ?」


「あの・・・貴族の方がそのようなことを」

「日本の身分制度を牛の糞の段々に例えてみた」


「それは分かっています」


「だから、なんで、・・・テロは頻発している・・・そうか階級間ではなくて、同じ階級同士で争っている」


「三等民同士で覇権を争っています。各セクトの支援にアメリカはもちろん、ロシア中国などが入り込んで引っ掻き回しているのもあります」


「不安定という安定を望んでいるんだな」


「そんなところです。ただ、二等民が三等民を許せない最大の理由は二等民地区に対するテロ行為です。年間かなりの被害者が出ています」


「一等民の地区を狙うのなら理解できるが、なんで二等民を狙う?仲間にした方が良いだろ」

「分断だと思います。おっしゃる通り三等民二等民が結束しないように、国家・・・私からは、これ以上何も。よく分かっていないのに、申し訳ございません」

 

 何かあるのか?あれだけ流暢にこの国の制度について語っていたのに話過ぎたのを後悔している。

 

「あんたの口ぶりが、どうも一等民様の目線で話していない気がするんだが。俺の勘違いか?」



 しまった。六蜜院様の言動に油断して、喋りすぎた。相手は貴族だ。しかも、ただの貴族ではない



「・・・私が申し上げたのは、誰もが知っている程度ですので」


「あんた、医者だから一等民のはず、だよな?」


「・・・準一等民です。一等民の主人の側室になって資格を得ました」


「側室?」


「もちろん正妻ではありません」


「一夫多妻制なのか?」


「いえ、一等民同士では重婚はできません。二等民以下を側室として持つことは可能です」


「側室・・・準一等民・・・」


「申し訳ございません!本来なら主治医が女であることですら異例のことです。ただ今回の手術は緊急を要しましたので、準一等民医師であっても」 


「あんた何言っているんだ?そんなことどうでもいいだろ」


「?」


「まだ、お礼を言ってなかった。あんたのおかげで命拾いしたんだ。ありがとう」


 貴族が私に頭を下げている?なんだ?この状況は?


「呼び止めてすまなかった」

「・・・それでは失礼いたします」



 そうか。この世界の海子は結婚しているのか・・・しかも側室だ





 一つハッキリした。ここは、俺のいたクソ世界よりもクソだ




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