第32話 夢の結末

 悪魔よくぼうに勝つのは、いつの時代もより強い悪魔よくぼうである。その差は僅か。どんぐりよりも小さいナノの単位だったかもしれない。

 読みの女王は今、息を吐いた。

「粘り勝ち!大逆転勝利です!たった今!居合の女王が王を切り裂いた!」

「勝った……? 勝った!勝ったよ!」

 二対〇まで追い詰められた花月の勝利にワアァァァッ!と歓声が巻き起こる。誰もが勝利を確信した帰還した人型兵器をも倒しきり、世界初の女王が今立ち上がる。

 最後の一手は今迄いままで一度も見せなかった【奥義ぶっぱなしでの切り返し】。花月は賭けに出たのだ。火鉢ならこのタイミングで攻撃を押してくれる。その祈りにも似た、しかし確信に近い読みは”見てから”とはとても説明できない速度で、しかし嚙み合ったとも言うにはあまりに一点読みの無敵技は火鉢の操るジャンヌの突進技にヒット。彼女は読みというあまりに人間らしい武器で人類史最高峰のゲーマーに勝利したのだ。

 ステージ袖で王者が決まるのを待っていたトップエイトで敗北してしまった残りの六人が壇上に上がり、続いて神喰ライのディレクターである神永が現れ、順々に首にメダルをかけていく。そして三位以上にはスポンサーから幾つかの商品が贈られた。最後に、優勝トロフィーと優勝賞金一〇万ドル。日本円にして約一六〇〇万円。

 勝利に涙を潤ませる花月に対してマイクが向けられた。

「では、優勝者であるシテ選手に今のお気持ちを率直に、お願いします」

「ホントに、もー先輩にはずっと勝ち越したいなと思ってたんで、それが叶って、えっと、えぇっと……とにかく、嬉しいです!勝ったよ!皆!もー先輩!」

 爛漫に笑顔を振り撒く女王は言い終えた後、止め処なく溢れる感情の意のままに、一番大好きな、そして最高の好敵手である火鉢へと涙を流しながら勢いのままに抱き着いた。歓声が更にわぁっと強くなる。

「ホントに、ホントに勝てたんだぁ。私、勝ったんだよぉ……!」

「あぁ。花月は強くなったな」

  大きく、ウォンウォンと雄叫びのように涙を流す。それを火鉢はひどく悔しく思うが、だが憎めない程に強くなった花月に対し、精一杯泣かせることにした。

 何処か、嬉しく思っている自分がいるのかもしれない。小学生の頃、家同士が近かったこともあり始まった火鉢家でのほぼ毎日の対戦会。そこでは殆どのゲームで火鉢が圧倒していた。それは神喰ライも例外ではなく、彼女が勝てた回数は両手に収まる程度。

 そんな花月が、子供の頃からずっと、ずぅっと追い続けた火鉢の背中。そこへと追い越した、とまでは行かずとも並んだ。火鉢とは全く異なる武器読みで同じいただきへと上り詰めた。

 エンドロールを流すなら今だろう。だが、火鉢は泣き続ける花月の背中を軽くさすりながら先のことを考えていた。これに勝たなければ、王座は返ってこない。

 何を極めればいい。何を得れば、彼女に勝てるか。




「あ~……あれ配信に載ってるんだったぁ……」

 一頻り顔見知りから祝われた後、後片付けも始まった会場の隅っこで花月は一人、三人に見守られながら顔を真っ赤んして蹲っていた。

 泣く様を見られるのは、いや、嫌だが、最悪いい。だが、火鉢に抱き着く様を全世界に配信されていたと思うと死にたくなる。

「花月よ。感情が乱高下しているな」

 アレフはケラケラと笑う。

「なぁんでコイツに負けちゃったかねぇ。いや、強かったんだけどさ。なんか締まらんのよなぁ」

「だってさ~……うち、もう配信できないよ……あんな様、切り抜かれるに決まってんじゃん」

「人気配信者のさがだな。甘んじて受け入れろ」

「受け入れられないよ。だって初恋なんだもん……」

 そうなの? と小首を傾げ尋ねる三人に対し、しまった、と気付いた花月は火鉢をも上回る速度で反応し、即座に土下座の体制に入った。

「……れて……忘れてぇ!」

「くふふ。火鉢よ。こやつ世界で一番面白いぞ」

「アハハ。そうだな。チャップリンも笑い転げるだろうな。まぁ、今回は土下座これに免じて忘れてやるか」

『なんか、これ以上親友が落ちる様を見たくないです』

「ミダ!?誰が落ちてるだって!?」

「うるっせぇなぁ。勝ったんだからいいだろうが」

「駄目!乙女心が勝ってない!」

「そこは格ゲーマーとして勝てよ。まぁ、いいや。祝いの席どうするよ?」

 そうだった、と途端に冷製になる花月と、必死で吹き出すのを堪えるアレフ、火鉢に対しミダレが自慢げにテキストを入力する。

『今日はどちらかが勝つと信じて行きつけのバー予約してあります!』

 好きな人に似るってのはこういうことかね、とそっとアレフに耳打ちすると、くはっ、とアレフが堪えきれず笑いを吹き出した。

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