第22話





 空人は右肩に隠されたナイフを投げた。

 眉間にナイフが刺さったゴブリンが倒れ、担いでいたロケットランチャー――RGBが爆発する。


 RGBの引き金を引いた瞬間にナイフが当たったため、ロケット弾はゴブリンの死体とそばにいた複数のゴブリンを纏めて吹き飛ばす。


 空人は斜め前に跳ぶ。

 着地しながら、クレセントムーンを振るった。

 複数のゴブリンの胴が宙を舞い、返す刀でナイフを片手に迫ってきたゴブリンの胴を薙ぐ。


 数十メートル先の廃墟からAKの銃弾を放つゴブリンたちを、胸部のガドリングで吹き飛ばす。


 周りを見れば、セティヤが銃弾を放つゴブリン達を次々と殴り倒していき、ネウラやオーガも順調にゴブリン達を始末している。


「こいつで最後か」


 最後の一体になったゴブリンをクレセントムーンで唐竹割りしながら、空人は呟いた。

 

 見渡す限りでは、敵の気配はない。

 センサーにも反応はなかった。


「二度目だぞ」


 空人はため息を吐く。

 明らかに衛星で監視されている。

 だがこの程度の戦力で、自分たちを撃破出来ないのはわかっているはずだ。


 空人とセティヤはフォーラレに乗り、再び目的地に向かった。

 その道中で何度も待ち伏せに遭い、撃退を繰り返す。

 日が暮れてきて、廃墟となった街で休息することになった。





 空人は廃墟に遺されたベッドで横になりながら、星空を見ていた。

 風が割れた窓から吹き込み、体を撫でる。自分が纏っているパワードスーツは常に快適で、一定の温度を保っている。風が冷たいのか温かいのかはわからない。

 

 ひとの営みがあったのだろう。

 無断でベットを使うことにほんの僅かな罪悪感を抱きながら、ヘルメットのしたで目を閉じた。

 

 空人が身につけているパワードスーツは高性能だが、睡眠は必要だ。

 早く戦いを終わらせて、自分の家に帰りたいと切に願う。


 瓦礫を踏む音が聞こえて、空人は片目を開けた。


「ネウラか?」


 いつ襲撃されるかもわからないので、交代で休息を取っている。

 いまはネウラが見張りとして、番をしているはずだ。


「空人殿。敵が待ち伏せしたことについて、お話があります。姫さまは我々が監視されていると仰っていましたが」


 ネウラが生真面目な表情で尋ねてくる。


「宇宙から俺たちを監視しているんだろう」

「デマルカシオンの技術について、もはや驚きはしません。ですが、我々の動きを察知されているとすればこれから先も襲われる可能性はあります」


 もっともな指摘だ。

 デマルカシオンが罠を貼っているかもしれない。


「罠があったとしても、突破くらいは出来るさ」

「自信家ですね」

「百億円の仕事をしているんだ。危険は承知さ。あんたも姫さんを守る覚悟はあるだろう?」

「もちろんです! 私の命に代えてもお守りします!」


 ネウラは力強く宣言した。


「ちなみに、残念なお知らせだ。衛星から逃げる術はない。俺たちは撃退を繰り返し、前に進むしかない」

「なにか方法はありませんか?」

「俺が経験を積むほど、色々なスキルが解放されるのは知っているよな?」

「段々と強くなっているのはわかります。移動手段の強化なども驚きました。もしいまの状態があれば、森林同盟六州に向かうのは楽だったのですが」

「俺もそう思っている」


 胸部のガドリングが使えれば、アパッチをもっと簡単に撃墜出来ただろう。

 バスがあれば避難民たちの負担を抑えられた。

 後悔してもしかたないが、考えるなと言われても無理な相談だ。

 

「シェイプシフターを倒すと、新しいスキルが解放される。道中でシェイプシフターを倒せば、生き残る確率は上がるな」

「シェイプシフターは強いです」


 空人は頷く。


「そのときは俺も頑張るだけさ。出し惜しみはなしだ。廃墟と化した街をさらに破壊しちまうけど、いいよなセティヤ?」

「構いません。街は直すことは出来ますが、失われた命は取り戻すことは出来ませんから」


 いつの間にか来ていたセティヤが、力強く言った。


「全身のミサイルを使われなかったのは、街の破壊を躊躇ったからなのですね」

「先は長いから、武器を温存してたというのもあるけどさ」


 シェイプシフターがいつ現れるかもわからない。

 使える武器は温存しておきかった。

 

「セティヤ。このペースで言えば、残り二日で目的地だよな」

「はい。王都のオーベロンはこの調子でいけば、二日もあれば行けます」

「敵から見れば、なんのために王都に向かっているのか不思議だよな。あんたならばどうする?」

「私ならば、強力な戦力を配備して阻止しようと考えます。ゴブリンで抑えられないならば、もっと強力な戦力を配備して――」

「戦車の待ち伏せはあるだろう。シェイプシフターもいるだろうな」

「それが狙いですか?」

「移動しながら考えただけさ。デマルカシオンのシェイプシフターを倒せば、それだけ奴らは追い詰められる。だが一度に倒すことは不可能だ。少しずつ削るしかない現状で、チャンスを活かさないとな」


 いままで戦ったシェイプシフター達を思い出す。

 どいつもこいつも強かった。

 纏めて襲ってくれば、自分は勝つことは出来ない。


 だが、各個撃破ならば勝機を掴める。

 







 いくつもの山を越えて、平野を抜け、街を通り過ぎた。

 デマルカシオンの襲撃はなく進めたのは、王都で待ち受けているのだろう。


「あれが王都のオーベロンです」


 セティヤが指差した先には、建物が広がっていた。

 いままでもそれなりの規模の都市はあったが、遠目から見ても建物の数は桁違いに多い。

   

 奥の方には城壁らしいものがあったが、直線的で三角形が組み合わさっているように見えた。

 

「セティヤ。奥の方に城壁らしいものが見えるんだが」

「あれは旧市街地ですね。真ん中に王の城があり、周囲は城下町だったのです。当初は巨大な要塞にしていたのですが、人口が膨らみ、手狭になってしまいました。そこで城壁の外に新しい市街地が作られたのです」

「俺はてっきり、都市を丸い城壁で囲んでいるのかと思ったぜ」

「昔はそういう作りをしていましたが、欠点がいくつも出てきました。そこで2代目の勇者様のときに、星形の城を作るアイディアをいただいたのです」

「なるほど。こいつも異世界の知識ってわけか」


 上空から見下ろせば、五稜郭のような形をしているのだろう。

 円で囲む城壁と比べて、星形は防御力が格段に高いと漫画で読んだことがある。

 二代目勇者というのは、そうした知識が豊富だったに違いない。


 そんなことを考えている間に、王都のなかに入った。

 水の都と呼ばれた王都は美しかったのだろう。

 至る所に死体が転がり、瓦礫が散乱している。

 あちこちに張り巡らされた水路、水路に掛けられた橋はあちこち壊れている。

 

「激戦だったんだな」

 

 他の場所に比べて、ゴブリンの死体が多い。

 王都だけあり、精鋭が守っていたのだろう。

 銃火器と圧倒的な物量の前には勝てなかったとしても、一矢報いることはできたようだ。


「私はこの国が、この街がとても好きでした」


 セティヤがぽつりと語り始める。


「王位継承権はありますが、お兄様が父のあとを継ぐはずでした。自由気ままに育っていたんです。週に三日は、お忍びで城から抜け出して、町娘の格好で街のなかを楽しんでいました。


 本当はみんな、私が姫だとわかっていても、知らない振りをして接してくれていました。ここの酒屋で週に三日だけですけど、給仕もしていたんですよ」


 セティヤは懐かしそうに、破壊された建物を指差した。


「給金は安かったですが、自分で働いたお金で買い食いするのは楽しかったです。賄い飯は美味しかったな。また、たべたい……」


 セティヤは涙をぐっと堪えていた。


「アルフレッドのパンは絶品で、街でも評判でした。マリステル叔母さんのシチューは秘伝の味で、寒い日にたべるとほんとうに美味しかったんです。エマリのガラス細工はとてもセンスがあって、お城にある芸術品より好きだったんです」


 セティヤは思い出を語る。

 それは懐かしく、とても幸せだった日々だろう。

 そして永久に取り戻すことが出来ない思い出だ。


「私はいずれ貴族の誰か、あるいはどこかの王室に嫁ぐはずでした。王族の使命ですし、私が嫁ぐことでこの国の人々の、みんなの笑顔が守られるならばそれでいいと思っていました。 


 でも、それも出来なくなっちゃいましたね」


 デマルカシオンの侵攻は、セティヤの幸せを奪った。

 大切なものがなくなってしまった。


「すみません。つい、感傷に浸ってしまって」

「気にするな。なんだったら、泣いてもいいんだぜ」

「空人は優しいですね」

「男は狼だからな。下心ありだ」

「それは怖いですね」


 セティヤはふふっと笑う。


「目的の武具は城のなかにあるんだよな?」

 

 ここに来る前に、そのことは確認済みだ。


「城の奥にある宝物庫に、大切に保管されているはずです。デマルカシオンに荒らされていなければの話ですが」

「そこは賭けだが、宝物には興味がないだろうさ。経済的なことには無関心だろうし」


 城は見える。

 都市の真ん中に象徴として立つ豪奢な建物だ。

 激しい戦いの跡が刻まれ、半壊している。

 セティヤの大切なひとたちが大勢死んだのだろう。


「セティヤ。思い出を穢すようで悪いが、一戦しなければいけないようだ」

「大丈夫です。過去は触れられない蜃気楼のようなものです。だから遠慮しないでくださいね」


 スロットルを開く。

 背後で爆発が起きる。

 いや、前後左右から爆発が次々と発生した。

 熱せられた破片がこちらに飛んできて、舌打ちをする。

 この程度で空人の全身を覆うパワードスーツの装甲は傷ひとつつけられない。

 だが、さらに街が破壊されたのは嫌だった。


 セティヤはまったく意にも介さないようだ。

 それどころか傷ひとつついていないのは、彼女の肉体が見かけと違い頑丈だからか。


 空人は跳んだ。

 建物の影に隠れているゴブリン達を、胸のガドリングで吹き飛ばす。

 

 

 周囲を見渡せば、セティヤやネウラも戦闘を開始していた。

 銃弾とロケット弾が飛び交い、セティヤの思い出が詰まった街が壊れていく。

 セティヤやネウラは気にしていない様子だが、内心では複雑だろう。

 デマルカシオンの侵攻で街は破壊されているが、この戦闘でさらに破壊されることになるのだから。


 ――一刻も早く戦いを終わらせる!

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