第6話 肉寿司と屋台。
「どうだったんだろうか森さん、自分の肉は」
《もう少し挑戦したい、今回は塩で焼いたり茹でて食べただけだから、次は煮込みと焼肉と、後は何が良いと思います?》
「タタキ、炙り」
《あー良いですねぇ、肉寿司で試してみよ、ありがとう魔王様》
「俺の好きな焼肉のタレと、関西の刺身醬油を渡しておく」
《あ、じゃあウユニ塩湖の塩とヒマラヤ岩塩をお渡ししておきます、塩も味が違うって凄いですよねぇ》
「あぁ」
『聞いてたら、お寿司が食べたくなったんだけど?』
《凄いね田中さん、人肉寿司の話をしてたのに》
『いやタタキとか炙りって聞いたら普通は刺身や寿司だと思うじゃん、ねぇ?』
「ヒラメのエンガワの、炙り」
《何それ食べたいー》
『食べた事無いの?』
《魚もダメな家だったし、酢飯、砂糖が使われてるから》
『あぁ、確かに』
「今日は、寿司にしよう」
《やったー》
ココへ来た時、無害な魔王が居るって聞いて、脳味噌か耳がバグっちゃったのかな自分。
とか思ってたんだけど、魔王は無害で元は勇者で、ただの人間だって聞いて。
でも怖いから取り敢えずはレベル上げて、それから会ってみたんだけど。
本当に無害な優しい魔王様、物静かな人間の鈴木さん、だった。
しかも無欲で大罪とは無縁な鈴木さんなんだけど、魔王にはほら、やっぱり大罪じゃん?
って、それはちょっと浅はかだったかなと思ってる、大罪が居るとなると魔王って害が有ると思うヤツも出るかもで。
そう、想定して無かったんだ、日本人しか居ないって聞いてたから。
《自由にさせるべきです、開国し、受け入れて下さい》
貴族=政治家じゃない時代に、とうとう外国人が各所に現れ始めた。
しかも同性愛者を受け入れろ、と。
「受け入れる、とは何なんだ」
《コレだから野蛮な国で過ごした者は困るんですよ、そんな事も分からないんですか?》
「議論の盛んな国だとの自負が有るなら、先ずは基準や認識を揃える話し合いに謗りを入れるな、下品だぞ」
前の俺なら、ココまで言い返せなかった、知恵と冷静さが無かった。
その点、魔王の称号は有り難いとは思う。
だが。
《全く、常識を知っているなら》
『常識とは何か、議論がしたいなら水準や基準値を出しましょうよ。で、受け入れるってどう言う事なんですかね?』
《そうそう、コレ交渉じゃない筈ですよね?察しろは無意味ですよ?》
《そもそも、何をしにいらっしゃったのでしょうか、罵りたいならココ以外でお願い致します》
俺よりも外野の方が遥かに強い。
そう、確かに知恵も強さを形成する要因の1つだ。
けれど俺は所謂ゴリ押しで、七大竜や四大魔獣を刈り取って来た。
そして沈静化した今、魔獣達は家畜化され、実質共存している。
だが、魔獣達は本当に幸せなんだろうか。
アイツら戦ってる時、確かに楽しそうだったぞ。
「難しいなら、次の問いに答えてくれ。今、家畜化されている魔獣について、どうするつもりだ」
《もし知能が有るなら》
『知能が有るかどうか、どう確認するのかな。まさか調教して知能を測れる様に、強制的に躾けてから確認するのかな?』
《あ、それと害が有るかどうか試す方法は?結局は実験しないと確かめられないよね?》
《時間は有限です、先ずは書面にてお答え下さい》
「だそうだ、お引き取りを」
《ちょっ》
「君達は、慣れているな」
『いやあの流れは鈴木さんの機転のお陰だよ』
《魔獣にも保護をって騒ぐのってさ、要は商売に一枚噛ませろって事だって、伊藤さんが言ってた》
《問答において詰まる時点で、考えの純度が低過ぎですの帰って頂くのが1番かと、時間は有限ですから》
『ね、自分や自分の考えにどれだけ価値が有ると思ってるんだろ』
《そんなモノ、受け取り手其々なのになぁ》
《本当に世界規模で有益だとお考えならスラスラと出るでしょうし、単なる憂晴らしでは》
《あー、かもかも、無意識の抑圧って有るって言うもんねぇ》
『全て自覚出来たらね、皆が楽になれる筈なんだけど』
《そんな事よりスズキ様、私、花火が見てみたいです》
『良いねぇ、コッチの憂晴らしにもなるし』
《私も見たいー》
「分かった、今夜は夏祭り風にしよう」
《やったー》
『やったね、流石メリッサさん』
《ありがとうございます》
裏切られる前から、ココに来てからも、ずっと1人で良いと思っていた。
けれど人が周りに居る事で、確かに気が楽になる。
俺は、もう少し周りを信頼し、頼るべきだった。
どうせ死ぬなら、死ぬ気で頼れば良かったんだ。
「だが、その前に、相談に行こうと思う」
『あ、遠藤君に会いに行くんだね』
「あぁ、それに伊藤君と渡辺さんにも」
《じゃあもう全員集合にしましょー》
まさか、会いに来てくれるとは思わなかった。
僕主導で鈴木さんを魔王にさせてしまったのだから。
「先ずは、謝らないで欲しい、そうなったら謝り合わなければならなくなるから」
『初めて、それだけの文量を話してくれましたね』
「あ、すまない、分かって貰う必要は無いと本気で思っていたんだ」
《それはそれで良いと思うけどね、必ずしも全員と仲良くする必要は無いんだし》
「だとしても、隙を作るべきだったとは思う、手を差し伸べられる隙間さえ無かった。そんな俺に対して、歯痒かったと思う」
《許してくれるなら、もう、それで良いんですけどね》
「許すも何も無い、あの時点において、アレしか無かった。君達も、俺も」
『でも、もう自死はしないで下さい、残された者は、本当に、辛いんですから』
《ごめんなさい》
「すまなかった」
『いや、僕こそ、すみませんでした』
「もう、コレで終わりにしよう。ココから、また、新しい関係になりたい」
『ありがとうございます、鈴木さん』
《宜しくお願いしますね、鈴木さん》
「あぁ、次は遠藤君を呼ぶつもりなんだが」
《どうぞどうそ、ついでにお相手の方も呼んじゃいましょうよ》
『未だに会った事は無いけれど、無理せずにと』
「あぁ、分かった」
伊藤君と渡辺さんの家で、高橋さんと山田さん、遠藤君を集め会合を開く事にした。
『先ず、弊害を気にせず言うなら、異国人との事だろうか』
「あぁ、その通りだ遠藤君」
『ウチにも来たんだけどさ、まぁ横柄だったよね、物言いも態度も何もかも。まるで自分達こそ正義だって』
《分かるわ、ウチにも来たんだけどまさにテンプレ、ステレオタイプそのもの》
『そう悪くは言いたくないんだけれど、良い部分を見い出すのは凄く難しかったね』
『けれど今は過渡期です、この時期に来られたのは非常に厄介かと』
『新しい事は正しい、凄いって学習しちゃってるし、しかも新しい流れとなれば下の者は参入し易くなる。金持ちや貴族は人員を入れ替えたい思惑も有るし、人を扱い易くする思想でも有るし、更に古参組は窮地に立たされるだろうね』
『そうですね、このままいけば、僕のスキルでも同じ答えが出ています』
『遠藤君と田中君の予想は、僕らへの迫害、だね』
『だねぇ、鈴木さんは、どう思う?』
「先ずは、森さんと高橋さん、山田さんに意見を聞きたいんだが」
《私はですねぇ、どっかに新しく国を築きたいんですけど、なんせ政治とか律法の知識が無いんで。大変そうだな、って感じでかすかねぇ》
「私も知識無いんで、寧ろ独立しちゃう?とか思ってたけど、中村君とか小林君が行った先も、結局は微妙なままだし、どっちが良いのかなって」
《どちらにもリスクが有るでしょうから、出来たら専門家に任せたいですね》
「建国か独立か、どちらか、なんだろうか遠藤君」
『そうですね、ただ僕のオススメは独立です、新しいとなるとリスク計算から尻込みする者は多いですから』
『そうなんだよねぇ、しかも新規参入者は既に異国人が居るから、古参なりの見知った状態を売り込む方が良いと思う』
「遠藤君と田中君が言った通りだとは思うが、伊藤君や渡辺さんは、どう思うんだろうか」
『完全同意ですね、ココに留まり擂り潰される位なら、擂鉢からは出るべきですから』
《喋って動けるゴマなら、赤信号、皆で渡れば怖くない。他にも声を掛けて一斉に行動、もう、混乱しても構わないんだし》
「けれど、出来るなら他にも」
『勿論、出来るだけ声を掛けるよ』
《後味が悪い状態で去りたくは無いし》
「うんうん、ウチらも」
《ですね》
《あ、私は知り合い居ないんで補佐に回りますね》
『じゃあ分担で、割り振りは頼むね遠藤君』
『はい』
「だが、前哨戦の前に、前祝いをしたいと思う」
《あ、今日にも花火見たいってメリッサさんが言ってて》
『今夜は夏祭り風に楽しもうって言ってたんだよね』
《はい、是非皆様にもお楽しみ頂いて、ご感想を聞かせて頂ければと思います。私には、正解を知る事は不可能なので》
《私、メリッサさんの感情って全く読めないんだけど》
「本当に来てくれて構わない、それこそ佐藤君にも声を掛けてくれて良い」
『なら、お言葉に甘えさせて貰うよ』
「あぁ、用意しに、先に帰らせて貰うが」
『そうだね、ありがとう鈴木さん』
《また後で、本当に伺わせて貰うからね》
《はい、では失礼致します》
「あぁ、また」
もっと、最初から、俺が相談していれば。
《お疲れ様でした、スズキ様》
「すまないメリッサ、俺が、少しでも誰かに」
《いえ、私は寧ろコレこそが正解だと思っています》
「勇者から、魔王になった事が正解だと」
《はい、スズキ様は元勇者ですから、確かに苦しいかも知れません。ですが裏を返せば時に英雄は魔王とも呼ばれる、英雄であり勇者のスズキ様を疎かにした時点で、魔王が現れるべき。スズキ様が魔王になるべきだったのです、コレは、コレこそ命運であり運命なのです》
「俺はまだ、魔王を理解しきれていないらしい」
《まだ魔王になって1年も経ってはいない、赤子も同然なのですから。コレから一緒に、共に歩みましょう、魔王道を》
「魔王道」
《はい》
俺より、メリッサの方が魔王に適して。
いや、メリッサに任せたら人口が減り過ぎて大変な事になりそうだ。
確かに、俺が魔王の方が、まだマシなのかも知れない。
『僕まで呼んで頂けるなんて、ありがとうございます』
「いや、今夜は無礼講と言う事で楽しんでくれ、佐藤君」
『お言葉に甘えたいんですが、やっぱり、少し気が引けますね。僕が、僕らハーレム形成組が起こした問題が波及した、とも思えるので』
「いや、俺ですらも、いつかこうなっていたんじゃないかと思う。交渉事に娘を宛てがう様なヤツが居れば、結局は同じ問題が起きた筈」
『だとしても』
「次に生かそう、次の場所で」
『はい』
やっぱり、鈴木さんは優しい。
『はい優しい、根は勇者のままだよね鈴木さんって』
「田中君、寧ろ俺は俺を冷たいと思う、コレから生まれる無垢な子供達は、混乱の中で育つ事になる。その事を俺は仕方が無い、と」
『誰も親を選べない、それこそ家も。親ガチャとか言われてるけど、ずっと前からそうだったんだよね、なのに急に広まった理由って何だと思う?』
「今思うに、不満の目を逸らす為かと」
『そうそう、個人主義に走ったら次は親や家を敵に回させる、そう不安にさせて消費を促す。少し前の世代は物が無くて困ってた、だからこそ片や善意で物を売る、片や無意識の悪意で物が不完全なままに売る。命の価値が低くなると悪人が善人を食い物にし易くなる、貧困の連鎖って凄く怖いんだよね、価値のインフレデフレ。だから無理に延命させるより、何処かで破壊した方が良いと思うんだよね』
「潰すのか、ココを」
『人は失敗から学ばないって研究論文も出てるけど、それはあくまでも一角度からに過ぎない、どうしたって失敗の見本は必要。ただ、失敗をどう受け取るか、単に奢らず賢く生きれば良い。あの国は失敗したから滅んだ、そうした神話は残ってるよね、向こうでも』
「戦争は反対なんだが」
『だからこそだよ、戦争は儲かると覚えさせる前に撤退する、コレは英断なんだよ』
「すまない、向こうでの知識も何も」
『無いなりの良さが有るんだし、追々学べば良いんだよ、専門家は既に揃ってるんだから』
「すまん、頼んだ」
『うん、任せて』
僕にも後悔は有る。
少なくとも、僕は大好きな人に自死された、臆病さから自死を防げなかった。
強いから、勇者だからと、まさか自死するだなんて思いもしなかった。
ココはゲームじゃないのに、そう考えてしまっていた、何処かで
だからもう、失敗しない。
ただ人間だと言う大きな括りでのみ、全ての人と相対する。
亡くなった勇者鈴木さんの為に、僕の為に。
《屋台も初めてなんですよー、可哀想ですよね私》
コレ、私の鉄板ネタなんですけど。
《凄い強烈な冗談ね》
《あー、ダメかぁ》
「ちょっと笑えないよー」
《そうですよ、マジで可哀想だなと思っちゃいましたからね?》
《聖女様の同情心って、凄いご利益が》
《そこもリミッターが掛かってるんですよね、しっかり願わないと叶わない》
《あー、じゃあ魔王様とは違うんだ》
《そこ大変そうですよね、定着するまで不安定なままだそうですから》
《でも、そこって逆にアリなのかも知れないんだよね》
「そうなんですか?」
《迂闊に悪い事は考えられない、そう己を律する、所謂安全装置だと思うのよね》
「あー」
《成程ー》
《でもそれって大変なんじゃないですかね?》
《だからこそ、鈴木さんなんだよね、勇者スキルじゃなくて素養からして真面目で優しい》
《それって、精神科医のスキル?》
《まぁね、ただちゃんと許可を得て見ての事だよ、無許可では実行不可能な魔法だから》
「魔法なのに不思議ですよねぇ、制限が有るって」
《制限が無いと誰かが好き勝手出来ちゃいますからね》
《あぁ、そうね、もし聖女様が民の心が汚れていると私達も思えば》
《良いですねぇ、漂白しちゃいましょうよ》
《まぁ、最悪は、ですね》
「山田ちゃん?する前は相談してね?」
《勿論ですよ、高橋さんの機嫌を損ねる様な事は絶対にしませんから》
何か、コレで分かっちゃった気がするんだよね。
誰かが誰かのリミッター、誰かが居なくても、何かがリミッターになる。
でも、そのリミッターがぶっ壊れてたり、ぶっ壊れたら人は暴走する。
狂暴化した魔獣みたいに、本能的に弱そうな者に向かって行く。
成程、逆に舐められるのも確かに手ですね。
流石です、魔王様。
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