第5話
上半身裸になって、オレはアジトの隅の大きなシンクの前に立つ。蛇口の下に頭を持って行き、水を出す。頭皮は十分に濡らすが、耳の前にまとめたみずら髪はなるべく濡らさないように注意する。そして傍の棚からボトルを手に取り、中の液体を頭頂部に少し振りかけて首をぐるぐると何度も回す。
「なんだ、今日はもう音を上げたのか」
隊長がからかうように声をかけて来た。オフモードになったフランクな喋りだ。
「隊長こそ。今日どころか、ここ数日まるで被ってないんじゃないですか?」
オレは負けじと言い返す。
「まぁ、不快だよなぁ。身を守る為とはいえ、ずっと被っていたいものじゃあ、ない」
アジトの天井に灯る薄暗い電球の光を受けて、隊長の禿げ頭が光る。
「いてててて」
剥離剤の効きが悪いのか、頭部に痛みを覚えながら、オレはみずら髪のカツラを剥ぎ取る。オレの頭も隊長と同様に光っている事だろう。
奴等の支配下で、かりそめの幸福を享受できるのはハゲ以外の人間だ。奴等にとってのハゲは卵を産まない鶏。人間の肉を食べる訳ではない奴等は基本的にわざわざハゲを殺しはしないが、奴等の娯楽の中にもハンティングというものはあるらしい。そして、髪という資源を生む人間を狩るのは奴等にとって禁忌であるが、奴等の法はハゲを狩る事を禁じていない。
今の人間には、刈られる者と、狩られる者の二種類しかいない。
そして、刈られる者はベッドの上の抜け毛で小遣い稼ぎをし、狩られる者はそれによって作られたカツラを買う為に貧しさから逃れられない。
上位の存在によって支配された新たな人間社会は、理想的な共産主義に移行したと言う学者もいるが、生まれながらの貧者を決して救わない。救われない貧者とはすなわち、オレ達の事だ。
そんな者達が集まって抵抗運動を行う組織、それが【シャイニング・パルチザン】。隠れ潜むハゲやハゲの兆候の表れた者たちを探し出して、接触し、生きのびる術を与えている。そうやって保護された者の中から、保護されるだけの立場を良しとせずに組織の活動に積極的に参加するようになる者もいる。オレも、そんな一人だ。
奴等の根城の情報を持っているトゥエニィと出会えたことは得難い幸運で、それはシャイニング・パルチザンにとっての追い風になるに違いない。
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