第51話 爆破炎上
突然の侵入者にオレたちは驚き、振り向いた。
見覚えのある男だった。
オレが情報収集のときに声をかけた、もみあげが特徴的な、情報学科の男だ。
彼は乱れた髪と服装で、狂気じみた表情をしていた。明らかに正気ではない。
「網代慧ぃ! お前は、僕の研究を盗もうとするだけでなく! ミライコまで壊すなんて許せない!」
男は怒りと狂気に燃えていた。
オレは彼の突進をかわし、柊を背後に守りながら、男との間合いを取った。
彼の目は赤く充血し、理性を失ったかのように見えた。
「僕の研究を奪おうとしたんだろう! 鉢植えで警告してやったのに!」
男はオレに向かって拳を振り上げた。
オレは回避しようとしたが、男の動きは予測不可能で、狂気に満ちていた。
「ミライコはただのAIじゃない! 僕たちの未来、新しい世界の創造者なんだよぉ! だから僕が研究をしていたのに……! 僕とミライコが新たな世界を作るはずだったのにぃ!」
研究室内は緊張で張り詰め、オレと男の打撃の音だけが響き渡る。
男の拳がオレに頭に当たる。
オレも殴り返す。
男の拳が柊に当たりそうになった。
オレは柊をかばおうとする。
男の拳があたる。
態勢が崩れ、机に寄り掛かる形になった。
男が二発、三発と殴ってくる。
男はオレが落とした金づちを拾った。
そのとき「にゃーーーー」という声がした。
入り口からかけてきた猫が、男の顔をばりばりと削った。
「ぐっ」
オレはそのすきをついて、男を殴り飛ばす。
そのとき、オレは焦げ臭いにおいに気づいた。
研究室の隅から、煙が立ち上がっていた。
研究室にある古いパソコンが、一斉に起動したからかもしれない。
古いコードから発せられる煙が、部屋を満たし始めた。
煙は急速に広がり、オレたちの視界を奪い始めた。オレは咳き込みながら、柊の手を引いて逃げる。
心配になって猫を見ると、猫も煙から逃げるように走り去っていった。
殴られた男は立ち上がった。
男は煙にも構わず、狂気じみた笑いを浮かべながらオレに襲いかかる。
オレは彼の攻撃をかわしながら、柊に向かって叫んだ。
「柊! 出口へ行け!」
しかし、男は止まらない。
彼の拳がオレの顔面をかすめ、オレはバランスを崩して転びかけた。
パソコンの煙がさらに濃くなり、研究室はまるで火災現場のようになっていた。
「本当に、なんなんだよぉっ!」
オレは男を蹴り飛ばした。
研究室に火が立ち上る。スプリンクラーが動くが、古いためか故障しているのか、水の出が悪い。
「お前も逃げるぞ! 死ぬぞ!?」
オレは男に声をかけるが、男は聞いていなかった。
「なんなんだよ、本当に……!」
オレは男に背を向けて駆けだした。
男が叫ぶ。
「僕は生きるんだ! ミライコと一つになって、生きるんだ……!」
そう言って男は炎の中へと飛び込んでいった。
研究室の中は、まるで地獄絵図のようだった。
煙と炎が部屋を包み込み、オレたちは炎の海の中を逃げるように廊下へと向かった。
熱気と煙が肺を焼き尽くすようで、息をするのも苦しい。
研究室の中で、パソコンのハードディスクが爆発し炎上しているのが見えた。
ミライコのデータはもうおしまいだろう。
パソコンの画面が次々と破裂し、火花が飛び散る。
まるで、ミライコが最後の抵抗をしているかのようだった。
オレは手で顔を覆いながら、柊を引っ張って進んだ。柊は咳き込みながらも、オレに必死でついてきていた。
廊下に出たとき、火災報知器が鳴り響いていた。
けれども、スプリンクラーからは水がほとんど出ていない。
炎はどんどん廊下にも広がり、建物全体が火事の危機に晒されていた。
建物の外に出ると、夜空には星が輝いていた。
しかし、オレたちの後ろでは研究室のある棟が炎に包まれていた。
煙が夜空に向かって立ち昇り、キャンパス全体に不穏な空気を漂わせていた。
「大丈夫か?」
オレは柊に尋ねた。
「うん、大丈夫。でも、こんなことになるなんて……」
研究室から離れるにつれ、火事の緊張感は薄れていった。
だが、オレの胸には重い石が乗ったような感覚が残っていた。ミライコのデータが焼失したことで、この事件は終わったはずだ。
しかし、オレの心にはまだ安堵が訪れない。
オレは半ば自分に言い聞かせるように、柊に向かって言った。
「もう、終わったんだ。ミライコはもういない」
柊は小さくうなずき、オレの手を握り返した。
彼女の手は冷たく、震えていた。
炎は次第に収まり、消防車のサイレンが遠くで聞こえてきた。
オレたちは、何があったかを知っているのはもう、自分たちだけだということに気が付いた。
静かな夜が、再び訪れた。しかし、その静寂の中には、これまでにない重みが感じられた。
この事件は、オレたちの胸の中にしまうことにした。
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